第十八話 真昼の月食
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オルベイルの拳とエクリプスの刃が激突し、その衝撃が砂塵を、大気中のレイを、そしてエアルフを吹き飛ばす。
「きゃぁ!?」
悲鳴をあげるアルエに対して、ザリアーナは何とか機体の制御系を回復させると、すぐに機体の姿勢を安定させた。
「なんてレベルの戦いだ。たったの一合で地形すら変えかねない……」
オルベイルとエクリプスの周囲数十メートルの砂が、まるでクレーターのように吹き飛んでいる。
「こんな物が激突し合っていたとすれば、この大陸が荒廃した理由も頷ける」
ザリアーナは興奮気味に自分の考えを口にするが、そこに恐怖の感情が混ざっている事を自覚すると、頬に手を添え、落ち着きを取り戻そうとする。
「ねえ、アルカニック・ギアって、何なのよ。なんであんなのが野放しになっていて、皆して奪い合おうとしてるのよ」
半ばパニックに陥りながらも、アルエはザリアーナに説明を求めて来た。
ああ、そう言えばこの娘は何も知らないのだな、と認識すると、ザリアーナは落ち着きを取り戻すよう、彼女に求める。
「とにかく落ち着いて、今はこの場から離れる事を最優先に考えて」
「分かってる。分かっているけど、あんな物見せられて、逆井くんがアレに乗っていて、もう、訳がわからない!」
その言葉と共に、大粒の涙がアルエの頬を伝う。彼女の認識能力が、最早オーバーフロウ限界だという事を、ザリアーナは認識する。
「おぉーい!」
そんな時、ネインの船がエアルフに接近して来た。どうやら、異変を察知してザリアーナ達を回収しに来た様子だった。
ザリアーナは良いタイミングだと思いつつネインと合流するが、やはり彼からも状況の説明を求められる。
「あの蒼い機体、やっぱりアニキなんですよね?」
「ああ、どうやら私達があの塔持ちに殺されたと思い込んだ事がトリガーになって、機体の隠れた能力を覚醒……いや、暴走させたんだろう」
ザリアーナは眼鏡の位置を直しつつ、冷静に状況を鑑みた上で眼前で繰り広げられている事象についての結論を出す。
「だったら、お二人が生きている事をアニキに伝えれば……!」
「それが出来ないから困ってるのよ」
アルエが頭を抱え、ネインの言葉を遮る。アルエはネインと合流するまでの間に何度もオルベイルに乗る一世に呼びかけていた。だが、返ってくるのはノイズだけ。彼が無事かどうかも分からない。
最早、どうすれば現状を打破出来るのか、最早八方塞がりに等しい。
「せめて、あのエクリプスとかいうアルカニック・ギアの協力さえ得られれば……」
果たして、出処の怪しい機体を信用していいものか、とザリアーナは思考を巡らせる。
「だったら、通信でアイツに協力を呼びかけましょう。向こうも、オルベイルをどうにかしたいのは間違いないんだし」
「それはそうだが……どうしたんだい、いきなり」
アルエの態度の変わりように、ザリアーナが首を傾げた。
「さあね、色々あり過ぎて、ヤケクソになったのかも」
彼女はザリアーナにそう返すと、エアルフの通信機を手に取った。
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一撃、二撃、三撃と、エクリプスはオルベイルの攻撃をいなす。
オルベイルの攻撃はパワーに全振りした突撃を繰り返しているようなもので、対処そのものは容易いが、そこに加えられるエネルギーの総量が桁違いだった。
一撃がとてつもなく重く、速い。
エクリプスは腰に四本の刀をマウントし、それをローテーションで使い回す事で、何とか攻撃をしのいでいるが、それもいつまで持つか分からない。
仮面の女は、四度目の攻撃を逸らすと、すぐに刀を持ち替え、オルベイルに刃を向けた。
その時、先程逃した紫紺の機体から、通信が入る。
「エクリプスって言ったわね、聞こえてる?」
この声は、確か天上アルエだったか、と心の内で呟く。
「何の用だ。こちらはお喋りをする程、暇では無いぞ」
「いいから、私達の無事を何とかして逆井くん……オルベイルのパイロットに伝えて欲しいの」
「それが何になる。奴は棺の力に取り込まれた。なら、対処する以外に無いだろう」
そう言いながら、仮面の女はオルベイルの一撃を回避し、突き出された腕に刀を突き立てる。
しかし、刃は装甲を突き破らず、またアルエも仮面の女の言い分に一歩も食い下がらない。
「うるさいわね! 逆井くんがそんなヤワな奴だったら、もうとっくに砂漠でくたばってるわよ! いいから、早く私達の無事を目の前のそいつに教えてやりなさいよッ!」
「……全く、お前はどうしていつも……!」
何気なく出た一言に、違和感を覚えながらも、仮面の女はオルベイルとの通信チャンネルを開く。
すぐさまアルエはエクリプスの開いたチャンネルを介して、一世に語りかけた。その声は、間違いなく涙に塗れていた。
「おい、聞こえてるか、バカ一世! 私達は無事だから、早く帰って来い!」
「アニキ、自分を見失わないでくださいよ! アニキはアニキです!」
「君と君の機体が居なかったら、私は何を研究対象にすればいいんだい、少年!」
彼女達の言葉が通じたのか、オルベイルの動きが一瞬だけ鈍くなる。
仮面の女はそれを見逃さず、刀を使い潰すかの如く次々と振るい、オルベイルの手足の関節を貫き、その巨体を砂の大地へと縫い付ける。だが、最初の戦闘の時とは訳が違う。オルベイルはそれでもなお腕を動かして抵抗する意思を示し、一撃がエクリプスの胴体装甲を抉る。
装甲が剥がれ、コクピットが露出する。女の仮面にヒビが入るが、彼女は気に留める事無くオルベイルの腕を全力で抑え込み、叫ぶ。
「聞いた筈だ、お前の仲間は生きているぞ! 戻って来い、逆井一世ッ!」
仮面の女はそう言って、エクリプスの後頭部にマウントされたブレードを展開し、オルベイルの頭へ叩き付けた。
それは、斬撃時のカウンターウェイトであると同時に、全ての剣を失った時の最終手段。それ自体が極めて高い硬度を有する、必殺の刃だった。
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エクリプスの一撃を受けたオルベイルは、背部から余剰エネルギーを放出した後、沈黙した。
蒼く輝いていた装甲も元の真紅に戻り、まるで死んだようにその場に伏している。
「一世……!」
事が収まったのを確認し、アルエがザリアーナと共にエアルフに乗り、オルベイルの下へと歩み寄る。
だが……。
エクリプスは、大地に伏したオルベイルを片腕で持ち上げ、何処かへと持ち去ろうとする。
「待って! 何処へ行くつもり!?」
アルエはその一言と共に、エアルフの機関砲をエクリプスへと向ける。
エクリプスを操る仮面の女は、エアルフの方へと向き直ると、冷淡な口調で自らの目的を告げる。
「私の目的は、このアルカニック・ギアの回収だ。こいつには、やって貰わなければならない事があるのでな……」
そう言い終わるのと同時に、ひび割れた仮面が彼女の顔からまるで役目を終えたかのように剥がれ落ちた。
「そんな、まさか……ッ!」
仮面の女の露わになった素顔を見て、アルエは驚愕する。
彼女の顔は、藍羽シイナのそれだったのだ。仮面で変えられていた声の質感も、隠されていた瞳の色も、アルエの記憶にあるシイナのそれと一致する。
「シイナ……なん、で……!?」
「私の目的は果たした。お前達も早々にここから立ち去った方がいい」
動揺するアルエにシイナがそう告げると、エクリプスの胴体部の傷は塞がり、そして次の瞬間にはエクリプスとオルベイルは影も形も残さず、その場から消えていた。
「何でよ……ッ! どういうつもりなの、シイナーーッ!!」
少女の叫びが、何も無い砂漠に木霊した。




