第十六話 再戦
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「何という事だ、この反応は……」
暗闇に包まれた空間の中で、導師が手に持つ光球に生じた僅かな変化に反応する。
「どうかされましたか、導師?」
導師の微かなつぶやきに反応するように、仮面の女が彼の背後に現れる。男は仮面の女の方へ向き直ると、僅かに生じた変化について口にした。
「新しい棺の反応が現れました。これは塔だろうか。乗り手は恐らく君が前に接触した、あの軍人……」
「なるほど、あの男が生きていた、と」
「とは言え、棺の覚醒した理由があまりに不可解です。もしかしたら、奴らが動いているのかもしれない。用心して事に当たって下さい」
導師のその言葉に、仮面の女は「畏まりました」と告げると、闇の中へ溶けるように消えていった。
一人残された男は、映し出された映像を見て独り言ちる。
「ドゥクス・アナンタ……目覚めの時は近い、か?」
○
砂嵐の中で戦う一世のオルベイルに、砂嵐の中心から光の束が迫った。
「危ないッ!」
ザリアーナのその言葉に反応し、一世は機体を翻す。死角からの攻撃を紙一重のタイミングで回避するが、右腕に仮止めされていた装甲が剥がれ、その下のピナクルの腕が露出する。
「やっと本命が現れたか」
一世はそう言って、攻撃を受けた方向へと踵を返す。視界の先は砂塵が舞い、視界も効かない。だが、向こうは立て続けにオルベイルに向けて砲撃を加えて来た。
「そいつはビーム砲だ! 砂塵で威力は減衰しているが、それでも直撃は避けた方がいいッ!」
ポーロから忠告を受け、一世は「喋れたのか」と思いつつ、回避に徹する。だが、相手も一世を標的として定めたらしく、時間と共に砲撃も熾烈さを増していった。
流れ弾がバグズの対処に当たっていたマルコ機の右肩を掠めると、その周囲の装甲を破裂させた。
一世は被弾したマルコをフォローするように立ち回り、その後退を援護する。
「すまない」
礼を言われ、一世は背中が痒くなるのを感じた。
だが、砲撃はまだ続く。
放たれたビームは砂塵の中で拡散するが、むしろそれが威力と引き換えに攻撃範囲を広げていた。
オルベイルはザリアーナの調整を受けた事で確かに性能は向上したが、それでも機体を操る人間の操縦技術まで向上する訳ではない。何より、一世はそれまでビーム兵器を持った敵に遭遇した経験がなかったからこそ、対処の仕方が分からずこうも立て続けに攻撃を受けてしまうのだ。
今の所は天候と、オルベイルの装甲の質に助けられているが、これが快晴であったらどうなっていたか。それを考えるのが恐ろしかった。
「このままでは埒が明かないな……仕方ない。一世くん、三十秒だけ耐えてくれ」
「えっ、ああ分かった!」
「何をするつもり?」
ザリアーナが機体のコンソールを操作し始めたのを見て、アルエは首を傾げる。
「まあ、見ていなさい」
操作を終えると、コクピットのモニターにうっすらと緑色に輝く粒子の軌跡が映し出される。
「何よ、これ」
「肉眼では捉えられない、空間に漂うエネルギーを特殊な装置で可視化した物だ。専門家はこのエネルギーをレイと呼んでいる」
そう言って、ザリアーナはレイの軌跡をエアルフの腕でなぞる。光の粒子はエアルフの腕に装着された結晶体に吸収、貯蔵されていく。
「レイは一定量集めると特殊な力場を発生させ、任意のプログラムに沿った事象変換が可能になる……こんな風に、ね!」
エアルフの両腕から光が発すると、周辺の空気が腕の間に集まり、収縮していく。
「解き放て、ブロア・アルファ!」
ザリアーナの叫び声と共に、圧縮された空気の弾丸が砂嵐の中心へと叩き込まれた。
空気弾はそこで炸裂し、内部に溜め込まれたエネルギーが暴風となって辺りに飛び交う砂塵を一気に消し飛ばす。
「凄い、まるで魔法みたい」
「魔法ではない、レイ・テクニカと呼ばれる立派な技術だよ」
アルエの興奮した眼差しに対して、ザリアーナはそう応え、砂嵐の主を見やった。
「あれは、ピナクルか?」
砂嵐の中心だった場所で仁王立ちする機体を見やり、一世は警戒を強める。
言葉に疑問形が付くのは、その機体がピナクルに似ていながらも、右腕と頭部が大きく変貌を遂げているからだ。
「クククッ、ままままた会ったな、いいい異人ども」
通信機の向こうから、聞きたくもなかった声が聞こえてくる。
「リーテリーデン……!」
通信機の向こう側の人間の名前を言い当て、一世は操縦桿を握る手に力を込めた。
「何もんだ?」
「この前俺達が世話になったノヴァの軍人だよ」
マルコの質問に、一世は短くそう言って返す。
「わわ私はお前たた達に復讐する為にもも戻って来た! アルカナの棺を得た、こここのアル・ピナクルと一緒に!」
「アルカナの棺だってッ!?」
その言葉に一世が反応すると同時に、リーテリーデンのアル・ピナクルが肥大化した右腕の先端をオルベイルへと向けた。
それは、腕自体が大型の火砲に変貌を遂げていた。身の丈程もある砲身は、塔そのものと形容しても差支えない程だ。
そして、そこから放たれるのは、恐らく……。
砲口が光り、リーテリーデンは長砲を薙ぐように振るった。射線の先には、ポーロのスートアーマー。ビームの直撃を受けた上半身が吹き飛び、ポーロはその場から撤退せざるを得なくなる。
一世達もその威力を警戒して回避行動を取るが、リーテリーデンは砲身の強制冷却を済ませると、すぐさま本命であるオルベイルに砲口を向ける。
再び、砲口に光が宿る。
「やらせるかっ!」
その声と共に、ザリアーナが再びレイを収束させ、ブロア・アルファを放つ。
先程よりもレイのチャージ時間が短く、威力は落ちていたが、それでも放たれた空気弾は地表すれすれで弾け、砂の波を作り出すと同時に放たれたアル・ピナクルのビームを拡散させた。
「じ邪魔ををするな!!」
乱入者に苛立ちを感じ、リーテリーデンは標的をエアルフへと変更する。
だが、その隙を一世は逃さない。
アル・ピナクルが塔のように巨大な右腕を振るう最中に、オルベイルの全速力を以てその懐へと潜り込み、右腕をホールドする。
「ききき、貴様ァーッ!!」
「あの二人は、やらせない」
一世は左腕から光の杭を打ち出し、アル・ピナクルの右肩を貫いた。
リーテリーデンの声にならない悲鳴が、一世の鼓膜を刺激する。
だが、悲鳴と同時にアル・ピナクルに穿った穴が急速に修復していき、一世を驚嘆させた。
「自己再生……だと?!」
リーテリーデンの悲鳴が笑い声に転じ、大質量を持った右腕がオルベイルの脇腹に打ち付けられた。
姿勢を崩したオルベイルをフォローするように、マルコがフォローに入る。先程流れ弾で右腕を喪失した機体だ。
「大丈夫か?」
マルコが一世に訪ねながら、アル・ピナクルに牽制の銃撃を加える。
「あ、ああ、何とか」
「よし、これで貸し借りは無しだな」
一世はそう言って機体を立て直すと、本物のアルカニック・ギアの能力に驚きながらも、ビームが放たれる前に射線の死角へと回り込もうと機体を走らせ、マルコもまたそれに続く。
「いいいい行かせないィィィッ!!」
リーテリーデンが金切り声を上げると、それに反応するように一世とマルコの進路上にバグズが現れ、退路を塞ぐ。
「しま……ッ!?」
不意を突かれる形で、マルコの機体はバグズの餌食となった。バグズはフォウォレのコクピットのある下半身へ一直線に攻撃を仕掛けた為、最早彼が助かる道はなかった。一世は、ほんの少しだけだが助け、助けられる関係になっていた「仲間」の死に胸を痛める。
「アルカニック・ギアが、アナンタの獣を使役した!?」
その行動に、ザリアーナが驚きの表情を見せる。
「あり得ない、あれは過去からアルカニック・ギアと敵対してきた存在の筈だ!」
そう言いつつ、ザリアーナは援護射撃を行い一世達の退路を確保する。だが、目の前の事象に対する動揺から、砲撃の死角への退避を怠ってしまう。
そのミスを、リーテリーデンは見逃さない。
「まずい!」
一世がフォローに入ろうと機体を走らせるが、もう遅い。リーテリーデンは不気味な笑みを浮かべながら、アル・ピナクルの右腕……タワーランチャーのトリガーを引く。
眩いまでの光が束となり、砲口から溢れ出した。
「アルエッ! ザリアーナさん!」
爆発によって砂が水柱のように跳ね上がり、周辺の視界を覆う。
「うわァァーーーッ!」
一世は叫ぶ。マルコだけじゃない、見知った顔が居なくなる。その恐怖が、彼の精神を激しく揺さぶった。
そして、それに呼応するかのようにオルベイルの双眼に光が灯る。
同時に、オルベイルの右腕となっていたピナクルの腕が、まるでカルメ焼きのように膨れ上がり、その形を変えていく。膨れ上がった装甲はやがてひび割れ、破裂し、その中からオルベイル本来の右腕が姿を表す。
「何だ……これ……ッ!」
驚嘆する一世の頭に、自分の知らない知識が入り込んでくる。そう、オルベイルに初めて乗った時と同じ現象が、今まさに起きていた。
それは、オルベイルのアルカナの棺に秘められた力が、目覚めようとする前兆だった。




