第十五話 復讐
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「やはり多いな……ここ数日の商隊の襲撃」
カフェで出された朝食後の代替コーヒーに苦い顔をしながら、ザリアーナは手にした新聞の記事に目を通していた。
「アガトラがこの近辺で作戦行動を起こしてる話は聞きませんけどね」
その隣の席で、ネインはそう言って皿の上の料理をがっつく。向かいの席に座っていたアルエは、すぐに行儀が悪いと言ってネインを嗜める。
一世はその様子をまるで姉と弟のようだと思いながら、砂鮫のフライを口に放り込んだ。
「ゲリラやアガトラの活動にしては、やり口も過激かつ継続的に続いている。やはりこの一連の事件、何か裏がありそうだね」
「なら、そろそろそれ絡みの仕事でも舞い込んでくる頃合いかな?」
そう言って、一世達は朝食を終えると、いつもの柔軟を終えてギルドに向かった。柔軟を行う時にザリアーナは不思議そうな顔をしていたが、一世は「儀式みたいなものだ」と説明して納得させた。
ギルドでは、既に謎の襲撃者についての話題で持ちきりになっており、調査依頼の仕事が掲示板に相当数張り出されていた。
スートアーマー乗り御用達の情報屋が仕入れた情報によれば、商隊が襲撃を受けたのは砂嵐で立ち往生していた最中。そんな状況下で、敵は遠方から船や護衛を攻撃して来たという。
その情報に、不可能だとザリアーナは言い、ネインもそれを支持する。
遠距離からの精密射撃、ましてや砂嵐の中で行えるようなスートアーマーなど、ゲリラや野盗が持ち合わせているとは言い難い。彼らにも台所事情というものがあり、高性能な機体を調達するのは不可能に近いからだ。そんな物をそんな輩に気前よく渡す人間がいるとしたら、それこそどこかで悪目立ちする筈だ。
また、砂嵐もまるで襲撃者と行動を共にしているように移動しており、徐々にネビュリアに近づいているという。
「これは、もしかしたら本当にアルカニック・ギアの仕業かもしれないね」
ザリアーナは、そう言って頬を吊り上げる。しかし、その声は笑っている様子は無かった。
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調査依頼を受け、一世は早速オルベイルに乗り込む。だが、先日のザリアーナの言葉が、彼に不安を抱かせる。
アルカニック・ギアに乗り続ければ、精神を喰われる。
そうなったら、アルエを元の世界に返すどころの話では無くなるのではないか。何より、自分がどうなってしまうのか。
だが、スヴェントヴィトに行くにはこの機体に乗ってギルドの仕事をこなし、路銀を稼がなければならない。
一世はその板挟みに苛まれながらも、覚悟を決めて操縦桿を握った。
船のカーゴから出ると、強風によって巻き上げられた砂が視界を塞ぐ。ザリアーナの得た情報の通り、不自然なまでに小規模な砂嵐が、極めて低速でネビュリアへと近づいていた。その移動速度は、スートアーマーの歩行速度とほぼ同じ。このままのペースで行けば、数日中には砂嵐がコロニーに到達するのは明らかだ。
ネインの船は、砂嵐の進行方向の後ろに一定の距離を保って待機。矢面には、一世のオルベイルと、ザリアーナのエアルフが立つ。
エアルフは、ザリアーナがスヴェントヴィトから持ち出した機体だという。艶こそ消されているものの、紫紺と白銀に彩られた装甲はどことなく気品を備えていた。ノヴァ軍の機体が鉄の装甲を鎧うのに対して、こちらは職人による芸術品といった佇まいだ。機体を構成するパーツも洗練されており、スヴェントヴィトの技術力の高さの一端を伺わせていた。
また、一世達とは別に二人のスートアーマー乗りがこの仕事に名乗りを上げており、彼らとも行動を共にする事になった。
「マルコだ、よろしく頼む。こっちは相方のポーロ」
「……」
よく喋るマルコに対して、ポーロは一切口を開かない、寡黙な人物だった。二人共、ノヴァ製のフォウォレの改修機を使っていた。
「それで、何故君が私の機体に同乗しているのかな?」
「決まっているでしょう。あなたを監視する為よ」
待機中、エアルフに押しかけるように同乗して来たアルエに対して、ザリアーナはそう言って返す。
「全く、私が君を人質に取ったら、どうするつもりなのか」
「安心しなさい。私も腕っぷしには自信があるから」
ハッタリだ。ザリアーナはそう思いながらも、それを受け止める事にした。
「分かった、下手な動きはするつもりはない。だけど、君の身の安全を鑑みて、私は一世君の後方支援に付かせて貰うよ」
ザリアーナの言葉に、アルエは無言で頷き肯定する。それを確認し、ザリアーナは機体を砂嵐に向けた。
一世とザリアーナは砂嵐の左側から、マルコとポーロは右側から砂嵐を一周しつつ、何か不審な物が無いか捜索を開始する。
そして、一世達が砂嵐を半周し、進行方向に出ようとした時。それは現れた。
「アナンタの獣だッ!」
ザリアーナが叫ぶ。
砂の中から、青銅色の驚異が姿を現す。以前遭遇した個体は人に近い姿をしていたが、今回はそれよりも小型だが、コガネムシを思わせるシルエットをしている。
「はっ、この小ささなら、余裕で倒せる!」
そう言って、一世はガトリング砲をアナンタの獣に向けるが、ザリアーナは警告を発する。
「この個体……バグズは確かに小型だ。だが、それ以上に恐ろしいのは……」
そう言っている間に、二匹、三匹と砂中からバグズが飛び出して来る。
「こいつらは、群れで人を襲う!」
「くそっ、マジかよ!」
一世は急ぎもう一門のガトリング砲も構え、制圧射撃でバグズに対抗する。個々の戦闘力は驚異ではないが、恐ろしいのはやはりその数だ。少しでも手を緩めれば、瞬く間に食い破られかねない。
「アルエといったね。君射撃の経験は?」
「屋台の射的くらいならあるけど」
「じゃあ、砲手を頼むよ!」
ザリアーナはそう言ってエアルフの両肩から機関砲を露出させ、その銃爪をアルエに任せる。アルエも、生き残る為にその一心不乱にそれを引き絞った。
「こいつらが、商隊襲撃の犯人か?」
一世がザリアーナに問いかける。
「いや、恐らくは砂嵐にある何かに引き寄せられたんだ」
「その何かって何さ!」
「アルカナの棺だよ、あいつらは近くに棺を感知すると集まって来るんだ、敵視していると言ってもいい!」
心の内で「マジかよ」と軽い絶望感を覚えつつ、一世はバグズの数を減らす事に専念する。
幸い、群れの規模は大きくはなく、囲まれないようオルベイルとエアルフを背中合わせにして対処すれば、それ程驚異ではなかった。
更に、そこにマルコ達が合流し、形勢は一気に逆転する。
しかし、バグズに気を取られている内に、一行は砂嵐の中に飲み込まれている事に気付かないでいた。
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「フフ、フフフッ……みみみ、見つけたた……奴だだ……あのいいいい異人の機体!」
砂嵐の中で、右腕を肥大化させた異形の機体が、身を潜めて狙うべき獲物を見定めていた。
まるで塔のようにそそり立つ長筒と一体化した右腕と、強化された頭部のセンサーによって大きくその印象を変化させているが、この機体は確かにリーテリーデンの乗るピナクルだ。
否、正確にはピナクルだったと言うべきだろう。
アルカナの棺を得て変容したこの機体は、最早ピナクルではない。オルベイルとそのパイロットに復讐する為に生まれ変わった、アルカニック・ギア、「アル・ピナクル」だ。
「く、フフフ。奴には感謝しなければ……ままさかか私ががアルカニック・ギアをえええ得られるなどと」
過去の敗北から精神の均衡を崩し、呂律が回らなくなって久しい口調で、リーテリーデンは自らにこの力を指し示した少年に感謝を捧げた。
そして、眼の前に自らの仇敵が現れた事に、神に感謝する。
「みみみ見つけたぞ、異人の小僧ゥゥッ!!」
センサーに捉えた四機のスートアーマーは、バグズの対処で身動きが取れない。そんな状況の敵に対して、リーテリーデンは容赦なく狙いを定め、銃爪を引く。
構えた右腕の先端から、眩い光が溢れ出し、やがてそれが光の束となって遠方のオルベイルへと迫っていった。




