第十四話 アルカナの棺
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ザリアーナの手によって整備されたオルベイルは、かつて以上のポテンシャルを発揮出来るようになっていた。
最初は彼女の存在を怪しいとは思っていたが、それでも、強国の技術者という触れ込みは本物だった。
彼女が調整したオルベイルを動かして見ると、以前感じていた「淀み」が解消され、操作が動作に反映されるまでのラグが改善されている事が実感出来た。
「凄い、まるで別物だ」
「発掘時の保存状態が良かったとはいえ、これまで修理も整備もまともに出来なかっただろう。消耗部品も結構劣化していたからね」
ずり落ちかけた眼鏡を直し、ザリアーナはコクピットから這い出た一世の肩をぽんと叩いた。
「とは言え、これをアルカニック・ギアと呼ぶにはやや疑問が付きまとうかな」
「それって、どういう意味です?」
一世の問いかけに、ザリアーナは深く息を吸い込み、暫くの沈黙を経て答えた。
「いいかい、この機体にはアルカニック・ギアに見られるような機構の特殊性が見受けられないんだ。アルカニック・ギアは単に棺を組み込んだ機体というだけではない。棺の影響からか、基本構造体、それも部品どころかそれを構築する素材レベルにまで有機的な特徴が現れていて、機械でありながら代謝や治癒を行うようになるんだ。これは、損傷部位の再生を可能にしていると同時に戦闘時の瞬間的な出力アップや過重に耐える事が可能になるという事でもある。それがどれだけ凄い事なのか、君には分かるかい?」
「ええっと、つまり?」
早口気味によくわからない解説を進められ、一世の頭の上には「?」マークが浮かんでいた。
「まあ、つまりアルカニック・ギアは傷を勝手に直す力があるから、メンテナンスが必要無くなっている、という事だね。その点、君の機体は有機的特徴があった痕跡はあるものの、代謝機能は失われて久しく、こうして私が手を加えている訳だ」
機械的なメンテナンスを行っている時点で、それはアルカニック・ギアとは言えないと、ザリアーナは語る。
「じゃあ、オルベイルはアルカニック・ギアではなく、かつてアルカニック・ギアだったって事か……」
一世のその解答に、ザリアーナは指を鳴らして「惜しい」と告げる。
「それもあるが、君はこの機体に認められていないと見る事も出来る。アルカニック・ギア……というよりも、アルカナの棺は使い手を自ら選ぶ性質があるらしくてね。棺が乗り手と適合していない機体は、ただの強いスートアーマー程度でしかないんだ。そして、これが……」
説明を行いながら手を動かし、ザリアーナは機体のジェネレーターブロックのハッチを開放した。そこにはジェネレーターに覆いかぶさるように、棺桶のような物体が存在していた。
「アルカナの棺だよ」
「これが……」
一世は、それを目の当たりにして無意識の内にアルカナの棺に手を伸ばす。
棺の表面に手を触れると、一瞬だけ、レヤノで見た夢のヴィジョンが脳裏に浮かんだ。だが、一世はそのヴィジョンを見た途端に、まるで生気を吸われたかのようにその場に倒れ込んだ。
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「う……ここは……」
「あ、気付いた?」
ベッドの上で目覚めた一世の顔を、アルエが覗く。
「何で俺、寝てたんだ?」
「ザリアーナさんの話だと、機体の整備中に倒れたって言ってたけど……あの女に何か盛られた?」
物騒な一言に、一世は「そんな事はない」と首を横に振るう。
「多分、オルベイルの棺に触れた時に起きた情報のフィードバックだよ」
部屋に入って来たザリアーナがアルエを押し退けて一世に顔を寄せる。
「な、何ですか……」
ザリアーナの整った顔と、その首から下の二つ膨らみが視界に迫り、一世は思わす視線をそらす。ベルトで強調されているせいか、実際のサイズよりも大きく感じるそれは、高校一年生にはやや刺激が強過ぎた。
加えて、ザリアーナの背後ではアルエがばつの悪そうな顔で一世を凝視しており、居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
「ふむ、棺に直接触れたとは言え、今の所精神汚染は見られないようね」
「何か、物騒な事言ってません?」
「いや、アルカニック・ギアは確かに強力な存在だが、それに触れ続ければ、いずれその精神を喰われるんだ」
「……ッ!」
アルエと一世は、ザリアーナのその言葉にほぼ同時に息を呑んだ。
「隠していた……というつもりは無いのだが、私はスヴェントヴィトでアルカニック・ギアの研究を行っていたんだよ」
「何となく、察しは付いてたけど……今度は一世を実験体にするつもり?」
アルエが一世とザリアーナの間に割って入る。
だが、ザリアーナは否定の意思を示しつつ、自身の本心を語った。
「確かに、私は今でもアルカニック・ギアの研究はしているさ。でも、それは精神を喰われた人間を元に戻す為のものだよ」
「信じられないわ」
「確かに、そうだな……」
物悲しげな表情で、ザリアーナはアルエから顔を背ける。
「しかし、君達の機体がアルカニック・ギアであったからには、私は君達に同行させて貰う。幸い、行き先は同じようだから、ね」
「スヴェントヴィト帝国に、行くんですか?」
一世の問い掛けに、今度は肯定の意思を示した。
「ああ、私は私の恋人に、逢いに行く為に、旅をしているんだ」
「何か身勝手じゃない?」
「そう取って貰っても、別に構わないよ」
ザリアーナのおどけた態度に、アルエは更に腹を立てたが、彼女の眼鏡の奥の表情に、一世は確たる意思を感じていた。
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時は、一世達がザリアーナと出逢う少し前に巻き戻る。
砂嵐の中を、ふらふらと歩く一機のスートアーマーの姿があった。
胸部装甲を激しく損傷し、コクピットや内部機構が露出している。このまま砂嵐の中を行けば、いずれ機能不全に陥るのは目に見えている。
だが、機体を操る金髪長躯の男は、そんな事に意を介さず、虚ろな目でただ機体を歩かせていた。
彼の名前はリーテリーデン・クロクフェル。かつて一世のオルベイルに敗北し、部下に砂漠の真ん中で見捨てられた男だ。
彼は何とか命を取り留めたが、砂漠の中で一人孤立し、損傷した機体で何とか近場のコロニーへ向かおうとしていた。
しかし、地図もなく星も読めない人間が砂漠を渡る事など不可能に近く、こうして道なき道に迷い、その結果絶望感に打ちひしがれていた。
水も食料も既に尽き果て、最早この男には何も残されて無い。
「絶望しているようだね」
砂が強風に巻き上げられる音の中で、誰かの囁き声が聞こえた。
限界的状況から来る幻聴かと最初は思ったが、それはあっさり否定される。
「やあ」
「ひえっ!?」
眼の前に現れた黒衣の少年。彼は宙に浮きながら戯けた様子でリーテリーデンの顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべ、口を開いた。
「君は今、人生のどん底にまで叩き落された、そんな顔をしているね」
「ななな、何でそんな事が、おお、お前に、分かる!?」
舌が上手く回らない状態で、なんとか言葉を放り出し、少年と会話を繋げる。
「解るさ。君の絶望は、他のニンゲンとは比べ物にならないいい色をしているからねぇ」
そう言って、少年は砂嵐のある一点を指し示す。
「君が望むなら、この先を真っ直ぐ進むといい。恐らくは他も及ばぬ絶対たる力が手に入る筈だ」
「絶対たる力……」
リーテリーデンは、少年に言われるがまま、最早スクラップ同然のピナクルを歩かせる。
「せいぜい、僕達の役に立ってくれよ?」
そう言って、リーテリーデンを見送った少年は、砂嵐の中へと消えていった。
ネビュリアに向かっていた商隊が謎の襲撃を受けたのは、その翌日の事だった。




