第十三話 棺を知る者
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一世はアルエと合流し、その無事を確認すると、胸を撫で下ろした。
「心配させるなよ。こういう裏通りは、治安が悪いってのがお約束なんだから」
「ごめん、何か見知った顔を見た気がして、さ」
そう言って、アルエは両手を合わせて一世に謝った。
だが、一世はその言葉に裏があると見抜く。
「見知った顔……もしかして、藍羽シイナか?」
自分の探し人の正体を言い当てられ、アルエは思わず一世の顔から視線をそらす。
「図星、なんだな」
「……うん」
「なら、その子もこっちの世界に来ている、って事じゃないのか」
「多分、そうだと思う」
そう言って、アルエは自分達がこの世界に来た時の事を思い出す。駅のホームから突き落とされ、電車に轢かれた。なら、元の世界でシイナも、もう……。
「何暗い顔してるのさ。こっちに居るなら、探せばいいだろ」
「えっ、いいの?」
「当たり前だ。俺はあんたを元の世界に戻して、シイナを探すのを手伝うつもりだった。なら、順番が変わっただけでなんの問題も無い。違うかな?」
「はは、何よそれ」
アルエは一世の言葉を笑う。だが、その言葉に助けられたのも、また事実だった。
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翌日。
一世達は柔軟と朝食を済ませると、早速ネビュリアの東の砂漠で砂鮫の討伐を開始した。
とは言え、やる事は簡単だ。砂鮫をネインの船でおびき出し、その真横を一世のオルベイルで仕留める。
最初のうちはオルベイルに取り付けたピナクルの右腕が上手く動かない等のトラブルに見舞われたものの、戦闘を重ねる内に動作の違和感は無くなり、着々と砂鮫の撃破スコアを伸ばしていった。
「これで、十二!」
鉄製の剣を振るい、仕留めた砂鮫をコンテナに詰め込む。既に船のカーゴは砂鮫の死骸を詰め込んだコンテナで一杯だ。
「お疲れ様です、アニキ。これで今夜の夕食は少し豪華なもんになりますよ」
「おー、そりゃ楽しみだ。じゃあもう一働きしたらネビュリアに戻るか」
そう言いつつ、一世はコンテナの蓋を閉めると、オルベイルを砂鮫の群れに向かわせた。
砂鮫は、鮫と呼ばれてこそいるが、その姿はどちらかと言えばワニに近い。黒い鱗に覆われ、背ビレを地表に露出しながら進む姿は確かに鮫そのものだが、砂漠とて一応は陸地である事に変わりはなく、彼らには大地を踏み締める為の「脚」が四本備わっている。
しかし、そのスピードは海を泳ぐ鮫の如く速い。何故か。
ネインが言うには、鱗を高速で振動させる事で周囲の砂を液状化させ、移動しているらしい。
噂では、その原理を応用して軍が最新鋭の軍艦を開発しているとの事だが、今の一世達にとってそれはあまり重要な事柄ではない。
まずは眼前の仕事をこなす。それが目下の最優先事項だ。
一世は思考を切り替え、追い込んだ砂鮫に剣を叩き付ける。
数十分後には、満杯になったコンテナが一つ増えていた。
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ネビュリアの港でコンテナをギルドへ引き渡し、仕事を達成した一世達は、すぐにその分の報酬を受け取った。
だが、そこから機体と船の修理費用、燃料代等を引き抜くと、それなりの金額だった筈の報酬は雀の涙程度にしか残らなかった。
特にオルベイルの修理にはかなりの費用がかかっており、機体のランクが高ければ高い程、修理費用がかさむのだと実感させられた。
「なるほど。ランクが低ければ低い程、機体の数が多くなるワケだ」
「コストパフォーマンスって奴を考えると、高ランクの機体より低ランクの方が使い勝手がいい場合もありますからね」
一世の言葉に、ネインがそう言って返す。
機体の数が多いという事は、それだけパーツの調達がしやすいという事だ。また、機体に余計な機能が付与されていない分だけ、整備もしやすい。
オルベイルの光の杭など、整備に手間がかかる典型的な例と言えるだろう。あれも、まともな整備をしないままあと何回撃てるか、一世も不安に思っている所だ。
先の事を微かに考えつつ、一世は港の一区画が騒がしい事に気付く。
何事か、と人集りに寄ってみると、そこには大破しながらもネビュリアにたどり着いたスートアーマー数機の姿があった。
「何かあったんですか?」
一世が、近くにいた女性に事情を聞くと、その女性は眼鏡の位置を直しつつ、快く答えてくれた。
「詳しい事は知らないが、商隊がスートアーマーの襲撃に遭ったらしい。恐らくはゲリラだと思われるけど……」
「ゲリラ?」
一世が首をかしげると、すかさずネインが解説に回る。
「ノヴァは多数の部族が寄り集まって構成される国家ですが、その中には現状に不満を抱いている勢力も少なくないんです。特に力の無い少数民族は、アガトラから支援を受けて、反政府組織を立ち上げてるって専らの噂ですよ」
「そっちのお子様は、その辺に詳しいみたいだね、面白いわ」
「お子様は余計っすよ」
眼鏡の女性にからかわれ、ネインは頬をふくらませながらそう返した。
「とは言え、少数戦力が基本のゲリラにしては派手にやられた様子だ。これは、それなりに高性能な機体の仕業と見るべきか……例えばアルカニック・ギアとか」
「……!」
聞き覚えのある単語に、一世は思わず反応し、女性に詰め寄った。
「アルカニック・ギアについて、何か知ってるんですか?」
「ええ。アルカナの棺という、特殊な機構を持つ規格外の機体を、専門家はそう呼んでるの」
「あ、それなら俺も噂程度に聞いた事あります。ランクと四属性のルールから外れた、スートアーマーを超えるスートアーマーだって」
ネインの熱弁に、一世は納得しながらオルベイルの事を考えた。仮にあの機体がアルカニック・ギアだったとして、それをノヴァ軍が狙って来たとすれば、話の辻褄が合う。
だが、オルベイルは確かに強力な機体だが、神様の遺骸を収めたと言う程に特別な機体には思えない。
「アニキ、どうしました?」
「いや、俺の機体……オルベイルも、もしかしたらと思ってな」
思案を巡らせつつ、ネインの言葉にふとそう返す。そんな一世の言葉を耳にして、眼鏡の女性はにやりと頬を歪ませた。
「ほう、君の機体が、ねえ?」
「……!」
あからさまに声色を変えた女性の様子を見て、一世は思わす身構える。
が、彼女は事を構えるつもりは無いと言って、一世をなだめた。
「良ければ、君の機体を見せて貰えないだろうか。私はこう見えて、アルカニック・ギアについて調べてる考古学者みたいなものでね」
考古学者と言い張る彼女に対し、一世はより一層警戒を強める。何よりリーテリーデンの時の様に痛い目を見るのは、もう御免だった。
そんな一世の様子を見て、女性は観念したらしく、近くにあった木箱の上に腰を据える。
「分かった。それなら、私の身の上はしっかり明かしておくべきかな。私はザリアーナ・ゲーティア。元スヴェントヴィトの技術者だよ」
スヴェントヴィト。自分達の目的地の出身者と出会った事に、一世は驚きの表情を見せた。
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「で、そのザリアーナって人に機体を調べて貰う事になった、と」
船で夕食の仕込みをしていたアルエは、見知らぬ女性が船に上がりこんで来た事に不快感を示していた。
ただでさえ手狭な船で男二人と共同生活を送っているのに、そこにまた一人同行者が加わるのかもしれないのだ。
「いやあ、もうオルベイルに対して興味津々らしくてですねぇ、アニキにつきっきりですよ」
「ふうん……」
つきっきり、という言葉に対して、アルエは訝しげな表情を見せる。
一世を異性として意識していない訳ではないが、それがこれまでのピンチの連続で構築された吊り橋効果だという自覚がある。とは言え、それでも不愉快な気分にならざるを得ない。相手が自分より高身長で胸も大きい眼鏡の美女となれば尚更だ。
「……分かってるよ。この気持ちが吊り橋効果だって事くらい」
ため息まじりに、卓に突っ伏して弱音を吐く。
「アルエさん……」
それを心配そうな表情で、ネインが見つめている。
「吊り橋って何ですか」
「いや、そこから?」
気の抜けた問いかけに、アルエは思わず肩を落とした。




