第十二話 ネビュリア・コロニー
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「見えてきたわ、あれが商業コロニー、ネビュリアね」
アルエは、砂上船の甲板から身を乗り出し、新天地に心を躍らせながら目的地となるコロニーの全容を瞳に焼き付ける。ネビュリアはレヤノとは異なり、港には大小様々な砂上船が停泊しており、人の賑わいも桁が違うのが遠くからでも理解出来た。
一世とアルエ、そしてネインは、オルベイルの修理と路銀調達の為に人と物資が集まるネビュリアへ向かう事になった。特にオルベイルはの損傷は問題であり、使用不可能になった右腕をリーテリーデンから奪ったピナクルの右腕で代用している有様だった。
「あそこはノヴァ東部の交通の要所で、周囲に遺跡も多いんで人の出入りが激しいんですよ。ウワサじゃ、金次第で何でも手に入るって言われてますね」
「金次第、ねぇ……」
舵を取るネインの後ろで、一世はじっと街の様子を観察していた。
その街並みは石造りの建物が並び歴史を感じさせるものの、その中に鉄製の工場施設が紛れ、歪とも呼べる雰囲気をを醸し出していた。
ネインによれば、このコロニーを収める部族は軍を嫌い、商業による自領土の発展を考えているという。ここで生産された物資は国内の隅々まで流通し、それによって得た利益を以って部族間の立場を固めているのだ。
ネイン達も、そのお溢れに預かる形で糧食を得ている為、ここには頻繁に顔を出しているとの事だった。
「さあ、上陸しますよ」
そう言って、ネインは船を船着き場につけた。
船着き場から街へ繋がる道には市場が形成されており、そこには大量の人集り。様々な人種の人間が、己が求める商品を買い求め、あるいは売りさばいている。
一世はその圧倒的物量に気圧されるが、アルエはどうと言う事ないと言った印象だ。
「この程度でへこたれてたら、東京にでてやっていけないよ?」
「ははは、流石にアイドルは人混みに慣れてらっしゃる」
一世は思わずアルエに対して苦笑いを浮かべ、自分が如何に田舎住まいかを痛感した。
「それで、仕事を探すにして何処へ行けばいいんだ?」
街に着いて、活気に溢れるメインストリートを一瞥しつつ、一世は言う。
「スートアーマーの修理をしたいなら、やっぱ機甲ギルドで仕事を受けるのが手っ取り早いと思いますよ」
「機甲ギルド?」
もう何度目か知らない聞き慣れない単語に、一世は首を傾げる。
「スートアーマー乗りの寄り合い所帯みたいなもんです。ネビュリアは軍隊嫌いで有名で、その代わりに民間組織のギルドに自警団みたいな事をさせてます」
機甲ギルドは機甲兵器……つまりはスートアーマーを操るフリーランスの傭兵を纏め上げ、国家間の戦争に介入しない代わりに商隊や遺跡発掘現場の護衛、アナンタの獣の討伐といった「面倒事」を引き受けている民間組織だ。
ノヴァとアガトラの戦争に対しても終始中立を保っており、その影響力の高さを物語っている。
ネインが言う所によれば、軍の仕事を機甲ギルドに肩代わりさせている分、ここでは大量の物資を生産し、他の部族の領地へ流通させる事で国内での発言権を強めているのだという。
戦時にしても平時にしても、物資が消費されるのは世の常だ。それを生産して各地に行き渡らせる事は、戦闘に匹敵する程の重大事業なのだ。
逆に言えば、ここを落とされればノヴァの物資流通の半数は麻痺してしまう事になる。それを避ける為にネビュリアは機甲ギルドを積極的に受け入れる事で、ここに手を出させないようにしているのだと、一世は理解した。
政治というものは、何処に行っても面倒なのだと考えながら、一世はネインの案内で機甲ギルドの事務所の門を叩く。
やる事は一つ、ギルドへの登録だ。
「今のアニキはノヴァから追われる身でもありますから、ギルドの庇護を受けるメリットは大きい筈です。ついでに仕事を斡旋して貰えるので、路銀を稼ぐのにも持ってこいです」
ネインはそう言って、受付ロビーで受け取った登録用の書類を一世に差し出す。
「いや、俺こっちの文字はよく分からないから、ネインが記入してくれないか?」
「ああ、そうでしたね、すみません」
一世に軽く頭を下げると、ネインはインク壺にペンを浸すと、必要事項に記入を始める。
年下に代筆を頼む事を申し訳ないと思いつつ、一世は改めてこの世界の事……無論、文字を含めて……を学ぶべきだと考えた。
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ギルドに登録した一世達は、少なくともノヴァの軍隊にこれ以上の追求をされなくなった事に胸を撫で下ろしつつ、船に戻った。
もちろん、斡旋された最初の仕事も一緒に持ち帰る。一世に与えられた仕事は、この近隣での砂鮫の討伐だ。
砂鮫はその名の通り砂漠に生息する鮫のような生き物だ。繁殖期には特に獰猛になり、砂上船の装甲すら食い破って人や物資を砂の底へ沈めてしまうという。
ネビュリアの近辺は船の通りが激しい割に砂鮫の繁殖に適したポイントが多く、この手の依頼に事欠かなかった。
「仕事は翌日ですけど、出来る限りオルベイルの修理はやっおきましょう」
「そうだな。俺も手伝うから、簡単な修理の仕方とか教えてくれよ」
「わかりました。基礎的な事なら教えられると思いますから、帰ったら早速」
ネインと会話を交えつつ、一世はそれとなくスートアーマーの修理の仕方を学ぶ約束を取り付けていた。
そんな時、アルエは街中を歩く人混みの中に、見知った顔を認める。
「シイナ……?」
長い黒髪を靡かせ、ルビーのような瞳の女性。その横顔は、まさにAllegoryのリーダー、藍羽シイナと瓜二つだった。
気のせいだと思おうとしたが、幼馴染の顔を見間違える筈がない。その直感が、彼女に行動を促していた。
「おい、アルエどこに行くんだ!」
「すぐ戻るから!」
一世の声にそう返し、アルエは人混みの中へと消えていく。まさか、彼女もこの世界に飛ばされたのか。
自分と一世が、元の世界で命を落としてこちらの世界へ飛ばされたのだとしたら、シイナももしかして……。
そのような不安を胸に懐きながらも、行方不明になっていた親友との再会に、胸を躍らせる。
だが、見慣れた背中は、裏路地へ入ったのを最後に行方を眩ませた。
逃げ場の無い筈の裏路地。アルエはシイナの姿を探し、そこに足を踏み入れる。
「……一体、どこに」
暫く裏路地を進んでも、シイナの姿はどこにも見当たらない。
見失った。そう思って引き返そうとして踵を返そうとしたその矢先。
「おう、お嬢ちゃん。一体何処に行こうっていうんだ?」
巨漢の男が、アルエの背後に現れ、彼女の肩を掴む。
肩まで露出させた腕になんだか分からない模様のタトゥーを入れ、右目を眼帯で覆っている。如何にも暴力で物事を解決しそうなタイプの人間だ。
「ここは俺らのシマだからよ、通行料は払ってもらわないとな」
お約束のお手本のようなセリフを吐きながら、巨漢はアルエに一歩一歩と詰め寄って来る。
「私のちょっと前に黒髪の女の子が通ったでしょ。そっちの方からは通行料は取らないの?」
「何言ってんだ。俺は一時間前からここを見張ってたが、そんなのは居なかったぞ」
アルエの反論に、巨漢はそう言って返す。嘘をついている様子はないが、意見が食い違っている事に、違和感を覚えざるを得なくなる。
「ともかく、払うもん払えないなら出る所に出て貰う事になるぞ」
そう言って、巨漢はアルエの腕を掴む。
「離してッ!」
アルエはそれを振りほどこうともがくが、巨漢の男の力はその外見に違わないモノを備えている。
このままでは、自分の身が危うい。
そう思った瞬間、巨漢の男は突如として意識を失い、その場に倒れ込んだ。
何が起きたのか。
その場に尻餅をつき、呆気に取られたアルエが顔を見上げると、視線の先にはローブと仮面で素顔を隠した女の姿。
そう、砂上戦艦で見た、あの人物だ。
それがどうしてこんな所に。まさか、自分達を捕まえに来たのか。
仮面の女の一挙手一投足に警戒しながら、アルエはそっとその場から立ち上がった。
「天上アルエか……」
「……ッ!」
名乗っていない筈の名前を呼ばれ、息を呑む。
「不用心が過ぎるな。ここは人目の付かない場所も多い。だからこんな輩も出て来る」
昏倒した巨漢を足蹴にしながら、仮面の女は冷淡な声で語りかけてくる。
「……助けてもらった事には感謝してる。でも……」
「ああ、私を敵と思ってもらって構わない」
「じゃあ、何で助けたの……?」
アルエの問い掛けに、仮面の女は暫く沈黙した後、「何でだろうな」と返答する。
その言葉にアルエは「答えになってない」と怒るが、それを言い終えるよりも早く、仮面の女はその場から姿を消していた。
「おーい、アルエ」
裏路地の入口から聞き慣れた声が聞こえてくる。一世が探しに来てくれたらしい。
アルエは地面に倒れた巨漢が意識を取り戻す前に、その場から退散する事にした。




