第百十話 終局
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「行くぞッ!」
その啖呵と共に、再び蒼い星を背にドゥクス・アナンタの前に立ちふさがったオルベイル……そしてそれを駆る一世。
対するドゥクス・アナンタは閉鎖空間を抜け出したオルベイルの存在を危険視し、すぐにその腕を伸ばし、再び一世を追い込もうと目論む。
一世はすかさずタワー・ランチャーを構えると、銃爪を引き絞った。
それも狙いも付けず、砲出したのと同時に、だ。
無論、ドゥクス・アナンタの巨体を考えれば「狙う」という行為自体が無意味に感じるだろうが、実はそうではない。
尖塔から放たれた火線がドゥクス・アナンタの腕を貫くのみならず、幾多にも枝分かれしながら個別に対象を追尾し、攻撃を続行していく。
敵の巨体に次々と穴を穿っていき、ドゥクス・アナンタに再生する隙すらも与えない。
無論、タワー・ランチャーの威力も、それまでとは桁違いに上がっている。
ドゥクス・アナンタはそれを回避しようとその巨体をよじるものの、しかしオルベイルの未来予測は、ドゥクス・アナンタの先を行く。
先程まで、まるで赤子の手をひねるかの如き存在であったモノが、突如として自らに比肩するだけの力を身に着けて戻って来た事に、ドゥクス・アナンタは恐怖という概念を理解する。
何故。
そのような疑問を、ドゥクス・アナンタが投げかけたような気がした。
だが、一世はその答えを、胸の中に秘めたまま、背中の腕翼から光の杭を露出させ、ドゥクス・アナンタへと肉薄。死神のアルカナの棺の力を上乗せし、敵の左肩の付け根へ一撃を放った。
オルベイルは、リスクの大きかったはずの異なる棺の力を融合させる事に、一切の負担を追う事が無くなっていた。
それはつまり、オルベイルにとって、既に「背負うべきモノ」が存在していない事を意味している。
そう、その身に宿していた筈の仮想世界は、既にオルベイルの中には無かった。
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時は、少し前まで遡る。
ドゥクス・アナンタの作り出した閉鎖空間から抜け出した一世は、元の場所とは異なる空間へと飛ばされていた。
それは、ビッグバンによって、宇宙が形作られる以前の「無」と呼べる世界。
果たして、ここが一世が戦いを繰り広げていた世界がビッグクランチによって終焉を迎えた後の、成れの果てであるのか。
それとも、悠久の時を遡ってしまったのか。
その真相は、分からない。
だが、閉鎖空間から飛び出した際の座標軸が間違っていた事は、すぐに理解できた。
「エネルギー反応……ゼロ。誰もいない、何もない。本当に死んだ世界、か?」
その様子を見て、一世は深いため息を吐く。
ここに出た時のデータを元に、もう一度閉鎖空間を経由すれば、恐らく元の世界に戻れるだろう。
しかし、だからといってドゥクス・アナンタに勝てる見込みはあるのだろうか。
それを意識した時、オルベイルが抱えている「世界」の事を思い出す。
そう。一世が元いた世界、アルカナの棺の作り出した仮想世界。これを作り、維持している分のリソースを、戦闘に割り振れば、勝負は五分にまで持ち込める筈だ。
幸いにして、ここは言うなれば宇宙の卵のような空間だ。
ここに、レイを介して仮想世界の情報を書き加えれば、いつかビッグバンが起き、宇宙が生まれた時に、仮想世界の存在が長い時間をかけて再構築されるだろう。
そう仮定した一世は、すぐに作業に取り掛かり、オルベイルに宿った世界の情報を、宇宙の卵へと書き加えていった。
オルベイルを動かし、そしてドゥクス・アナンタが欲するレイとは、万物を構成するエネルギーそのものであり、それは同時に宇宙を構築するエネルギー……暗黒物質やエーテルとも呼べるモノ……とも言い変えられる。
だからこそ、宇宙の卵に情報を書き加える事も、オルベイルを用いれば造作も無い事であった。
「これで、俺達の世界は生まれてくる……のか?」
一世はオルベイルに語りかけるように独り言ちるが、オルベイルは沈黙を保ったままだ。
そして、全てを終えた時、聞き覚えのある声が一世の耳に届いた。
「……アルエ?」
アルエの、一世を呼ぶ声。それは聞き間違いでもなければ、幻聴でもない。
いや、それどころか、ネインにシイナ、ジョウ、メアリと、アルエ以外の声も聞こえてくる。
一世は、それがアルカナの棺によって紡がれた因果の為せる技である事を、心の何処かで理解した。そして、これを使えば、元の世界へと帰れる事も。
「そうだ、まだ戦いは、終わっていない」
その決意と共に、一世はまだ生まれる以前の宇宙から姿を消した。
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「いずれ、こことは違う宇宙で、世界は新たに作られる……。そして、それを壊されないよう、お前はここで打ち倒す!」
一世は、オルベイルの翼腕から光の杭を連続して撃ち込み、ドゥクス・アナンタの胴体をチーズの如く穴だらけにする。
更に、女帝のアルカナの棺の力を使い、スートアーマーの軍勢を作り出し、ドゥクス・アナンタの再生に必要なの時間、そして未来予測による攻撃回避の隙間を与えない飽和攻撃を行う。
当然、その攻撃の業火にオルベイルも晒される事になるのだが、一世は火線を見る事無く回避し、そして自身もその攻撃の中からドゥクス・アナンタへと攻撃を続けている。
教皇の棺が持つ共感管制能力と、皇帝の棺の支配能力によって、攻撃のタイミングを僅かにズラし、その僅かな隙間……それも針の穴を通すようなシビアなものを縫うように移動し、このような芸当が可能になっていた。
しかし、オルベイルの真の力は、それだけではない。
各々の棺が能力を引き出し、それぞれの相乗効果によってその力を指数関数的に増大させているのだ。
例えば、太陽の棺が他のアルカナの棺から生み出されたエネルギーを増幅させ、世界の棺によって安定化させられた上で力の棺によって各部に効率的に分配される。
隠者の棺によって垣間見た未来を、魔術師の棺に蓄積された情報と照らし合わせ、最適な行動パターンを算出する。
枷の外れたオルベイルによる猛攻は、最早一方的なワンサイドゲームと言っても過言ではなかった。
「背後から、敵……!」
星の周りを漂う環に紛れていたアナンタの獣がオルベイルへと牙を剥く。
ドゥクス・アナンタも、ただやられっぱなしという訳ではない。星の海に散った肉片を死角に潜り込ませ、必要なタイミングでそれを手駒として使ってみせたのだ。
だが、一世はそれもお見通しであり、遊撃に回していたスートアーマーの幾つかを迎撃に向かわせ、それらを悉く阻止してみせる。
ドゥクス・アナンタにとって、獣とは己の血肉から作り出した分身であるが、命令は行えても「統率する」という概念に薄い。そこが、皇帝と女帝のアルカナの棺との最大の相違点であり、同時に欠点でもあった。
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統率された物量が、ドゥクス・アナンタを削り取っていく。
いくら損傷部を再生しても、再生した側からそれを無為にするだけの火力が、ドゥクス・アナンタの表層を覆い尽くす。
このまま猛攻に晒されては、間違いなく自身の消滅は免れないだろう。
様々な宇宙を滅ぼし、それを自らの糧として来た事で、その身体が巨大になり、肥大化していった事への代償だ。
それを察し、ドゥクス・アナンタはすぐに自らの生存に必要な器官を一箇所に集約させていった。
肥大化した身体を棄て、無駄を省き、この場を退き生存のみに特化した姿を作り出す。
弾幕の隙間を見つけ、そこに他の肉片に紛れつつこの場から逃走しようという腹積もりだ。
だが、ドゥクス・アナンタは、それが己にとって最大の敗因となろう事を予測できなかった。
「逃がすか」
オルベイルの両腕から放たれたエネルギーの奔流が、光の剣となってドゥクス・アナンタの中枢部を両断した。




