第百二話 撤退の最中に
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「そんなのって、あるの……?」
一世から、自分達の生まれた世界の真意を語られ、アルエは自らの立っている場所が揺らいだような感覚に襲われた。
それもそうだろう。
自分が生まれ、そして育って来た世界が仮想世界で、しかもアルカナの棺のネットワークによって維持されていたと知ったのであれば無理もない。
全ては、アルカナの棺が本来の姿を取り戻す為に採った壮大な計画。しかも、最終的に自分達の世界が消去される可能性があるとなれば、アルエ達は焦らざるを得なかった。
「……ジョウ、あんたはこの事を知っていたんじゃないのか」
「まさか、私が垣間見る事ができたのは、あくまでこの世界の未来と情報ですよ」
そう言っても、ジョウは複雑な表情を一世に向けている。これまでにない、悲しさとも憤りとも取れる顔だ。
「ですが……」
その一言と共に、ジョウは会話の内容を一転させる。
「お陰で、この世界にあった違和感、というものはようやく払拭出来たように思えます」
「違和感?」
ジョウの隣に立つシイナが、首を傾げる。それを見て、ジョウは一から説明するべく、軽くため息をついた。
「言語です。我々は、この世界に来てから、元の世界の言葉で会話をしていますね?」
「確かに、俺達は普通にそのまま喋ってるな」
一世はジョウの言葉を噛み締めながら、自分の口がどのように動き、喉がどんな音を出しているのか、意識しながら喋る。
「では、ネイン君。あなたは我々の声を、なんと認識していますか?」
「えっ、認識も何も、標準的な統一言語ですよね?」
「そう、我々の言葉は彼らの言語と同じモノ。そしてネイン君にもう一つ質問しましょう。キャシーの喋っている言葉は、どう認識していましたか?」
そう。一世達は、皆一様に日本で生まれ育ったのに対して、キャシーは生粋のアメリカ人。ならば当然、彼女が喋っているものは英語である筈だ。
だが、一世達は彼女の言葉を日本語として認識し、聞き取って来た。
では、ネインはどうだ?
「えっと、少し訛りはありますが、やっぱり統一言語ですね」
その場に居た全員がざわめく。当然、キャシー本人も「私は英語を喋っているつもりだったけど」と返した。
「そう。我々の世界の言葉は、そもそも統一されたモノだったんですよ」
「じゃあ、何で私達は日本語とか英語とか、個別の言語として認識していたの?」
「それは恐らく、我々の世界が仮想世界であった事に起因しているのでしょう。私達がこちらの世界に受肉する際、言語は現地のものであった方が、何かと都合がいいですからね」
「そうか、私達が元々プログラムみたいなものだとしたら、こっちに来た時に何らかの修整が入っていても不思議じゃない」
メアリが、ジョウの言葉に理解を示す。
「ドギーは、私が二次元の存在だったとしても、愛してくれるよな?」
「んだな。愛に次元さ関係なか」
そして、すぐにドギーと見つめあい、いちゃつく。それを見ていたアルエは、咳払いをしつつ話を進めるよう、ジョウに求めた。
「けれども、我々の世界が、アルカナの棺の作られた時代の言語を元に構築されていたとしても、こちらの世界ではだいぶ長い時間が経過しています。使っている言語こそ、変化は乏しかったものの、文字はそうはいかないようでした」
そう言って、ジョウはシイナに視線を向けた。
「私が、リーテリーデンというノヴァ軍の軍人に接触した時、一世とアルエの身分証を読めないような素振りを見せていた。二人とも、あの時の身分証は、持っているな?」
シイナの問いかけに、二人は肯定の意志を示し、シイナはそれをネインに見せるよう指示した。当然、ネインはそれを読めないと返す。
こんな事があるのかと、彼らは不思議な運命のようなモノを感じた。しかし、その一方で唯一人、キール皇帝は、二人の身分証に記された文字を見て、驚嘆したかのような表情を見せていた。
そう。この世界で数多ある国の中で、スヴェントヴィト帝国は唯一過去の文字文化が保たれていたのだ。
これは、帝国の地下に眠る遺跡……即ち星の海の時代からの遺産を受け継いで来たからこその奇跡でもあった。
「全く、何なのだろうな。アルカナの棺とは!」
髪をかきあげながら、キール皇帝は怒鳴るようにそう漏らした。
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アルカナの棺とは何なのか。
キール皇帝が発した疑問は、当然その場の全員が共有している物だった。
そもそも、棺がどのような物なのかは知っていても、それがどのようにして生まれたのか、殆どの人間は知る由もない。
魔術師のアルカナの棺を有していたジョウもまた、アルカナの棺が分かたれる前の過去の記憶こそ知れども、それが作られた経緯についての記憶は持ち得ていない。
「アルカナの棺……その正体は、森羅万象に干渉して無尽蔵のエネルギーを出力するジェネレーターだそうだ」
一世が、唐突に口を開き、皆の視線が一世に集中する。何故か、一世を見る全員が、彼の瞳の色が金色に変化しているように感じた。
「遥か過去、人類は母なる星から飛び出し、星の海に新天地を求めた。そんな中で、ある科学者が、後にアルカナの棺と呼ばれるモノの雛形を作り上げた」
一世は語り続けた。
それは、人類が夢にまで見た永久機関の誕生であり、同時に万物の根源を司り、生命を生み出すエネルギー、レイの存在が実証される。
人類……正確にはアルカナの棺を作り上げた科学者の属する船団は、いつか来るであろう星間戦争に備え、それを利用した兵器の開発に着手した。
だが……。
「エネルギーを生み出すには、必ず何らかのリスクが伴う。原子力、火力、太陽光、過去の発電システムがそうであったように、アルカナの棺は別次元から異形の存在を引きつけてしまったんだ」
「それが、ドゥクス・アナンタ……?」
アルエの言葉に、一世は無言で頷き、肯定した。
「当然、降りかかる火の粉を払う為に、人類はアルカナの棺を使った兵器……決して尽きる事のない無尽蔵のエネルギーと兵站を持った、無尽兵器を投入した。これが、過去の大戦だ」
「じゃあ、ドゥクス・アナンタはどうして別の次元からわざわざこっちの次元にやって来たの?」
「……それは、奴がレイを求めて次元を流離う存在だからさ。あれは強大な力を持っていても、自らレイを生み出せない。故に他から奪い、それを繰り返す内に自分の住んでいた世界を滅ぼして、別の世界にまでその魔手を伸ばすようになったんだ……と、当時の研究で仮説が立てられてる」
アルエの質問に、一世はそのように答え、更に言葉を紡ぐ。
「そして、強大な力を持った存在が、無限のエネルギー生成機関を手に入れたらどうなるか。そんなものは目に見えている。世界の破滅以外の何者でもない」
「アナンタの目的は、最終的にはアルカナの棺の強奪なのね」
「十中八九な。だけど、奴らはアルカナの棺を扱えない。これを制御するには、予め棺と同調した人間が必要だからだ」
アルエは、自分がザディスに組み込まれた時の事を思い出した。
思えば、あれはアナンタの使徒が目的を果たす為の実験だったのだろう。
今でも時折、あの不快な感覚がフラッシュバックを起こす時があるだけに、巻き込まれた側からしたらたまったものではない。
「初期のアルカナの棺に適合したアルカーヌムは二十二人。彼らとの接触が、結果として人工の神に様々な能力を与える事になったんだ」
「では、仮想世界から受肉した者がアルカナの棺を扱えたのは」
「俺達が、彼らの遺伝子データから構築された存在だから、さ」
ジョウの質問に、一世は答えた。何とも、常軌を逸した行いなのだろうか。
戦いに勝つ。その目的の為に命を自ら作り出す。
それがアルカニック・ギアの意思だと言うのなら、自分はまんまとその手のひらの上で踊らされていた事になる。
ジョウは、自分が喜劇を演じるピエロであった事に、頭を抱えて笑うしかなかった。
それは、自分が暗躍者であるという何よりも強い自負があったからこそ、よりそのような感情が強く現れた、とも見て取れた。




