第十話 傾く尖塔
○
リーテリーデンの駆るピナクルの刃が、一世とアルエの乗るオルベイルに向かって振り下ろされた。
一世はその刃を、右手の光の杭で受け止めようと構える。
しかし、既に一度使われた光の杭は嘗てのような熱エネルギーを発する事なく消滅し、ピナクルの剣は難なくその下にあるオルベイルの掌に食い込んだ。
だが、一世もただ右腕を犠牲にしたつもりはない。それを何するものぞといった様子で受け止め、剣を力任せに握りつぶす。
「剣を砕くか……だが!」
リーテリーデンは砕け折れた剣を捨て、左手に保持したラウンドシールドで突撃を仕掛ける。一世は、全身の重量と出力を上乗せしたそれを真正面から受け止める。
衝撃は脚を伝って拡散されるが、リーテリーデンの側にとってこの突撃は足止めと目隠しを兼ねた牽制に過ぎない。
本命は、盾の装甲の繋ぎ目を展開し、そこから放たれる刺突攻撃だ。
「……!」
「このピナクルのランクは第七位。第三位のフォウォレと同じと思うなよ、小僧!」
放たれた突きはオルベイルの頬を僅かに掠める。確かにこの機体はこれまでフォフォレや野盗の機体とは大きく違う性能を持っている。シルエットも無骨なフォルムだったそれらの機体とは違い、オルベイルと同じく人間に近い物になっている事からも、それが伺える。
そして、軍という組織でそのような機体を与えられているという事実は、リーテリーデンという男が相当な操縦技術を備えている事を示していた。
そもそもスートアーマーの操縦は機体の手足に連動した操縦端末を操縦者に接続し、その動きを読み取る一種のマスタースレーブ方式を採用している。その為、動作速度や攻撃の精度は機体のシステムによる補正もある程度は働くが、乗り手の操縦技術に比例して増すようになっていた。
当然、操縦者の技量が高ければ高い程、それを形に出来る性能の機体が求められる。故に、エースパイロットに高ランクの機体が与えられるのは、ある種の必然と言えるだろう。
一世も、操縦に関する知識を得ていたが、身体を使った技術については素人同然。これまでは、機体の性能に助けられて戦えたようなものだった。
対する眼の前の敵は、まさしく実力を備えたエースパイロットの動きを見せていた。現にピナクルのラウンドシールドに設けられたスリットは剣がギリギリ入る幅しか無く、それを何度もすり抜けるだけの正確な突きは、その操縦技術の高さを如実に物語っている。
加えて攻撃の予備動作が盾で遮られて見る事が出来ないとなれば、それを回避するのは難しくなる。
「そっちが突き一辺倒だってなら……!」
一世は、そう言って機体を跳躍させ、ピナクルから距離を取ると、スタビライザーを展開してガトリング砲を構える。
「甘いな」
だが、その行動はリーテリーデンも想定の内。機体を左右に激しく切り返すように動き回り、オルベイルの放った弾幕を掻い潜る。
いくらか弾が当たったとしても、それはラウンドシールドに阻まれて有効打にはならない。
ガトリング砲は距離を取って戦う分には有効な武器であったが、防御を固めた相手には牽制程度にしかならない様子だった。
眼前に迫ったピナクルの再度の突撃が、オルベイルに迫る。
一世は咄嗟にオルベイルの左腕でラウンドシールドを抑え込み、死角から突きが来るのを防ぐ。とは言え、シールドの動きを封じても、両腕が使えない状況では、剣による攻撃は防げない。
上下左右様々な方向からの剣戟が、オルベイルの装甲を徐々に疲弊させる。
「やはり装甲強度は相応の物を備えている……だが乗り手はずぶの素人だな。その機体がアルカニック・ギアであったとしても、使い手がこれでは宝の持ち腐れというものだ」
また、アルカニック・ギアという単語。オルベイルがそれに該当する機体だというのは、言葉のニュアンスで察する事は出来る。
しかし、それ以上の意味を見出すには、やはり情報が少ない。
「せめて私がその機体を有効に使ってやろう」
その言葉と共に、コクピットに狙いを定めた突き……即ち必殺の一撃が放たれる。だが、相手を葬り去る「意思」が明確化した事によって、一世にそれを避ける隙を与えた事を、リーテリーデンは気付かなかった。
「何をふざけた言ってるんだよッ!」
反論と同時に足払い。姿勢を崩したピナクルはその場に転ぶ事は無かったものの、仕掛けようとしていた一撃は空を切り、剣の切っ先は砂の海に突き立てられた。
「こっちは訳も分からないまま、一方的に理不尽な目に遭わされたんだ。こんな所で殺されたら、それこそ死んでも死にきれないッ!」
一世が激昂する。普段は斜に構えた態度を気取り、一般生活の中で冒険やスリルを求めていたが、それでも彼は平和な国で育った現代っ子なのだ。理不尽な暴力に対する免疫は無きに等しく、それを強いて来た相手に対し、怒りを露わにするのは当然だった。
一世はすかさず地面に突き刺さった剣の胴を蹴り、その刀身を真っ二つに叩き割る。
「おのれ、異人めがッ!」
リーテリーデンは使い物にならなくなった剣を捨て、唯一の得物となったラウンドシールドでシールドバッシュを仕掛ける。
シールドのへりの部分は刃のように鋭く、それ自体が武器として成立していた。
シールドが、オルベイルの右肩装甲に食い込み、衝撃がコクピットにまで伝わってくる。アルエの悲鳴が、コクピットに木霊した。
「舌を噛むから、歯を食いしばって!」
「う、うん!」
アルエに対して巨大ロボットに乗ったら一度は言ってみたかった台詞を無意識の内に吐き、一世はオルベイルの左腕をピナクルの頭に押し当てると、自分の味わった理不尽をぶつけるかのようにトリガーを引いた。
「これが逆転の一手だ!」
光の杭。
その閃光が、ピナクルの上半身を吹き飛ばした。
頭部と胸部装甲の一部が蒸発した敵機が砂上に横たわる。露出したコクピットでは、辛うじて命を繋ぎ止めたリーテリーデンが、情けない表情のまま気を失った顔を晒している。
その様子を観戦していた砂上軍艦は、指揮官を失ったと見ると残ったフォウォレを収容し、その場から撤退していった。
だが、肝心のリーテリーデンはその場に置き去りだ。部下に見捨てられる辺り、眼前に倒れた男の人望の無さを、一世とアルエは哀れむ他なかった。
○
戦場から少し離れた高台で、仮面の女の乗る群青色の機体がオルベイルとピナクルの戦闘の行末を見守っていた。
「どうやら、導師の見立てた性能はまだ引き出せていないようだ。寝起きか否かは知らないが、第七位程度でこの様子では、先が思いやられる……」
オルベイルの戦い方を値踏みするように、女はその様子を機体のカメラ……頭部に備わった二つの眼で逐一記録していた。
彼女が収めた記録は、彼女の主たる導師……あのローブの男の下へと逐次送られる。その情報は導師の保有するデータベースに蓄積され、彼の目的の為の一助となるのだ。
「あの男は、艦が沈むという導師の予測を僅かに覆した。あれも棺の力なのか、それとも……」
その言葉と共に、仮面の女は軍艦内で相まみえたオルベイルの搭乗者、そして一緒に牢に居た少女の顔を思い出す。
「逆井一世と、天上アルエ……か」
ふと、二人の名前を口にする。
執務室からくすねた際に見た身分証から名前を知ったとは言え、何故そこに書かれた文字を自分が読めたのか。そして、一世とともに牢に入れられていた少女の顔。その二つのファクターが、仮面の女に疑問を生じさせていた。
「しかし、あの女の顔、何処か見覚えが……」
意味深な言葉をひとりごちりながら、仮面の女は自分の役割を淡々と進め、やがて必要な情報を収集し終えると、まるで背景に溶け込むかのようにその姿をくらませた。
砂漠の真ん中に取り残された満身創痍の紅の機体の背後には、三つの月と、無数の氷と岩とで構成される外輪が浮かぶ夜空が広がっていた。




