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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
一 そして、砂の海へ

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第一話 素晴らしき新世界

 遥か昔、人々は自らの叡智を結集させ、一柱の神を創り上げた。

 その神は四十四の権能を備え、万能とも呼べるその力によって星々を征し、人々は人造の神の威光の下にその版図を広げていった。

 だが、ある星での異界の神との戦いが、総てを変えた。

 長い死闘の果てに、人造の神は異界の神を打ち果たす。しかし、人造の神もその戦いで深い傷を負い、遂には命を落とした。

 神の死によって星を渡る術を喪った人々は、人造の神の骸を二十二の棺に収め、神器として奉ったという。

 そして、幾千もの月日を重ねる中で、その棺は様々な形で歴史の表舞台に現れては伝説を遺し、その力の一端を歴史に刻みながら何処かへと消えていった。


 曰く、棺は世界を蹂躙する獣の驚異を退けた。

 曰く、棺は人々に豊穣を与え、理想郷を築き上げた。

 曰く、棺を手にした帝が魔王を名乗り、戦火を世界に撒き散らした。

 曰く、棺は大陸の半分を焼き野原にするだけの大災禍を引き起こした。

 曰く、棺の力を恐れた人々はそれを各地に封印した。


 だが、これが事実か否か、それを確認する術を今の人々は持たない。

 そして、この神話が長い沈黙を破り再び動き出す事も、まだ誰も知る事は無かった。


 この世界は、なんでこんなにも退屈なのだろう。

 年頃の少年少女なら誰しも抱えているであろう世の中への不満を腹の底に溜め込みながら、逆井一世(さかいかずや)は高校からの帰路についていた。

 将来の役に立つのかわからない学業を積み重ね、決まった道を朝と夕方に行き来する。その末に人は大人になり、社会という歯車に組み込まれ、老後の為の資金繰りに頭を悩ませながら生きていくのだ。

 それを、こんな海と山しかない田舎で繰り広げるのは願い下げだ。せめて、東京に出て成り上がる事は出来ないものかと、一世は考える。


「はぁー……」


 ため息と共にボサボサの頭を抱え、退屈しのぎに立ち寄ったコンビニで漫画雑誌を手に取った。その漫画雑誌では、最近始まった和風剣戟モノがとても気になる展開を見せており、今週も表紙と巻頭カラーという名誉を賜っている。これはアニメ化も近いだろうかと、一世は考えた。

 表紙を開いたのと同時に、店内放送で聴き慣れた歌声が一世の鼓膜を刺激する。

 Allegory(アレゴリィ)

 クールなイメージを全面に押し出し、中高生を中心に知名度を上げてきているアイドルグループだ。

 元々は三人組のユニットだったが、先日リーダーの藍羽シイナが行方不明となった為、やむなく二人組で活動する事になったという。そして今流れている音源は、三人組時代の物だ。

 だが、シイナが消息を断った理由はいまだに不透明であり、ファンの間では様々な憶測や噂が囁かれている。

 ちらりと視線を週刊誌コーナーに移すと、表紙の見出しにはメンバーとの不仲説を説いた物から、「駆け落ちか?」などと書かれた物まで勢揃いだ。

 十七歳で駆け落ちも何も無いだろうと思いながら、一世は再び視線を漫画雑誌の方へと集中させた。

 それから三十分後。


「おっと、そろそろ時間か」


 先程まで熱心に読み入っていた漫画雑誌を、軽食用のレモンティーとサンドイッチとともに店内カゴに放り込んでレジまで運び、電子マネーのポイントで会計を済ませる。商品の入ったレジ袋を受け取ると、一世は店を出て駅へと急いだ。

 もうすぐ電車が来る時間だ。

 頭の中にインプットした時刻表と現在時刻を照らし合わせ、最適なペース配分でいつもの道を歩んでいく。

 駅の改札を抜け、階段を駆け上がりホームへ出ると、列の一番前に立てた幸運を喜びつつ、電車を待った。

 暫くして、何十という人が駅のホームに集まってくる。

 そんな時だった。


「なあ、あれAllegory(アレゴリィ)の天上アルエじゃね?」

「嘘、マジで?!」


 一世に少し遅れてホームに入ってきた大学生と思しき……しかも少しチャラそうな……二人組が、別の列の先頭に立つ少女を見て、ヒソヒソと会話を交わしている。

 天上アルエ。Allegory(アレゴリィ)のセンターであり、藍羽シイナとは幼馴染の間柄だと公言している少女だ。

 彼女もまた、シイナが消息を断ってからやや精神的に追い詰められている様子であるらしく、近い内に活動休止を発表するのではないかという噂もあった。

 アルエとされる少女はキャスケットとサングラスで顔を隠していたが、確かに平均よりやや小柄な体格に栗色の髪、そしてサングラスの下から覗く翡翠色の瞳は、Allegoryのメンバー、天上アルエに似ていなくもないだろう。だが、それだけで安易に本人だと断定したり、騒ぎ立てるような事を一世はしなかった。

 それよりも、一刻も早く家に帰って漫画雑誌を読み返したいという気持ちが彼の心を満たしていたからだ。


『間もなく、一番線に電車がーー』


 気が付けば、電車の来訪を伝えるアナウンスが聞こえてくる。

 これに乗れば、後は家まで目と鼻の先。

 そう思っていた矢先だった。


「えっ……?」


 突如、天上アルエと思われていた少女が、何者かの手によって線路に突き飛ばされたではないか。

 いきなりの異変に騒然とする駅のホーム。しかも突き飛ばされた時に頭を打ったらしく、少女はその場からぴくりとも動かない。

 少女を突き落とした犯人の姿は人混みに紛れて追うことは出来なかった。だが、それよりも目下の問題は、駅に迫る電車だ。

 このままでは大惨事になる事は目に見えていた。

 どうする。どうすればいい。

 そうやって、頭で考えるより早く、一世の身体は行動を起こしていた。自分が一番近いからとか、そういう理由は関係ない。ここで助けなきゃ、人としてありえないだろう。そんな気持ちが勝っていた。

 線路に飛び出し、少女の身体を抱きかかえる。

 女の子ってこんなに軽いのかとか、なんかいい匂いがするとか、一瞬思いながらも、そんな煩悩を消し去ってホームの方へと向き直る。

 もうすぐ電車が来る。

 ホームでは非常ボタンが押されている筈だ。電車側も異変に気づいてブレーキをかけているだろう。

 まったく、この子を突き落とした奴はなんて迷惑な奴なんだ。

 そう思いながら一歩を踏み出そうとした時、線路に敷き詰められた(バラスト)に足を取られる。

 その場に倒れ込む一世。迫る電車。先頭車両のフロントガラスからは、運転手が必死にブレーキをかけている様子が見て取れる。駅のホームの方も、これから起こるであろう悲劇を前に、目を背けたり、顔を覆う人々があちらこちらに見られた。

 そして……。


 次に一世が目を覚ましたのは、広大な砂漠の真ん中だった。肌を刺すように照り付ける日差しと、辺り一面見渡す限りの砂。そして砂。


「なんだよ、何なんだよ、ここは……ッ!」


 夢でも見ているのかと頬を抓るが、その痛みは正しく本物。

 まさか、フィクションでよくある「異世界召喚」という奴なのか。

 そんな思考が、一瞬だが頭を過ぎる。馬鹿馬鹿しいと思うが、そうでなければ、電車に轢かれそうになった自分が生きている説明がつかない。

 否。もしかしたらミンチになった自分が、この世界に連続性を保ったまま転生したのかもしれない。

 何にしても、日本での自分の人生はなんとも呆気のない終わり方をしたものだと自嘲しながら、一世はその場に倒れ込んで空を見上げた。

 何もない。ただ青い空と白い雲が広がっているだけ。

 そして考える。この世界は、果たしてどのような世界なんだろう、と。

 まず真っ先に思い浮かぶのは、中世ヨーロッパのような文明が築かれた、剣と魔法の世界だろう。ライトノベルでも、ネット小説でも、そのような世界に飛ばされるのがお約束になっている。

 だが、人に遭わなければ文明の程度も、この世界についての情報も、手に入る事はない。下手をしたら、ここは文明どころか人間すら存在しない世界である可能性もある。

 身体を起こして辺りを見回すと、そこには自分の荷物が散乱している。通学鞄に、コンビニで買った漫画雑誌とサンドイッチ。スマートフォン。そして、自分が抱きかかえているのは、先程助けようとした少女。


「う……ん」


 少女が、苦しそうな声を上げる。

 一世が「大丈夫か?」と顔を覗き込む。たしかに彼女の顔は、天上アルエその人だった。

 先程買った漫画雑誌の広告欄にある彼女の写真と見比べたのだ、間違いは無い。

 だが、アルエと思しき少女は、目を覚ました途端に左肘を一世の土手っ腹に突き立てた。


「痛った!?」

「黙りなさい、ヘンタイ!」

「へ、へんた……!?」


 肘打ちに怯んだ隙を見て、少女は一世から距離を取る。その様子は、明らかに一世の事を警戒しているようだった。

 無理もないだろう。駅のホームで誰かに線路に突き落とされ、目が覚めたら砂漠のど真ん中。警戒するなという方が無理な話だ。


「まあ、とにかく一度落ち着いて欲しいんだけど」

「そんな事言って、私にいやらしい事をしようとするんでしょ?」

「しないってッ!」


 少女は一世の一挙手一投足に疑いの眼差しを向け、一向に警戒を解く兆しが見られない。

 一世が一歩歩み寄れば、同じ距離だけ彼女は後退る。


「それに、こんな得体のしれない所にアイドルを連れ出して……一体何を考えてるのッ! 私は、私はあの娘を探さないと……!」

「あー、そうか、覚えてないのか。駅のホームから突き落とされた事」


 彼女が状況を理解していない事を、一世は理解すると、両手を広げて敵意がない事をアピールする。


「駅のホーム? ちょっと待って、確か私はあの時……」


 少女もまた、記憶の糸を辿り、欠けているパズルのピースを繋ぎ合わせていく。

 しかし、記憶を巡らせる事に集中するあまり、少女は足元の注意を疎かにしてしまう。

 砂に足を取られ、叫びながら砂丘を転がり落ちる彼女に、一世は手を差し伸べる。だが、砂の崩れる速度は早く、一世もまた少女とともに砂の海へと呑まれていった。

 その時。


「これに掴まって!」


 その言葉とともに投げ出されたロープに、一世は左手を伸ばした。

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