6 つながらない意志と体
その後、理科の授業は滞りなくすんなりと終わった。
途中で叱られたせいか先生に完全にマークされ、晴天もそんな中話しかける度胸はなかったようで、ちゃんとした授業態度で授業を受けた。
なんだかスマホをいじっている奴らの身代わりになっていたような気分で癪に障るがここは大目に見よう。
「じゃあそろそろ行くか」
晴天は荷物をテキパキとまとめて立ち上がり、俺のことを待つ。
「いやまだ板書が終わってない。先行っててくれ」
「おーれーがー。そんな薄情なことするわけないだろ? 俺たちは、運命共同体だ」
「そんなドヤ顔で言うなよ。そんなたいそうなもんじゃない」
「そうご謙遜しなさんなご主人ー」
「…………」
こういうボケは無視するべきだと、このわずか数時間の間で理解した。
というのも、やはり晴天は人との距離の取り方だったりつめ方がとても繊細に、うまくこなせるため、知り合ったばかりでもお互い楽に接することができている。こういう人は、そうそういるものではないだろう。
やっぱりこいつはすごい奴なんだなと、何度も思う。
そして何度も撤回してるんだけどね。
「ふぅー何とか終わった。じゃあそろそろ行くか」
「おう」
俺たちが理科室を出ようとする頃には周りにはほとんど誰もいなくて、唯一理科教師と気弱な女子がいるだけだった。
その二人の会話が耳に入る。
「じゃあ高木さん。このノートを職員室まで運んでもらってもいい?」
「は、はい……」
どうやら日直の仕事みたいだ。
それにしても、一クラス四十人いる。つまりその四十冊を職員室に運ぶわけだけど……それ一人で運べる量なのか?
理科教師はよぼよぼだし運ぶ気はなさそうだ。それに日直は本来二人で行うはずが、今ここにいるのは高木さんだけだ。おそらく男子のもう片方の日直はサボっているか、日直の仕事を忘れているかしているのだろう。
「じゃあ行こうか」
高木さんは心底困ったような表情をしていた。
しかしそんなことを気にも止めず……というかたぶん気づいていないのか理科教師はそそくさと理科室を出ていった。
「え、えぇ……」
ついには困り果てた声まで出していた。
理科室に今残っているのは高木さんと、俺と晴天。ここは俺たちが手伝うべきだろう。
「あの……」
そう思って俺は声をかけようとした。
しかし、この先に続く言葉が出てこない。
高木さんの方へ足を向けたはずなのに、一歩を踏み出したはずなのに、どうもこの先に俺は進めなかった。
な、なんで……?
汗が額ににじむ。今は春なのに、やけに体が熱い。
俺は高木さんを助けたい。
あんな量絶対に無理だ。気弱な女子はおろか、きっと屈強な男子でさえ運ぶのは困難だろう。
だからこそ、俺が手伝わなければいけないのに、なんでこの先が続いてくれないんだ?
体と意志が噛み合っていない。
頭は手伝えとボタンを押しているのに、何かがそれを邪魔しているのか、もしくはそれに伴う行動につながっていないのか、反応しない。
こんな感覚は初めてだった。
そこでふと思う。
もしかして俺は、トラウマなのか?
「どうした時雨?」
明らかに不自然な俺に晴天は声をかける。
そこでふと我に返った。
「いや、あの子が……」
「あぁー確かにあれは大変そうだ。高木さーん。俺たちが手伝うよ」
「えっほんとに?! ごめんありがとう……」
「全然いいんだってこれしきの事。先に言っておくと僕の名前は晴天一馬――」
「いえ別に聞こうと思ってませんから」
「いや君なかなか切れがあるツッコミだね?!」
そんな風に晴天はお茶らけながら自然にノートを積んで持った。
「ほら時雨。そろそろ行くぞ」
「あ、あぁ」
晴天の後に続いてノートを持つ。今度はちゃんと先に続けられた。
なんでだ? 俺はさっきの晴天みたいに動くはずだったのに。俺が行くべきはずの未来を晴天がやってのけた。
でもなんで、俺は高木さんを助ける行動に出られなかったんだろう。
やっぱりその理由を考えれば考えるほど、『トラウマになってしまった』というふざけた理由しか思いつかなかった。そんなこと、あるはずないのに。
「職員室は一階だよね?」
「そうだね。次の授業遅れないように早くいかないと。なっ時雨」
「…………」
「時雨?」
「ぬあっ! あ、あぁ」
晴天が耳元で俺の名前を呼んで、再び我に返った。
心配そうに俺の顔を晴天が見ていたが、何か俺のことを気遣って何も言ってこなかった。
しばらく職員室に向けて歩いていると、何やらとてつもない勢いで階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。それはだんだんと近づいてきて、正体を現す。
「た、高木さぁーん!!!! 本当にごめん日直だって佐久に言われるまで気づかなったわぁまじごめんごめんごめんごめん!」
そしてその勢いで謝罪を何度もするナンパ不動の無冠王者、たつ。
高木さんはその勢いに若干……というかだいぶ顔を引きつらせていた。
「だ、大丈夫だよ……この二人が手伝ってくれてるし」
「ふ、二人? ……あぁー時雨君と晴天じゃねぇのぉ。二人とも、まじごめん! 俺が全部持つわぁ!」
そう言って俺たちからノートをすべて取って急いで職員室まで運んでいった。高木さんの分まで。
あいつ……さては人じゃないな?
なんだか嵐に場をひっかけまわされたみたいな感じだけがこの空間に残り、なんだか三人気が抜けてしまった。
「早くいこっか」
「「う、うん」」
それにしても、たつって朝はあんなこと言ってたけどいい奴そうだな。
そんなことを思いながらも、もやもやを心の奥底にしまい込んだ。
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いやぁほんとは一日二本の予定だったんですよ? でも感想もらえるとどんな感想でもうれしいしやる気に繋がりますよね。というわけで、書き溜め分投稿しちゃった。てへ(きも)
うぉぉぉぉぉ!!! かくぜぇぇぇぇ!!!!
勉強は、はるかかなたに飛んでいったのであった――