4 晴天って名前は詐欺である
自宅から少し歩いたところにある駅で電車に乗っておよそ二十分。
電車一本で俺が通っている高校の最寄り駅へと到着する。
この最寄り駅は県内でも有数の利用者が多い駅として知られており、駅を中心としてショッピングセンターやらデパートやらが堂々と立っている。そのため学校帰りに寄ったりする人が多いようだ。俺はあまり利用しないが。
「あっおはようございます、時雨君」
改札を出ると、こちらに向かって手を振る美少女が一人。
どうやら今日も粘りの女王は俺のことを待ち伏せしていたらしい。
「おはよう。で、何故今日も俺のことを?」
「いや、いつものことじゃないですか」
「それもそうなんだが、涼風さんはもうすでに俺を根負けさせるという目標を達成しているだろ? だったらわざわざ朝俺のことを待つ必要はないんじゃないか?」
「根負け……それだとちょっと言い方が嫌な感じです」
「……涼風さんって繊細だな」
「よく言われます」
ここで長話をしていると妙に人の視線を集めてしまうので、とりあえず学校へ向かおうと足を動かす。
涼風さんは俺の横に小走りで追いついて、なぜか俺の方を見てニコッと笑った。
な、なんで笑ったんだ?
女子というのは本当によく分からない。まぁ俺からすれば人間大半何考えているのか分からないが。
いや、当然のことか。
「さっきの質問……返事をするなら理由はありません。ですけど無理やり理由をこじつけるならば、これもお礼の一環だと私は思っています」
「お、お礼?」
「はい。常に一人でいるのは少し寂しいかと思いまして」
「それ、常に俺が一人でいる寂しい奴だって言っているようなものだぞ」
「ま、まぁそうですね。本心を言えば……ごにょごにょごにょごにょ」
「すまん最後の方がよく聞こえなかったんだが」
「ひゃ、ひゃい! い、いえ、な、何でもありません……」
急にどうしたのだろうか。
奇声を上げた上に顔を真っ赤に染めて。俺の目がおかしいのか頭から湯気が出ているようにも見える。
何か俺は地雷を踏んだのかな。
「まぁでも、世の中理由がなくてもいいことだってあると思うんです」
「そ、そうか」
よく分からない理論に俺はよく分からないが納得させられた。
考えれば考えるほど、分からなくなるから、考えることを自分が放棄したのかもしれない。
どちらにせよ、俺がこの先女心を理解する日は来ないだろうなと思った。
「では、今日一日楽しんでいきましょう」
「お、おう……」
本当に最近の涼風さんはどうしたのだろう。
何か薬でも飲んだのかと思うくらいにグイグイくるし、ハイテンションだ。
まぁ女子というのは些細なことで気分がハイになると昔近所のチャラそうな姉ちゃんが言っていたし、特に気にしないでおこう。
***
「では、また昼休みに来ますね」
「あ、あぁ」
昼休みも来るのか。
涼風さんは友達がいないのだろうか。いや、答えはいないに決まっている。なにせ常に俺と一緒にいるのだ。友達がいたら俺なんかとつるむわけがない。
さっき寂しいとかなんとか言っていたけれど、寂しいのは涼風さんの方じゃないか?
なんてことを思いながら、教室に入った。
「いやマジで昨日先輩にカフェ行かないかって誘ったんだけどさ、断られちゃいましたやべぇー」
「これで何回目だよたつ。そろそろ年上諦めなって」
「いやまだわかんねぇから。失敗は成功のもとだから。こっからカウンターだからぁ」
「バスケ部の先輩が、「一年でやけにチャラい男がいるから気をつけろってみんなに注意喚起しとくわ」って言ってたよー。たつみ君、もう希望ないんじゃない?」
「ちょっと加奈辛辣―だわぁ。俺の青春こっからだっていうのにぃ」
クラスカーストトップの会話が耳に飛び込んでくる。
男女六人ほどで構成された、明らかに陽キャラ感すごくてミラーボールのような存在感。
その中心にいるのはもちろん新島さん。そしてもう一人はさわやかイケメンの川神佐久。もう名前に神が入っている時点で勝ち組である。さらにサッカー部期待の新人らしい。
天は二物を与えず……とはよく言ったものだ。
それに付随してコミュニケーション能力が高く、皆総じて顔面偏差値の高い。そんな人たちが集うこのグループは他のクラスでも存在が知られているほどにド派手らしい。もはやこの学校のカースト上位を独占していると言っても過言ではない、敵に回そうもんなら何されるか分からない恐ろしい集団だ。できれば関わりたくないな。
そう思いながらも気配を殺してそいつらの前を通っていく。
すると俺のことを起こして喜ぶ趣味を持つ(俺の独断と偏見)新島さんが俺の存在に気づいてしまった。
「あっ時雨君。おはよー」
ちっ。その名前はやけに主人公感があって嫌だから呼ばれたくなかったんだ。
そんなことを思いながらも、目立たないように会釈だけしておく。
所かまわず誰にでも挨拶するような奴だ。俺みたいなやつが素っ気ない態度をとっていてもスルーするだろう。
そう思っていたのだが、チャラ男でナンパ失敗の殿堂入りを果たしたたつみというやつが俺にぎろっと視線を向けてきた。
「あーあぁ俺も清楚で可愛い彼女欲しいぃわぁー」
「…………」
明らかに嫌みのような言葉。
清楚で可愛い彼女というのは涼風さんのことだろうか。確かに清楚で可愛らしいし、ルックスで言えばおそらくこの学校一だろう。
そんな人がこんなモブ男みたいなやつと一緒にいたら嫌みを突きたくなるのも自然なことか。
俺は知らんぷりを決め込んで、そそくさと自席に座った。
はぁ。昔はあんな風な奴らとばっかり関わっていたが、今は関わる気分にもなれない。
俺は逃げるようにイヤホンを耳につけた。
すると何やら俺の席の前の人では明らかにない人が、俺の方に体を向けて席に座った。
「よっ時雨君。いきなりだけど、俺のこと知ってる?」
「…………はい?」
なんだこいつ急に……。
よくよく顔を見れば、見覚えのある顔だった。おそらく同じクラスの人なんだろう。自己紹介の時寝ていたので名前は知らないが。
でも、なんだかたつみってやつみたいにチャラそうだ。それにわりとイケメンだ。ガタイもいい。
とりあえずイヤホンは外しておこう。
「まぁ自己紹介聞いてなさそうだったし知らないか。俺の名前は晴天一馬。晴れが苗字に入ってるけど雨男だ。よろしく」
「よ、よろしく……」
なんだこいつ最後の情報いるか?
「それでまたまた突然なんだけど、時雨はなんで髪を黒に染めてんだ? ほんとは地毛赤だろ」
「っ……?! な、なんでそう思うんだよ」
突然とんでもない爆弾発言を受けて驚きが言葉にならない声となって思わず出てしまった。
そんな俺を見つつ、まるで推理を語り始める探偵のように、人差し指をたてて話し始める。
「市販のやつで自分で染めたんだろうけど、結構荒い部分があってじみーに赤い髪見えてんのよ。まぁほんとにじみーにだけどな」
なぜだろうか。地味の言い方が若干鼻につく。
しかし、どうやら晴天は細かいところまで人のことを観察しているようだ。
「で、なんで? あんまり聞かれたくないことだったら答えなくていいんだけどさ」
聞かれたくない……と言われれば聞かれたくないと即答。
なにせ赤い髪を黒い髪にしたのはあの事件があったから。あの事件のことをあったばかりの奴に話すのは気が引けた。
「……あんまり答えたくないな」
「そうか。ならこれ以上は聞かないことにするわ」
「助かる」
意外とすんなりと身を引いてくれたので助かった。
晴天はどうやらこのことに関して重い理由があることを察してくれたようだ。察しがよく、空気が読めるいい奴なんだろう。
「そ・れ・デ。隣のクラスの涼風さんとはどういう関係だよー?」
前言撤回。こいつは空気が読めると褒めてはいけない人種のようだ。
でも、確かに最近こんなにも関わりが多かったらこのようなことが起きてもおかしくはない。
そろそろこういうのが来るんじゃないかと思っていたところだ。
ここはしっかりと弁明しておこう――
「別に特別な関係でもないよ。ただ同じ中学校ってだけさ」
とても以前助けたことがあってそのお礼で――なんて言えるわけがない。それに、言いたくない。
「ほんとにそれだけかなぁ? それだけで涼風さんがあんな顔をするとは思えないけどなぁ~ほんとのこと言っちゃえよぉー」
「ほんとのこと言ってるだろ? それに涼風さんは変な顔をしていなかったと思うが……」
「なるほどねぇー……ふーん」
「な、何だよ」
「いや別にぃ。まぁ時雨に鈍感主人公属性がついているということを知って少し面白そうだなと思っただけさ」
晴天は品定めをするみたいに俺を足先から脳天までじっくりと見てきた。
なぜだか触られているような気分になる。
「まっ、これからよろしく頼むぜ?」
作り慣れたさわやかな笑顔で俺に手を伸ばす。握手……ってことだろう。
若干……いやバリバリウザがらみをしてくる奴だが、地味に空気を読んでくれる時もあるし、きっと悪い奴ではないんだろう。
だから俺は、晴天の手を取った。
「あぁ、よろしく」
「おう!」
ちょうどこのタイミングで、迷惑そうな顔をしながら俺の席の前の人が登校してきた。
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ここでまた雑談なんですが、どうやら前の中学校の人がこの時間に「コロナ自粛を乗り越えるために寂しさを紛らわそうの会」を発足したらしく、通話してるんですよ。某有名通信アプリで。こういうのって一つの発言が大きい意味を持っちゃうから苦手なんですよね。タイマンはれやこらぁ(冗談)