2 振り返ることはしない
駅前のカフェにて。
俺はブラックコーヒーのホットを注文して小さなテーブルへと持っていった。
そして椅子に腰を掛け、真正面に座る少女に視線を向ける。
「あの……その……突然、すみません……」
「べ、別にいいけど」
どうしてこのような状況になっているのかというと、遡ること数十分前――
「あの、お話があるのでカフェにでも行きませんか?」
「お、俺に?」
「はい。大事なお話があるんです」
そう少女に言われたため、断るにも断り切れずに現在に至るという感じだ。
もちろん大事な話という言葉に、ラブコメの主人公によくありがちな勘違いすることはなく、なんとなくは想像できている。
「あの……私、涼風世那って言います」
「……知ってる。君はあの中学校では有名人だったから」
涼風世那。
俺が通っていた中学校ではとびぬけて可愛かった美少女。群青色の長い髪とビー玉のような、サファイアを連想させる眼が特徴的で、温厚な性格だということを聞いたことがある。見るからにそうだろう。身長は160cmほどで、顔立ちが整っており柔らかい表情の童顔。以前通っていた中学校では絶大な人気を誇っており、芸能事務所に何度もスカウトを受けたことがあるという。
そして、俺があの時助けた少女。
「そうですか。あの、まずはその……言わなければいけないことがあって……」
「……うん」
「その……あの時はありがとうございました……! そして、本当にごめんなさい……」
涼風さんは深々と頭をさげた。
「か、顔を上げてくれ。別に何も涼風さんが謝ることじゃない。何も悪いことはしてないんだから。むしろ被害者だろ? だから責任を感じる必要なんて全くない。だから顔を上げてくれ」
「いえ……そんなことはありません。時雨君は私を助けてくれました。襲われていた私を。それに、私があの時もっとちゃんと誤解だって言えてれば……。しかも、こうしてお礼を言うことも、謝罪をすることも遅くなってしまって……本当にごめんなさい……!」
頑なに涼風さんは顔を上げようとしなかった。
むしろさっきよりも深々と頭を下げた。
「もういいよ。別に君が責任を感じることじゃない。あれは……しょうがなかったんだ」
「で、でもっ……」
「ほんとにもういいんだ。もう……いいんだ」
もう諦めている。諦めているからこそこんな遠い学校を選んだ。
確かに悔しいし、なんでだよって思うときもある。けど、もうどうしようもないってことはちゃんと分かってる。
だからもうあの件に関して終わらせたかった。
「じゃあそろそろ俺は行くよ」
コーヒーを一気に飲み干す。
まだコーヒーは熱を持っていて、おかげで舌をやけどした。しかし、今はそんなことどうでもよかった。
今はとにかく、もう終わらせたかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち上がった俺を涼風さんは引き留める。
「私は……時雨君にお礼をしたくてこの学校に行くことにしたんです」
「え……」
「実は先生にこっそり時雨君の志望している学校を聞いたんです」
なんで先生が教えてるんだよ。個人情報だろうが。
でもあの中学校だ。個人情報のこの字もきっと知らないだろう。
「時雨君がわざわざ遠い学校に進学することにしたのって、あのことがあったからですよね?」
どう返答すればいいのか迷う。
でも今更隠しても仕方がないだろう。
「……まぁそうだな。だから涼風さんがいたことはびっくりしたよ」
「だからこそ、そういう状況にしてしまった私が――」
「別に涼風さんのせいじゃない。誤解を受けてしまったのも、この学校に通うことを決めたのも全部俺だ。全部俺の選択から今があるんだ。だから全くもって涼風さんが責任を感じる必要はないんだ。それに……」
「…………」
「涼風さんが何かをしても今の俺は変わらない。お礼をされたところで、謝罪をされたところで、誤解を受けてしまったことも今の現状も。何も、変わらない……」
「っ……」
涼風さんの苦しそうな、悲しそうな表情を見て自分が少し強く言ってしまったことに気づく。
しかし今気づいたところで全く意味はなくて、前言を撤回しようは思わなかった。
むしろこれで涼風さんが俺に幻滅してそっとしてくれることを祈った。
「で、でも……これは私の自己満足にすぎないのかもしれないんですが……私は時雨君にどうしてもお礼がしたい。そしてちゃんとお詫びを……」
「涼風さん、もう本当にいいんだ。気持ちだけでも受け取っておくから」
「で、でも……何かちゃんとしたいんです……私にできることがあれば何でもしますから」
「…………」
何でも、か。
普通のラブコメだったら何でもという言葉に色々な、健全な男子高校生が考え付きそうなことを連想してしまうが俺は連想しなかった。
確かに涼風さんは可愛い。
きっと世の中の男子は涼風さんにこんなことを言われたらウキウキしてアドレナリンどばどばだろう。
でも、俺にとって涼風さんは断ち切りたいものに変わりなかった。
「本当に大丈夫だから。気持ちだけ、ほんとに受け取っておく」
俺はそう言ってカフェを出た。
涼風さんがうしろで何か言っていたが、決して振り返ることはしなかった。
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現時点でもやる気マックスですが。