死ぬ事が怖いと思う事へ思う事
俺の死生観を語る。
俺は、宗教を信じていない。神様や死後の世界は無いと思っている。
別に死後の世界を信じたいなら信じればいい。俺は信じてないけど、信じたい人を否定はしない。俺だって死後の世界があったらいいなって思うもの。
だからまぁ、俺が今から語る事は、死後の世界を信じる人にとっちゃキツイと思う。嫌ならブラウザバック宜しく。オーケー?
では語ろう。
死後の世界を無いと何故思うようになったのか。
無いとしたならどうやってそれを受け入れたのか。
この辺を語りたい。特に後者だね。まぁ、受け入れたっていうと語弊がある。考えないようにしているってとこだ。そんな人は俺以外にも大勢いるだろうね。
そうだねぇ。神様とか宗教を信じなくなったのは、小説とか歌とかからだね。歌でさ、神様はなんで人の形してんの。なんて歌詞があってさ。そうよねぇ。そりゃ神様は人間が作ったんだろうからねぇって納得しちゃったのさ。
それを納得出来る下地になったのは小説。京極夏彦の作品からだ。宗教や占いやデイダラボッチや。妖怪や過去の偉人を絡めた語りは俺を無宗教へと憑き落としたのさ。
まぁ、そういう作品の影響を受けて死後の世界を信じなくなった。期待しないようになったのだ。
死後の世界を信じなくなると、死後の世界が無い事が怖い。そりゃ怖い。だから、救いの言葉を探してたね。自分に合う、死ぬ事が怖くなくなるような言葉を。
狂え狂え、どうせこの世は夢のようなもの。
生まれる前に戻るだけさ。
この二つくらいか。まだあった気がしたけど、必要なくなったのか、忘れてしまった。
そういう言葉で少しはやわらぐんだけど、根本的な解決にはなんないよね。そりゃそうだ。
こう、死後の世界はあったら嬉しいんだけどさ、実際多分死なないとあるかどうかわかんないよ。幽霊見た事ある?俺は無い。
そういうあるかどうかわかんないもんを結構あると決めてるものがあるやんか。
漫画だよ。
ドラゴンボールとかナルトとかワンピースも。
エースは死んでるけどブルックは生きてる?よな。そういう漫画に対して疑問を感じるようになっちまったのさ。些細な疑問。
ん、一旦切る。また書こう。
さて、約二週間が経った。なんの話だっけ。
そうだな。じゃあ怖い話。思い切り怖い話。だから話半分で聞いてくれ。本当に怖いから。
あのな、死ぬって怖いんだぜ。
天国とかあの世とかあると思ってんだろ。
まぁ、結論は別としてな?天国とかあの世がなかったら、どう思う?
自分の自我、家族、友達、テレビで見る芸能人にアニメや漫画、つまり今いる世界。
全部なくなる。感じなくなる。
それが永遠にだ。
一度死んだら永遠にだ。あの世や天国が無いとしたらな。
怖いよ。めちゃめちゃ泣いたよ。
じゃあなんでそんな怖い事書いたかっていうと、だから命、特に自我が大事なんだよって話。
怖いから、だから大切にしようって思える。
俺は人殺す奴は大嫌い。ただ、なんというのかな、人間至上主義というか。ちょっと前にあった施設を襲った事件は、正直あんまり怒れない。
大切なのは命じゃなくて自我だ。そして誰かを思いやれるなら尚良い。逆に言えば誰の事も思えないなら、俺的には牛や豚と同じなんだ。これはあくまで俺の考え方だけどな。
人の命は平等とかいう奴も嫌いかも。平等じゃねえし。他人より身内、身内より自分。あるいは自分より大切な誰か。それを決めるのは自分。自我だ。
ま、死ぬ事が怖いから楽しもうと思えたら、あんまりそういう事考えなくなったね。
だから怖がってる奴。もし俺の文を読んだなら。ここまで文章を読めた君の人生や余裕がある時間に感謝したらよい。こんなとこまで読めるなんて凄いよ?凄い根気と余裕が君にはあるんだよ。
そんな風に前向きに締めくくっていったん終わろう。充電がなくてね。