08 神の贈り物
前回までのあらすじ:荷物を運ぶかわりに密入国するはずだったが、ロジャーに裏切られアリシアも奪われた。
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於 盾の王国 大会議室
「皆さま揃いましたのでこれより週例御前会議を始めます。まずは経済」
「経済担当、報告させていただきます。小麦が昨対比5%上昇、大豆は9%、鉄も6%。難民の増加に伴い地価は昨対比12%上昇しています。詳細はお手元の資料をご覧ください。以上です」
「次、治安」
「治安担当、報告させていただきます。難民の増加に伴い犯罪件数が昨対比15%上昇、うち殺人事件400超、傷害事件2000超、自警団も駆り出し事態に当たっていますが、減少の糸口は見えません。詳細はお手元の
<中略>
「次、各ギルド」
「自警団、報告させていただきます。王国兵団とともに警らの強化をしておりますが、夜盗がおさまりません。今後盗賊ギルドとも協力し、夜間の警備強化に努めます。また難民流入により今後国家間、氏族間の対立が懸念されます。ギルド全体で監視の強化を徹底します。今週に入り判明したギフテッドは15名。まだ掘れそうです。以上です」
「盾の商会、報告させていただきます。今月に入り破産する商店が50。また夜盗の被害が70。自警団および王国兵団に抜本的な対策を求めます。冒険者ギルドの報告は盗賊ギルドから報告いただきます。今週のギフテッドは7名。打ち止めです。次の難民に期待しましょう。以上です」
「農夫組合、報告させていただきます。難民増加により食料の供給が追い付きません。具体的な数字は、ええっと、詳細はお手元の資料でご確認ください。特に家畜が足りません。このままでは保存用に回す肉もありません。今月職人組合と大規模な山狩りを行う予定です。冬に備え自警団、狩猟会にも協力を仰ぎたく……ああッ、肝心のギフテッドは3名。こんなもんですね。以上です」
「職人組合、報告させていただきます。難民の増加により建材が不足しています。現在、武器屋防具屋に出している見習いを全て建築に充てましたが、まだ足りていません。農夫組合が山狩りをするので同行し、使えるもので建材の確保を行います。ギフテッドは0名。以上です」
「聖光教団、報告させていただきます。難民同士のトラブルが絶えず、治癒を求めに扉を叩くものが絶えません。各施設で可能な限り夜間も対応しておりますが、治癒を使える者が足りていません。また財政面も苦しく、孤児院の運営のためにも援助を強化を願います。今週明らかになったギフテッドですが、教団からは23名。孤児院から17名。計40名です。以上です」
「猟友会、報告させていただきます。本格的に春を迎えシカとウサギが豊富です。クマはあらかた狩りましたので、里に下りる心配はないでしょう。それと、魔物が多数被害を出しています。特に沿岸部の餓鬼鳥が難民を食い荒らし個体数を増やしています。これでは『通過儀礼』にもならないので、山狩りと並行して餓鬼鳥の討伐も行います。今週のギフテッドは8名判明しています。もう掘れません。以上です」
「演芸協会、報告させていただきます。先週西方の光の帝国にて公演をいたしました。城内は浮浪者であふれており、あちらも難民を御しきれていないご様子。各自レポートをご一読いただければ、と。今回の公演にてギフテッドを3名引き抜きました。今週は計3名。以上です」
「盗賊ギルド、報告させていただきます。先週非公認の娼館を潰しました。女たちは教団で保護されています。今晩もう一つを潰す予定です。またクスリの販売ルートも特定しました。詳細は自警団に送りましたのでこの後打ち合わせを。冒険者ギルドは特に問題ありません。ギフテッドは盗賊が3、冒険が6、まだ掘ります。以上です」
「魔術師連合、報告させていただきます。特にこれといった発見はありません。ギフテッドも目ぼしいものはいません。以上です」
「竜紋学会、該当者なし、以上」
「次、騎士団」
「盾の騎士団、副団長ブランにかわり、報告させていただきます」
「聞いていないが?」
「今朝がた緊急の要件とあり、出動いたしました」
「御前会議よりもか?」
「ご容赦を。現在難民を乗せた船がこちらに向かっておりますが、ギフテッドが1名トラブルを起こしました」
「もうトラブルか、早いな」
「報告ではギガスが船内で暴れ兵士を全滅させたため、ブラン殿はそれを抑えに向かいました。」
「怒れるギガスは薬か魔法か、同族でなければ止まらんからな」
「そいつはおさまるのか?」
「弟君なので何とかなるでしょう」
◇
大きな部屋の中でバンドは巨大な鎖に封じられていた。
昨日の昼、空から餓鬼鳥が襲ってきた。しかし、それは半ば人の手によって起こされた惨劇だった。盾の王国ではこれを『通過儀礼』として受け入れていた。国がなぜ民を救わない。助けを求めたら手を差し伸べるのがひとではないか。甘い幻想と笑われるかもしれないが、己が目指す騎士とはそれだった。兄がそうだった。
「兄上……」
兄、ブランはこの盾の王国で騎士になったと噂で聞いた。故郷では誰からも尊敬され誰にでも自慢できる憧れの存在だった。しかしある日忽然と姿を消した。
その当時から故郷の東方教国では凶暴な魔物の襲撃を受け、騎士の活躍が目覚ましかった。特に兄、ブランには天賦の才があり、「金剛不壊のブラン」という二つ名が授けられた。次の騎士団長は彼に違いない、わずか十八で将来を約束されていた。それなのに、故郷と家族を捨てた。
五年後バンドは二十歳になった。当時の兄の年を越えたが、未だ二つ名どころか騎士にすらなれていない。ブランの名が重くのしかかる。
「久しぶりだな」
ドアが開くなり渋い声がした。
「兄上!」
思うように言葉が出ない。己を苛ませていた者がこうも早くあらわれるとは。漆黒の鎧を身に纏い、兜をわきに抱えている。
「その鎧、懐かしいな」
白い鎧はかつての兄のものだった。兄の後に続くように、兄の穴を埋めるように、己で課した宣誓っだった。今は拘束具となりバンドを縛り付ける。言いたいことはたくさんある。聞きたいこともたくさんある。
「これが! 兄上が剣を捧げた王国か!」
先ず怒りが溢れ出た。
「大勢が犠牲になった! 兄上はご存じで放っておかれたのか! 騎士ともあろうお方が! 祖国を裏切って!」
次いで嘆きが漏れ出した。
「そうだ、これが盾の王国だ」
兄は動じることなく、射貫くように見据える。その顔でバンドは全てを察した。あの時の兄上は死んだのだ。ここにいる男は自分とは無関係。王国の犬だ。
「なぜ、なぜ今ごろ私に手紙を寄こされた? 何を意図して、私の何に期待して」
終に悲しみがしたたる。それきり黙ってしまった。
「王国はギフテッドを探している。光の帝国よりも多く、多彩なギフテッドだ。私やお前のような」
ギフテッド。生まれながらにして与えられた一代限りの才能だ。先祖や両親からの遺伝も、師弟の修行による継承もかなわない、まさに神からの贈り物を持ったものだ。
十の氏族ならば必ず神から贈り物を与えられる。しかし、それに気づかずに生涯を終える者は多い。命あるうちに神の贈り物を自覚した者は無上の幸福者である。それがギフテッドだった。
「お前は自分が短気な性格で、一度怒ると手が付けられないと認識しているが、それは違う。お前の贈り物がそれだからだ」
「お前は怒ると爆発的な力を発揮する。それこそがお前の天賦の才であり、お前に適した生き方なのだ。厳格な規則に縛られた教国ではお前の持ち味は活かせん」
バンドはうなだれたまま黙っている。
「しかし、この盾の王国では味方はいない、敵ばかりだ。背後を気にせず好きに暴れられる。だから誘った」
「船上での出来事もそうだ、わざと餓鬼鳥を放置している。やつらの甘い妄想を醒めさせるため、そしてお前のようなギフテッドが他にいないか選別するためだ」
「単独で餓鬼鳥を蹴散らしたそうじゃないか。国王もお喜びになる」
「この国なら貴族の推薦も承認もない。実力を示せば騎士になれる。そして私の部下として、右腕として剣を振れ」
「……もし誘いを断れば?」
「どうもしない、釈放だ。好きに生きろ」
ブランは立ち上がると、これで終わりとばかりに椅子をしまう。
「受けるにしろ断るにしろこの船を降りろ。私のところまで来い」
そう言うと、振り向くことなく部屋を後にした。後ろから副官がついてくる。
「お連れしなくてよろしいのですか? 御前会議にはギフテッド1名と報告しております」
「構わんさ。あいつはどこで生きていこうが目立つ。いつだってそうだった。それに暴れるしか能のないやつだ。どう足掻こうとたどり着く先は同じ」
いびつな笑みを残しブランは去っていった。
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会議っていうけど実際はテンプレ以外認めない報告会ですよね……ねなきゃ……