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十の氏族  作者: モンゴメリ伊藤
1章 金の乙女
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06 闇の取引き

前回までのあらすじ:盾の王国に向かう途中ノリでエルフとキスをした

 荷物を山のように積み上げもたれかかった男がいた。その男は空の捕食者から逃れるため多くの者を生贄にした。彼に罪の意識はない。それが己が生き延びるために必要な行為だったから。死んでいったものは今生きているものの糧となったから。そして己のために犠牲となった者は己が生き延びることで供養になるはずだ。それがロジャーという男だった。


「どうした犬っころ。ここにエサはねぇぞ」

「別にあなたの獲物を狙っているわけではありません」 


 コボルトのピークスが答える。ロジャーは自分の「戦利品」を一つ一つ確認している途中だった。


「犬ってやつは卑しい。人様が飯を食っていたら自分もおこぼれにありつけると思っている」


 ついでに差別主義者でもある。エルフはプライドが高いだけの娼婦、ギガスは図体がでかいだけのウスノロ、そしてコボルトは直立歩行できる駄犬。日頃から人目をはばからず罵っている。


「あなたほど困窮してはいません。少しお話をしに来ました」

帰れ(ハウス)


「僕、いえ私の鞄を盗んだ動機です。あなたは私とギガースの会話を盗み聞きしていたでしょう?ドラゴンの伝承を研究しているという。ドラゴンに関係するアイテムは高く売れますからね。闇の市場でも金貨10は下らない。さらに竜紋学会に売りつければその倍で買い取ってくれるでしょう」


「何が目的だ?」

「情報です。盾の王国に関する情報。あの国で生き抜くには裏をかく必要がありそうですから」


 そういうとピークスは鞄から一つのアミュレットを取り出した。細かな装飾が施されている。


「ドラゴニアンの司祭が身につけていたものです。司祭が亡くなるとこのアミュレットと一緒に埋葬されます」


「墓を掘り返したってことか、実に犬らしいじゃねぇか」

「本来なら私が学会に行って路銀にかえるつもりでしたが、これとあなたの持つ情報を交換してください」

「狩りに付き合う犬は嫌いじゃねぇ」


 ふんだくると胸元にしまい込んだ。


 アリシアと二人でぼんやりと月を眺めていた。月は徐々に白んでいき空と海は別れていく。


「よし!」


 勢いよくアリシアが立ち上がると頬を両手で叩いた。


「気持ちを切り替えなきゃ!今日から王国生活だもんね」


 気合を入れたんだろう。頬が少し赤い。


「それと!昨夜のキスはノーカンだからね!つい雰囲気に飲まれたけど、ああいうのは相手が元気なときにすること!」


 そういうとすたすたと離れていった。やっぱり悪手だったか…


「あと口説くときは人の言葉を借りないこと!」


 振り向きざまの追撃。これは嫌われちゃったかなぁー……


 さて、アリシアは出て行っちゃったし俺はどうするかな。バンドの様子でも見に行くか。怒りはおさまっているといいけど。




「やぁ、バンド、元気か?」


 白いアーマーが朝日を反射して眩しい。


「ヴィクトル……か、ああ、もう朝なんだな」

「ずいぶん派手に暴れたとか」

「蒸し返さないでくれ、反省している」


 ふう、と疲れたように溜息を落とす。まぁ王国に着く前に兵士をぶん殴ったんだ。前途多難にもほどがある。


「私は港に着いたら拘束されるだろう。もう君たちには会えないかもしれない。その前に」


 持っていた手紙を俺に渡した。


「これは兄からの手紙だ。私は兄を追ってあの国を目指していた。名はブラン。今は王国の近衛兵をしていると聞く」

「中を見ても?」

「構わない」


 そこには『船に乗れ』とだけ短く書かれていた。二枚目には『追伸:ギルドで生きるなら高価でも手帳を買え』とだけ。


「なんだこりゃ?」

「私もよくわからない、ただ王国で生きるためには情報が必要なようだ。何かの役に立ててほしい」


 確かにこの国は一筋縄ではいかないようだ。次に生贄になるのは自分かもしれない。


「ありがとう、手帳を買った方がいいみたいだな」

「それと……」


 バンドは少し言いよどんだが、意を決したように俺に向き直る。


「出会って間もない君にお願いするのは無茶だと思うが聞いてくれ。兄は我が祖国を裏切った。機会があれば理由を聞き、祖国に伝えてほしい」


 面倒事は避けたいんだが、これが今生の別れになるかもしれないからな。気休め程度にしかならないが。


「努力はするよ」

「かたじけない。祖国の名は東方教国(とうほうきょうこく)だ」


 そう言うと白い山が動いた。


「さて、心残りはあるが朝食にしよう。せっかくだから付き合ってくれ」

「ああ、いいぜ。ついでにピークスも呼ぼう」


 本当はアリシアも呼びたいんだが気まずくて、口に出すのがはばかられた。


「うむ、ならアリシア殿もだな」


 つい体が反応してしまう。それと、とバンドは続けた。


「お節介を承知で言うが、女性が弱っているときに口づけをするのは不意打ちのようで私は好かん。以後用心されよ」


 お前見てたのかよ!




 ピークスと(やっぱりというかアリシアもいた!)合流し、四人で朝食をとる。朝食といっても質素な携帯食、空腹よりマシなくらいだ。


「この船は王国の港へ着きますが、我々はその前に漁村に降ろされるそうです」


 干し肉をかじりながらピークスは呑気に言う。俺たちは一応難民で密航者ってことになっているから、堂々と入国できないもんな。


「漁村は人魚族で構成されているようですね。露店も多いそうでそこでアイテムや食料が調達できるそうです」


 十ある氏族のうち海の神の加護を受ける一族だ。男をマーマン(男人魚)女をマーメイド(女人魚)という。故郷は北の海にあるらしい。


「歩きかぁ…もう陸が恋しいなぁ…」


 木箱に座っていたアリシアが足をプラプラさせる。


「王国からは目と鼻の距離らしいのですぐ着くそうですよ。それより問題なのが入国です」

「いくらかかる?」

「なんと金貨5」

「そりゃ法外だ!」


 持ってないってことはないが、今後の生活を考えるとかなり厳しい。仕事がすぐに見つかるとも限らない。


「そこで僕はあるひとと取引をしました」


 ピークスがふいと黒い鼻先を向ける。その先にいるのは、ロジャー!アリシアは口をおさえ固まっている。


「彼の荷物持ちという体で王国に密入国します。王国では貿易商ということになっているそうで」


 「貿易商」ねぇ、死んだ人間の荷物をかっぱらっているだけの悪党のくせに。


「そこで、皆さんに相談です。僕の話に一口乗りませんか?皆さんのお気持ちはわかりますが、今後の生活を考えると損ではないと思います」


 バンドをちらりと見たが彼はむっつり黙っている。そりゃそうか、これは俺たち個人の問題だもんな。


「実を言うと皆さんのことは彼に伝えています。私の体ではとうてい全部運ぶことはできませんし、これ以上彼の悪行を見逃すつもりもありません」


「何か手を打っているのか?」

「そこは抜かりなく。今は王国に入ることを考えましょう」


 なおも口をおさえ固まっているアリシアを見る。


「俺は問題ない。だが、アリシアは」

「そこはあなたが守ってやってください。ヴィクトールさん」

「気にしないで、あたしは大丈夫、あたしも参加する」


 ピークスを見ると口を固くむすんだ。


「お は な し はすんだかな?諸君」


 小馬鹿にした口調でひょろ長い影が伸びてくる。


「これからオレがオレ様がオマエたちのボスだ。わかったか奴隷ども」

「王国の門をくぐるまでだ」

「誰がしゃべっていいなんて言った!オマエらはオレ様がよしというまで黙って待て(ステイ)をしてればいいんだよ!」


 今は逆らわないほうがいいか。


「オマエらは今から俺の奴隷だ。わかったら頭を下げていろ。決してオレ様を見下すな」

「だが今はまだ仕事のときではない。それに契約をしたなら立場は対等なはずだ」


 バンドが毅然と言う。


「とっ捕まるやつは黙っていろ!そんで死刑になれ!」


 両者がにらみ合いになる。あーまた喧嘩がはじまるか。


「なぁなぁ旦那、俺も混ぜてくれよぉ」


 馴れ馴れしい声が割って入る。短髪で前髪をきれいに切りそろえた少年?だ。


「あんたたちのこと昼間っからずっと気にしてたんだよ。なんかやりそうだな~って。で、騒ぎを起こした張本人たちが集まって相談とかしてんじゃん?また何かやらかすんだろ?俺も加えてくれよ~」


 一気にまくしたてる。ずっと見てたのか。


「いや、あんたたちが知らないだけで、船の中じゃ注目されていたよ?他に娯楽なんてないからね~」


 ずいぶんと調子のいいやつだな。こっちは一触即発のヒリヒリした状況だってのに楽しんでんじゃないよ。


「俺の名はダガー。荷物持ちすんだろ?コボルトとエルフじゃ大した量持てないって!」


 また偽名かよ。俺より背が高いが、ロジャーと同じくらいヒョロい。


「勝手にしゃべってんじゃねぇ、いいか、これからはオレ様の指示なく行動すんな!クソがしたけりゃ手を挙げろ!」


 ロジャーは割り込んできたやつの腹に一発叩きこむとその場をあとにした。

 ダガーは大して効いたわけでもないのに、いてて、と大げさに腹をさすったあと、フンと鼻を鳴らした。


「なぁ、あんたたち名前は?」

「偽名を使うやつにはうんざりしててね、もう黙っててくれないか」


 そう言うと黙々と味気ない朝食を再開した。




 それからしばらくすると向かう先に小さく陸地が見えた。王国領に入ったんだ!そのまま真っすぐ港を目指す。


「それでは、私はここまでのようだな」


 バンドがゆっくりと立ち上がった。魔法で連絡を取ったのだろうか、小さな港には不釣り合いなほど立派な船が停まっていた。俺たちの船も横につける。桟橋には兵士とは明らかに身なりが違う、鎧で全身がおおわれているひとたちが待っていた。体格からして彼らもギガスだろう。


「この中にギガスのバンドという者はいるか?」


 頭が割れるほど大きな声で叫び辺りを見回す。


「私がバンドだ!」


 負けじとバンドもそう応えると俺に振り返った。


「短い間だったが、世話になった」

「こちらこそ」

「例の件、よろしく頼む。それと皆にも迷惑をかけてかたじけない」


 怪我を負った兵士に促されるとバンドは下船した。


「では、僕たちも行きますか」


 ぞろぞろと人がはけていく中で、ピークスがよっこらしょと腰を上げる。


「まだお座り(シット)してろバカ犬が!飼い主の言いつけが聞けねぇのか!?」


 足を蹴られピークスが倒れこむ。


「まだだ、アイツらが全員出てから荷物を運びこむ、オレ様がよしというまで伏せ(ダウン)だ」


 仕方ない。当面はあのクズの言うことを聞くか。


「おやぁ~あんたたちは下りないのかね~」


 海から声がする。青い顔……人魚族だ。髪は潮と太陽に焼けたせいかまばらな茶色になっている。海面から顔だけのぞかせニッと白い歯をみせる。


「長旅ご苦労さ~ん。なんか要るものがあるなら遠慮なく言うがいいさ!お金はとるけどね!」

「おう、いつも見回りご苦労。元気か?」


 ロジャーが柔和な顔で返事する。気持ちわりぃ。


「おや~エドヴァルド三世さん。いつも御贔屓(ごひいき)に~、本日もお荷物をお運びしましょうか~」

「いや、今日はいらねぇ。旅の仲間ができたんで、そいつらと一緒に荷物を持っていくぜ」


 何が仲間だ、奴隷だろ。


「お前ら!さっさと立て!あそこにある荷物を全部降ろせ!」


 そう言うとまた人魚に向きなおり、今度はこそこそと話し合った。積んである荷物の山を俺たちと新入りのダガーの四人で崩していく。

小柄なピークスは自分の鞄に加え更に三つの鞄を、アリシアはすでに限界というほど大きい自分のリュックに更に肩掛け鞄を一つ。残る八つの荷物を俺と新入りで分けて担いだ。


 間抜けな格好だが、盾の王国、入国である。

やっと入国できた……長かったー……

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