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十の氏族  作者: モンゴメリ伊藤
1章 金の乙女
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05 月の口づけ

前回までのあらすじ:王国の土を踏む前に『通過儀礼』が必要となる。犠牲者が出てしまったがこれも想定内の出来事だった。

少し眠り気分が落ち着いた。月はまだ高いところにある。


俺たちは餓鬼鳥から辛くも生き延びた。あのあとアリシアは取り乱していたのでピークスとふたりでなだめたが、動揺が収まらなかった。仕方がないので俺の薬で強制的に眠らせた。


「これしか方法がねぇ!どうせ死ぬだけだったんだ」

「これが『通過儀礼』だ!みんなやってる」


 生贄として誰かを差し出さなければより多くのひとが食われてたかもしれない。


 しかし


 これではまるで


「死にに来ただけじゃないか」


 ふいに口をついて出た。






 波の音だけが規則正しく静かに繰り返す。そういえばアリシアはどうしたかな。なんだか無性に会いたくなってきた。


「ヴィクトールさん」


 間の抜けた独特の声だ。


「やぁピークス。お疲れ様」


 犬みたいな顔をしているのにほほ笑んでいるように見えた。コボルトという氏族で船に乗る前から旅の学者をしている。


「いえいえ、眠れましたか?」

「あまり。ピークスは落ち着いてるね」

「まったく自慢になりませんが、”船に乗る前”から旅をしておりますので」


 「船に乗る前」ね。過去にも同じようなことに遭遇したのかな。

 

「悪いことをきいた、すまない。で、アリシアはどう?」

「今はバーンドさんが見ています。そういえばバーンドさんなんですが」


 あのあとバンドは『通過儀礼』に納得がいかず、兵士に説明を求めたそうだ。もちろん兵士たちは取り合うはずもなく、扉に鍵をかけ無視を決め込んだ。するとバンドは力任せに扉をぶち抜き兵隊長に詰め寄ったそうだ。当然兵士たちが取り押さえようとしたが、怒れるギガスには全くかなわなかったらしい。


「船内が騒がしいと思ったらバンドが暴れていたのか。ギガスを止めるには薬か魔法くらいだ」

「船内におりて見てきましたが、嵐が通った後のような有様ですよ」

「よく海に叩き出されなかったな」

「まぁ、バーンドさんのご家族に配慮したそうですよ。ふぅむ、まあ詳細は後ほどご本人に伺ってください」

「ありがとう。助かるよ」


 不自然に話を切り上げるとピークスはそそくさと離れていった。


 ん?あそこにいるのはアリシアか?






「となり座っても?」


 昼間と同じセリフだ。ずいぶんと久しぶりに聞いたような気がする。


「ピークスが教えてくれたの」

「そっか、寝てたんだろ、もう大丈夫?」


 声が細く弱々しい。まだ疲れているんだろうな。


「すこし回復した」

「そっか」


 沈黙が続く。色々話したいことがあるんだけど、きっかけがつかめない。


「もう少し詰めていい?」


 返事を待たずアリシアが隣に詰める。お互いの熱が腕を通して伝わる。そしてまた沈黙。

 心地よい潮風が二人の間を通り抜け、彼女の長い髪が俺の首筋をなでる。アリシアはいまどんな顔をしているのだろう。確かめたいがとてものぞき込むような勇気はない。


「あたしね」


 ぽつりとつぶやいた。


「新しい土地で、太陽が昇る前に起きて、家畜の世話をして、太陽が沈んだら家畜におやすみって言って、その繰り返しができるんだ、なんて思ってたの」


「特別なものは求めてないの、変わらない日々が続けば、って」


「あたしだけじゃない、この船に乗ってる、乗ってた人だって、そう」


「こんなことが、起こるなるなんて、考えてなかった、こんな、こんな、残酷なこと」


 声が震えている。よほど怖かったのか。


「あたし、見ちゃったんだよね、あのひと、あの、あたしたちが、捕まえた、ひと」


 ロジャーか!?


「必死に、鞄で身を、守っている、人の後ろに、立って」


「ナイフで、首を、すぅって」


「そしたら、いっぱい血が出て、そしたら、あの鳥がやってきて」


「もういい」


 ガタガタ震えている。止めなくては。


「いけないよね、こんなこと、見てる、だけなんて」


「それでね、目が合ったの、あのひと、笑ってた」


「俺たちはできることをやった」


 とっさに手を取る。冷たい。震えは止まらない。


「ぜんぶ、みてたの、こわくって、めをそらすことも、できないの」


「そしたら、そしたら、つぎのえものを、みつけて、おとこのこの、うしろに、たって」


 肩を抱き全力で遮る。もうこれ以上言わせない。


「わかってる、わかってるよ、『通過儀礼』だから、乗りこえなきゃ」


 俺よりも残酷なものを見たか。これではアリシアの心が耐えられない。


「王国で、暮らすには、これくらい、慣れなきゃ、でも」


「でも、あそこに住んだら、あたしも、あんなこと、平気で、平気でできるように、なっちゃうのかなぁ」


 限界に達したのだろう。飛びつくと嗚咽を漏らし俺の胸元を濡らした。



「こんなことだれにも言えない!」



 すがるように俺の裾を強く握りしめる。


「アリシア…」


 呼吸が落ち着いたところで優しく呼びかける。次の言葉が見つからない。


 どうしたらこの少女の心の傷は癒えるだろう。俺に縋りついたわけじゃない。縋れるものなら何でもいい。とにかく楽になりたいんだ。


 風が吹きアリシアの髪がおどる。女の子の甘く切ないにおいが胸に迫る。意識が唇に吸い込まれてゆく。ダメだ。これは卑怯だ。離れろ。何の解決にも、気休めにもならない。しかし!


「ファラナは星々が見守るとばりの中 はじめて森を抜けだした 太陽を隠す緑樹も 手足にしがみつく蔦も追ってこない」


 ぴくりと彼女の長い耳が動く。俺たちが打ち解けるきっかけを作ってくれた『ファラナの逢瀬』の一節だ。なおも続ける。


 陰鬱な森を抜け 街道に出る エルフの髪は月の加護を受け 滑らかな絹のように あたりを照らす

 人の灯をたよりに 胸を焦がす 疾く 疾く 愛しい人のもとへ

 わたしは罪をおかしました みなの掟を破ったのです この茨はわたしの胸を締め上げるばかり

 ならば私が取り出しましょう あなたの胸を苛ませるその棘を よろしいですか では


「目を閉じて」


 そのあとはスムーズだった。アリシアは言われるまま目を閉じ俺は彼女の頭を腕にのせ唇を重ねた。


 

 このあと場面がかわるからどうしたらいいのだろう?まいったな口づけの後もちゃんと書いといてくれよ。


 アリシアの腕の力が抜けたのでこれを合図に唇をはなす。何もできない。何も言えない。この間に耐えられない。


 彼女はどんな顔をしているのだろう。俺は一体どんな顔をしているのだろう。ひとりで悶々としていると、アリシアからふッと短い息が漏れた。


「紅ついてるよ」


 泣き濡らした目でほほ笑んでいた。

キスの描写難しい……

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