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千福恋物語

目黒の金平糖

作者: はががん

 前回のお話で、辰巳芸者の福丸と謎の若侍伊野千之助は冬の蕎麦屋で偶然出会い、そしてなんだかんだとお酒を飲んでいるうちになんとなくいい雰囲気になったのですが、さてそれから二人はどうなったんでございましょうね。

 時の頃は十月。晩秋と呼ばれるこの時期は、空気も澄んで涼しさが体の隅々まで届く、そんな季節の最中でございます。こういう時期になるといつの世も人間ちょっと遠出をしてみようか、という気になってくるものです。


 すっきりとした青空を見上げながら、福丸は江戸の町中とは違うおいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「おい、何さっきから黙ってるんだ?」

「ん、なにが?」

「本所を出てからしばらく一人でずーっと喋ってたのに。目黒に入ってから一言も話しゃしない。疲れたのか?まだ行く場所に着いてもいないんだがな」

「もう、千さん情緒ないわねぇ。空気がきれいだなとか、楓の色が真っ赤だなとか・・・いろいろ見て思わない訳?」

「そりゃ秋だからな」

「・・・だめね。そんなんじゃ、女にもてないわよ」

「悪かったな」

 そう隣でクスクス笑う千之助。

 福丸が千之助から目黒瀧泉寺りゅうせんじ、通称目黒不動尊の縁日に行かないか?と誘われたのはつい三日前の事。今の目黒と言うと、おしゃれな街とか、高級住宅街とか言われますが、江戸時代の目黒と言うのは、江戸郊外ののんびりとしたただの田舎の村でした。そもそもは徳川将軍家の鷹狩りの場なんですが、将軍家や諸大名が鷹狩りで行き来する場所ですので、江戸市街からの道がびっちり整備されていた訳です。行きやすい風光明媚な場所という事で、しだいに町人たちも目黒に赴くようになり、いわゆる今で言う人気の観光地だったのです。

「ねえ、なんで目黒のお不動様に行こうって誘ったの?」

「誘っちゃだめだったか?」

「だめじゃないけど・・・急だったから」

「急に・・・福丸と遊びに行きたくなったんだ」

「そりゃうれしいけど・・・・だってぇ、十月って神無月って言うじゃない」

「うん?そうだな」

「確か国中の神様が出雲の神社に集まって留守にするんでしょ?神様がいないのに、お不動様に行ってご利益あるのかな?」

「ははは、それは神様だろ?目黒のお不動様は仏様だ。神様がいない間にこれ幸いと喜んで待ち構えてるさ」

「あ、そっか」

誘われた時、空いてるからいいわよ、と返事をしたけど、慌ててお三味線のけいこを外した事は内緒。昨日はいろいろ着物を悩んで、あまり眠れてないのよね。それも内緒。

「あ、ほら。見えてきたぞ」

「あー、太鼓橋!」 

 行人坂と呼ばれるとてつもなく急な坂を下ると、目黒川にかかる大きく丸い胴をした橋が見えてきます。これを越えればお不動様はあと少し。

「はぁ、着いたぁ」

「なんだ、やっぱり疲れたんじゃないか」

「うるさいわね。ほら早く行きましょうよ。名物のおだんご早く食べたいわ」

「参拝する前に食べるのかぁ。はははは、まさに花より団子だな」

「うるさい!」

 目黒不動尊の境内に入ると、祭りかと思うほどの人手に驚いた。本堂を中心に境内には小さなお堂がいくつもあり、人々は自分の願いを叶えてくれるそれぞれの仏像に行列を作っている。行商人や出店も大盛況。威勢のいい声、楽しそうな笑い声にあふれていた。

「お堂こんなにいっぱいあったのね。うーん、本堂の仏像ってもっと大きかった気がするな。石段もこんなに短かったっけ・・・。境内ももっと広かったと思ってたけどなぁ」

「ははは、やっと福丸らしくなった」

「だって、懐かしいんだもん」

「来たことあるのか?」

「うん、子供の頃に一度ね。千さんは?」

「俺も・・・・子供の頃に来たよ」

「おっかさんとね、八つぐらいだったかなー。初めて遠くに連れてきてもらったの。楽しくて楽しくて、走り回ってたわ」

「そうか、俺は確か屋敷を抜け出して・・・」

「あ、飴!」

 境内の片隅で子供達がうれしそうに飴売りから飴を貰っている。福丸はそれを見つけると、まるで子供のように駆け寄った。

「おじさん、飴ちょうだい!」

「聞いてないな・・・」


 目黒不動尊の参拝者がもう一つ楽しみにしていたのが富士山。寺の道中にある行人坂の高台にある「富士見茶屋」では、お茶を飲みながら目の前に富士山が見えると言う事で、太鼓橋と共に名所百景に載る名物茶屋でした。


雲一つない空に雄大な富士山を目の前に見ながら、二人はそこで酒は酒でも甘酒をとおだんごを注文した。

「うーん、おいしい!」

「あー、これが本当の酒ならどんなにいいか」

「本当に情緒がないんだから」

「だんごおいしいってのが、情緒なのか?」

「いいじゃないの、、そうそう、ついでにこれ、はい」

「飴?」

福丸は先ほど境内で買った飴を千之助に差し出した。

「そう、飴。ちょっと面白い事思い出しちゃったのよね」

「ふーん」

 千之助はちょっと飴を眺めると口に放り込んだ。

「来た時に、こんな人混みだし親とはぐれちゃったのよ。一生懸命親を探して境内を走り回ってたら、飴売りのおじさんとケンカしてる男の子がいてね・・・」


(回想) ※二人とも八歳。

「おっかさーん、おっかさーん」

どこいっちゃたんだろう・・・。見上げてもみんな同じような髪型、同じような着物。これではどこにおっかさんがいるのか分かんない。

「だから坊ちゃん、お代をいただけねぇと!」

「だから持ち合わせがないと言っている」

 ん?なんだろう。するりと抜けた先、目の前に飛び込んできたのは、困った顔の飴売りと、まったく悪びれていない年端の変わらない男の子だった。袴姿であるから武家の子だろうが、それにしても態度がでかい。

「明日ここに持ってくるのでは駄目なのか?」

「縁日は今日で終わり。明日はここに来やしません」

「だったら、届けさせよう」

「あのねぇ、いくらお武家様の子でも容赦しませんよ!」

 なおも男の子が食って掛かろうとする。ああもう、見てられない。思わず福丸は飛び出していた。

「痛ってっ!何をする!」

「おじさん、ごめんなさいっ!はいお代。行こう!」

「痛い痛い!」

 福丸は男の子の頭をなぐり、お代を払うとその腕を引っ張った。お堂の裏にたどり着き、福丸はやっと手を離した。ここまで来れば大丈夫かな・・・。

「なんだ、お前は」

「なんだとは何、助けてあげたんじゃない!」

 福丸はその男の子に詰め寄る。すると、その男の子は急に顔を真っ赤にして黙ってしまった。

「そ、そうか・・・うん、すまぬ」

「う?・・・うん」

男の子はバツの悪そうな顔で福丸の顔を上目遣いで見ると、おずおずと握りしめていた飴の入った袋を差し出してきた。

「・・・食うか」

「うん・・・ありがとう」

どうしたのかな?急にしゅーんとなったけど・・・。男の子に戸惑いながら、袋から飴を一つ取った。ところで、私なんでこの子助けたんだろう・・・・困ってたから、かな。

 二人は飴を口に入れるとその場に並んで腰を下ろす。黙って飴をなめながら、男の子を見た。何か・・・すごく落ち込んでいるのかな。どうしたんだろう・・・おとっつぁんかおっかさんに怒られたのかな?あ、でもこういうお武家様の子は怒られたりしないのかな。

「鷹が逃げしまったのだ」

「鷹?鳥の?」

「そう、明日鷹狩りに連れていくからって、鷹を庭で遊ばせてたのだ。そしたら、足にまいた綱が外れてしまって、どこかに行ってしまって・・・見なかった?」

「ううん・・・・見てない」

「そうか・・・」

 はあぁ、とため息をつくと、またうつむいてしまった。

「でも鳥なんだから・・・戻ってくるんじゃないかな?」

「・・・そうなのか?」

「だって、夕方になると家に帰っていくでしょ、鳥も」

 すると男の子は突然ニカっと笑った。大きな瞳を目いっぱい開いて、福丸の顔を覗き込むように見る。

「そうか、そうなんだ・・・・・なんだ。はははは」

 今までの暗いそぶりはどこへやら、手も足も投げ出し顔を上に向けて空を眺め始めた。鳥がこの上を通って戻ってくるとでも思ってるのかな。なんか・・・最初はとっつきにく子だったけど、こうしてみると寛ちゃん達と変わんないな。

「もう一つ、どうだ」

「うん」

もう一度袋を差し出すので、二人は二つ目をまた無言で飴をなめ始める。

「あのさ・・・」

「何?」

「この飴、おいしくないぞ」

「え?」

「叔父上の家でもっとおいしい飴を食べた。それに比べたらこれは全然甘くない」

 そりゃお武家様の子だったらもっとおいしいお菓子食べているんでしょうね、と今の福丸なら思うところだが、子供の自分はただただきょとんとしてしまうばかりだった。

「そうだ!その飴今から持ってきてやる。とっても、きれいなお菓子だったんだ・・・」

「でも・・・」

「ここにいろ。持ってくるから!」

(回想終わり)


「そう言ってその男の子、行っちゃったの」

「ふーん・・・・」

「いろって言うからいたんだけど・・・・結局その子戻ってこなかったわ」

「それでどうしたんだ?」

「うん、結局自分を探しまわっていたおっかさんが見つけてくれて、そのまま帰っちゃったから、戻ってきたのかどうなのか知らないんだけどね。あの子戻ってきたのかな」

「・・・戻ってきてないな・・・きっとな」

「そうよね、私の事なんて、忘れちゃったんでしょうね」

「そんな事は・・・ない」

「(笑いながら)何よ千さん。今頃その子の事かばってどうするの。・・・・そういえば、その子確か何か言ってたのよね。『とってもきれいなお菓子だったんだ』その後・・・」

「まるで、星みたいな形をしているんだ」

「え?」

 振り向くと、そこにはかなり気まずそうに苦笑いを浮かべている千之助がいた。

「うんそう・・・・そう言った。え?」

「それ・・・・俺だ」

「・・・・・えええー!どういう事?何、どういう事?」

目をまん丸くして千之助をみつめる福丸。千之助は隣で笑い転げた。

「はははは、驚いたのはこっちだよ。その話、俺の思い出話でしようと思ってたんだよ・・・本当か?本当にあの子お前だったのか?」

「本当よ!千さんこそ誰か別の人に聞いた話とか言うんじゃないわよね?」

まじまじと千之助の顔を見る。最近すっかり見慣れたはずの顔だが、今は別の顔を探す。ちょっと気まずそうな笑顔に、よく見るニタリと笑うあの顔、顔を覗き込む姿・・・確かに、確かに見覚えがある。

「いやぁ、信じられないな・・・。今でも覚えてるんだぜ、ちょっとだけ俺より背が高くて、側にいてくれて、優しくて・・・顔も丸くてふわふわして、すっごくかわいい子だったんだがな」

「だったとは何よ!あの時は八才だったのよ、悪かったわね、もうおばさんですから!私だって、ちょっと生意気で頼りない子だったけど、待ってろって言った顔はかわいかったわよー。千さんとは大違い!」

「ははは、でも、うん・・・・びっくりして俺を見つめたその顔・・・・確かにあの子だよ、そう、あの子だ」

 そういうと千之助はあの時、心底安心したあの時に見せた笑顔で福丸を見つめてきた。ああ、間違いない、あの子は千さんだ。

「すごい!こんな事って・・・・あるのね」

「会えた・・・・会えたんだ」

「会えたのね・・・」

 二人はめつめあった後、どちらからともなくすごいすごいと言いながら笑いあった。

「あの時、その菓子を取りに屋敷に戻ったんだが、家臣が待ち構えていてそのまま出られなくなってしまったんだ。ずっと気にしてたよ、待ってたらどうしようって。それでな」

そこまで話すと、千之助は肩に巻き付けていた荷物をほどいた。

「先日堺の知り合いから偶然その菓子をもらったんだ。それで俺もあの時の事思い出して、その子にできなかった約束・・・お前と果たそうと思ってな」

福丸が覗き込む手元に、紙の包みを広げる。

「お星さま!」

 それは真っ白でかたつむりのツノのようなとげとげがたくさんついた、言う通り星のような、小さな貝殻のようなお菓子だった。

「こんぺいとう」

「こんぺいとう?」

「代わりにお前と一緒に食べようと思ってたんだけどなぁ」

「ちょっと待ってよ。てことは、他の女の子の代わり?」

「もういいだろう、ほら」

ニヤニヤしながら千之助は福丸の手の中にバラバラと落としてきた。落とさないように手を丸くした中に降ってくる金平糖は、本当に空から降ってきたのではないかと思うほど、星そのものだった。福丸はそっと一つつまみ上げると、目の前に見える富士山の頭の横に重ねてみた。

「これ、絶対お星さまよ」

千さんと私をまたここで会わせてくれたお天道様が、きっと空から贈ってくれたのよ。きっとそう。福丸はそれをそっと口の中に入れた。

「・・・・うん、本当だ。飴より甘い」

「待っててよかっただろ?」

そういうと千之助も口に放り込んだ。二人はあの時のように、黙って金平糖を味わう。目を閉じれば福丸は子供の頃に戻っていた。ずっとずーっと、ここであの子とこのお菓子を待っていたような気がする。千之助の手がそっと福丸の手に重なった。

「なあ」

「何?」

「この先何が起こっても・・・俺を信じていてくれよ」

「・・・あいよ」

 少し橙色になってきた秋の空。白い月と星が二人に降り注いでいたのでした。

終わり

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