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女王

その日、美弥(みや)が学校を休んだ。

痛烈な嫌な予感。

机の中には、私と夜詩斗さんが拐われたときに見せられた美弥の写真。それに赤いペンで大きくバツ印が書かれている。

『廣川美弥。仲良いんだヨネ?』

変声機を通された、ノイズのある声が脳裏に過る。

恐れていた状況を目の当たりにして、私は思ったよりも冷静だった。


「鎌田さん、美弥の両親から、何か連絡は?」

「······それは、お嬢にも言えませんよ」

「昨日から帰ってないんでしょう?」

「······俺からは、何も」


黙秘は肯定と受け取った。


「私、早退するから」

「お嬢」

「悪いけど、着いてこないなら父さんと母さんには黙ってて」

「ああもう······十分待っててください。早退届け出してきますから」


廊下の角で、私は鎌田さんを言い負かした。っていうか、こういうとき、大抵は私の味方をしてくれるんだ。鎌田さんは。

兄がいたらこういう感じなのかと、実は結構甘えているのかもしれない。十分の間に、私は夜詩斗さんにメールをした。結社の人の連絡先は彼のしか知らない。簡潔に、『友人が巻き込まれました。名前は廣川美弥。秋さんに探査の依頼をしたい。』とだけ。

数分で、何枚かの写真が来た。

眠っている美弥、病室みたいな部屋、そして木造の建物。

メッセージは、『封筒を使うかは任せる』とだけ。気付くと、スカートのポケットに例の黒い封筒が入っていた。

仲間である、という実感が少しだけ沸いて嬉しかった。


「お嬢、お待たせ」

「場所はわかってる。行こう」

「確かなんですね?」

「うん。車、出せるよね」

「わかりましたよ」



場所は、車で一時間程度離れたとある学校の跡地。校舎だった木造建築がそのまま残っており、何かの催し事に貸し出しているといった程度の使い道。

校庭としての敷地以外はほぼ人の手が入っておらず、大昔に田舎でよく造られた山間の学校という様相だ。


「お嬢、俺の前に出ないで下さいね」

「わかってる。頼りにしてる」

「はいはい」


鎌田さんがホルダーから拳銃を抜いた。

安全装置は、外さない。


「······人、中に居ますね」

「だね。結構な人数いそうだけど」

「ほとんどは廣川と同じでしょう。足跡が一方通行だ」


鎌田さんが昇降口の床を観察しながら言う。

私には足跡はそこまで鮮明には見えない。彼の観察能力は、やはり教師のそれではない。裁万江組(ウチ)に来る前の経歴が関係しているのかもしれない。


「民間人が巻き込まれてるってこと?」

「巻き込まれてるのか、自分からなのか······それは微妙です」

「······自分から来たって言いたいの?」

「足跡を見る限り、そういう人もいそうってだけです。騙されて連れてこられたのかもしれませんし」


埃の上に残っている、複数の足跡を辿る。廊下の端まで行って、階段を上る。今のところ、危険はない。

ピリピリしてる自覚はある。


「お嬢。下がって」


二階に上がったところで、鎌田さんの腕が、私の進路を遮る。

沈黙の数秒後、空気を切るように黒いナイフが真っ直ぐと、廊下の奥から飛んできた。

ギンと。何かの軋む音がする。

それは鎌田さんの超能力が発動した音。

ナイフは、飛んできたまま、空間に静止した。そのまま、床に落ちてカランと音を立てる。


「······チープな罠だ」

「自動ってこと?」

「多分。人の気配がないので」


少なくとも、この建物が私達を歓迎していないのは確実か。


「······すみません、なんか来ました」

「え?」


人の気配がないとか言われた矢先に、廊下の奥から足音が聞こえる。カツーン、カツーンと、軽い足音。

視線を送ると、人間にしては明らかに線の細い、ヒトガタを模した何かが歩いてきた。


「······人形?」

「まあロボットって感じではないですよね」


白い、妙に生々しい素材だ。

頭のような球体、その下に胴体のような箱。そこから手足を表現したであろう筒が伸び、関節として機能する部分に球体が挟まる。


「近代美術館にありそうな見た目······」

「あー、お嬢そういうの好きですもんね」

「アレはちょっと······」


不気味なフォルム。作り物としての存在に、無理矢理生命を模倣したような在り方。

その頭部を表現したであろう球体に、眼を模したような黒い穴が二つ。それが此方を視た。

───来る。

全身の毛が逆立つ感覚。得たいの知れない敵に緊張という信号で備える。


無拍子


人形が跳び、距離が一瞬で詰まる。

速い。けれど、届かない。


「物理攻撃だけか。なら、安心ですね」


私と人形の間に、鎌田さんが立つ。それだけで、絶対不可侵の領域が発生する。

ギン、と、何かの軋む音がした。私は勝手に、空間が軋む音だと理解してる。

人形が右腕に見立てた筒から出したのは鋭利な黒い刃物。それは寸分の狂い無く、鎌田さんの眼を抉ろうと肉薄した。けれど、1センチだけ届かない。それ以上はどう足掻いても進んでくれやしない。

それが鎌田さんの超能力。

鎌田という超能力者には、一切の外的損傷を加えることができない。彼に触れるという行為を、この世の全ては許容しない。

彼は彼自身から触れること以外で、何かに触れられることはない。

でも、それを人形は把握できないのだろう。

二撃目、三撃目と刃を叩き付けようとする。振り上げて、刃を下ろす。だが届くことはない。透明な障壁に阻まれ、それ以上凶器は進まない。


「お嬢、これ凍らせて固定するとかできましたっけ」

「できるけど······その人形、何で動いてるか分かる?」

「正直さっぱりです。科学の力っぽくはないんで誰かの異能ですかね」

「じゃあ、ちょっと押さえてて。······抜刀、豹鬼名無し」


刀を人形に突き刺す。刺さなくても凍らせることはできるけど、刃が触れている方がやりやすい。

よく漫画で見るような、密度の高い氷の塊で人形を覆う。

うん、大丈夫そう。非生物ならこれで無力化できるから楽だ。


「いやー、見た目のわりに大したこと無くて助かりましたね」

「鎌田さんにとって大したことあるのってどういうパターンよ」

「無色のガスとか使われると識別できないんでキツいんですよね」

「ふーん」


つまり彼をどうこうしたければ無色の催眠ガスやら何やらを持ってきて意識のないうちにどうこうすればいいのか。

······そういえば前に結社でそんなことしてたな。

この人有名っぽいしなぁ。対策は結構知られているのかもしれない。まあ毒ガスなんて使いにくいものを持ち歩く人なんてそうそういないし、基本的にほぼ無敵の肉盾と見て問題ないのだ。この人は。

多分、それがこの人が私の世話と護衛を任された理由だと思う。

要するに頑丈な肉盾というわけだ。この能力には結構助けられてきた。


「私、昔は鎌田さんのこと無敵だと思ってたんだよね」

「急に昔話とか縁起でもないんでやめません? そういうの死亡フラグって言うんですよね?」

「やめよう。ちょっとこの流れは不味かったね」


人形のことは頭の片隅に置く。

先に進むと、あからさまに暗い教室があった。外はまだ昼前なのに、その教室の戸からは一切の光が漏れない。そもそも、その教室の戸さえもガラスの窓が暗幕で塞がれている。

念のため、何かある? と、鎌田さんにアイコンタクトを取る。彼はハンドサインで「自分が先に行くからついて来い」と私に返した。

そして懐からペンライトを取り出し、左手に持ち頭の横に構える。右手にはまだ、今日は一度も使われていない拳銃を持っている。


鎌田さんは部屋の扉を勢いよく開けると同時に、暗幕を体で退かし、部屋の中へとペンライトを向けた。

何の音もしない。

私も続いて、中を覗く。

その部屋には、ベッドがいくつも並んでいた。

それぞれに人が眠っている。何かの薬品が繋がれているわけでもなく、寝息をたてて、安らかに眠っている。


「······霊安室だ」


鎌田さんが低い声で言う。その言葉は光景とうまく結び付いた。

心なしか、部屋の温度も少し低かった。

視線だけで、美弥の姿を探す。この部屋には12人が眠っているが······居ない。


「行こう。······ここに美弥はいない」

「ですね」


部屋の戸を閉め、暗い教室を後にしようとする。

それを留める声があった。


「······困るんだけど。勝手に入られるの」


廊下にいつの間に、白いローブの男が立っていた。

見た目の年齢は二十無いくらい。私とそう変わらないか上だ。

左手には、金色のベルを、つまむように持っている。


チリン。


音が鳴った。


チリン。

チリン、チリン。

チリン、チリン、チリン。


今出たばかりの部屋から、ベルの音が聞こえる。


チリン、チリン、チリン、チリン、チリン。

チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリン、チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン────


「な、なに······?」


廊下の奥からも音が聞こえる。


チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン────


「さあ! 羊達よ! 眠りの番人は氷の魔女に汚された!」


音の大合唱を切り裂く大声で、目の前の男が叫ぶ。


「我等の眠りを妨げる者に! 罰を!!」


さっき出たばかりの部屋から、男と同じローブを着て、同じベルを左手につまんだ人々が、さっきまで寝ていた人々が続々と出てくる。


「罰を」「我等の眠りを妨げる者に、罰を」

「我等の眠りを妨げる者に」「罰を」「我等の」「眠りを妨げる者に」「罰を。我等の眠りを」「妨げる者に、罰を」


口々に、同じことを復唱する。

同じ服装の人々が、同じ無表情で、同じベルを鳴らして、同じ言葉を吐く。


「お嬢! 逃げますよ!」


鎌田さんに腕を捕まれ、ハッとする。

今は逃げよう。

廊下を二人で走る。

別の教室から、同じ服を着た、同じベルを鳴らし、同じ言葉を吐く集団が現れる。

後ろを振り返る、彼らは走ってはいない。だが、一歩一歩、バラバラの歩幅で確実にこちらへ来る。

ベルを鳴らしながら。


「クッソ! 目覚まし時計かよ!」

「ど、どうしよう······!」


多分このままだともっと増える。悩んでる時間はない。けど、廊下は狭くて人で塞がれてしまっている。


「お嬢! 殺すか殺さないかだけ決めてください!」


鎌田さんが叫んだ。


「じゃあ! 殺さない!」

「やっぱりね! 無茶言いやがる!」


そして、前方に鎌田さんが腕を突き出す。


「拒絶範囲、拡大······!」


ギン、と空間が軋む音がした。

そして、前方にいた人々が廊下の奥へと吹き飛ばされる。前方の壁が軋み、ドアが砕けて教室の中へと押され、窓が割れる。

これら全てが、一瞬で起こった。


「今のうちに階段まで!」


走る。

今の原理は、鎌田さんの能力の応用。

普段は自分の周囲数ミリしか守っていないけれど、守りの範囲を広げることで今のように圧迫攻撃すら可能だ。

私は振り向き、後ろから追ってくる人々を確認する。


「氷牢!」


自分達の後ろを、氷で塞いだ。

密度が高い氷は頑丈だ。時間稼ぎにはなる。そのまま走って、奥の階段にたどり着く。


「どっち!!」

「上!! まだ美弥を見つけてない!」

「ですよね!」


階段を駆け上がる。

これで三階。校舎の外観からこれ以上の上は屋上だけ。

二階は人でごった返す勢いだったのに、三階は静かだった。

ベルの音は、相変わらずひっきりなしに下の階から聞こえる。

けど、三階は急に静かになる。


「······」


少し驚いただけ。

足を止めて、階段を氷で塞ぐ。


「······探そう」


一番近い教室の中を見る。

無人だ。

次の教室。

無人。

次の教室。

無人。

次の教室。

また、無人。


「なんか、テンポ崩されるな······」


鎌田さんが呟いた。

一階には罠と人形がいた。

二階には大量の人間がいた。

三階には、部屋以外の何もない。

奇妙で、隠されている何かがあるんじゃないかと疑う。

違和感の正体は言葉になるが、その向こう側が掴めない。


「あ」


その次の教室には、一階で見掛けた人形がいくつも放置されていた。どれも埃を被っている。動いていないからか、最初に見たものよりは不気味さが無い。


「これ、結局何なんでしょうね」

「分からないけど、······誰が作ったんだろ」

「あの人の群れの中には、居ない気も」

「根拠は?」

「勘ですよ」


こういうタイプの勘って当たるから馬鹿にできない。


「そもそもここって何のための場所なんでしょうね」

「······何だろ。宗教っぽい?」

「俺も同感です。まあなんか洗脳臭くもありますけど」


眠りを妨げる者に罰を······

信者達が言っていた言葉だ。


「眠るための宗教?」

「あー、まあ何も考えずに眠るのって最高ですよね」

「気持ちは分かるけど······」

「そのまま死んでしまえれば、一番楽で良い······そんな感じでは?」


そういえば彼は最初、眠っている人達を見たときに「霊安室」と言った。ならここは、巨大な安楽死施設?

ちょっと飛躍しすぎか。


「あと、なんか話し掛けてきた男······リーダーだけど教祖って感じはしなかったような」

「また勘?」

「まあ。はい。教祖ってのは何か、格の違いを感じるもんなんですよ。どんなに小さい新興宗教でも。カリスマってやつですよ」

「ふぅん」


次の教室は、図書室だった。

他の教室は椅子や机すら撤去されているのに、ここだけ本が沢山残っている。


「いっそ怪しいですねここ」

「ここだけ普通······」


本棚の間を縫って、美弥を探した。

結局、見つからない。送ってもらった写真は、病室みたいな無機質で白色の部屋に美弥が眠っていたわけだから、ここではないはずだけど。


「もう部屋残ってないですよね」

「······うん。二階は、ちゃんと見れてないけど」

「となると、屋上か二階か」


二階を調べるならあの人の群れをどうにかしないといけない。それはかなり手間だ。それに氷で塞いだ階段もいつ突破されるか。


「理華······?」


美弥の声が、聞こえた。


「美弥!?」


咄嗟に声の方を振り向く。

美弥が立っている。その服装は、下階で鈴をならしている人々と同じ、白いローブ。裸足で、廊下を歩いてきたのか寒さで足の指が赤くなっている。


「良かった! 美弥を探しに来たんですよ······!」


刀を下ろして、駆け寄ろうとする。

目的は達した。

早く帰ろう。今から帰ったら、授業には間に合わないかもしれないけど。つじつま合わせは私の家にやってもらって、それから······


──銃声が響いた。


あまりに近い。

鼓膜が痛くて、目をしかめる。

キーンとした聴覚をそのままに、振り返る。

鎌田さんが、硝煙の上がる拳銃を構えていた。

銃口の向いている先を見る。

美弥が、肩から血を流している。

白いローブに赤い染みが広がっていく。

美弥が、膝から崩れ落ちて肩を抑える。

肩を上下に痙攣させて、青い顔をしている。


「何を······」


刀を握る手に力が入った。

頭に血が上った。

でも私はこの人には勝てない。


「誰だ、お前······」

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