─338─Dangerous everyday
名桐先生がいなくなって、何日かが経過した。
当面は副担任の鎌田先生がHRをしている。
「ねえ理華、結局何だったんだろ」
「何がですか?」
私の友達、裁万江理華。セーラー服に日本刀、なんて漫画のキャラみたいな格好をした女の子。目鼻立ちは整っていて、可愛い系。
「名桐先生が急に辞めちゃったじゃん」
「······ああ」
最近、目に見えてこの娘の元気がない。元々ハツラツとしたタイプでも無かったけど、最近はため息や考え事が多いと思う。それは名桐先生がいなくなった日から。
「あとちょっとで三学期終わるのに。辞めるにしたって、もう少し先じゃない?」
「色々あるんだと思いますよ。大人には」
「そりゃそうだけどさー」
そして多分、私は彼女の秘密を知っている。
夢現曖昧なときの出来事だったから、イマイチ実感と確証が持てないのが悲しいところ。私の夢だったかもしれない。
「でも勿体無いなー。うちじゃあ貴重なイケメン先生だったのに」
「······」
これ以上この話題を続ける気力がない、と言いたげな溜め息を受けて、閉口する。こうなると会話は打ち止め。相互的にやり取りのなくなったものは会話ではなく発表と言う。それは一人の相手にやることじゃない。
そんなことを繰り返していたら、とうとう話題が尽きてしまった。共に登下校をする相手がこうだと、とてもやりにくい。大袈裟に言えば、生きる楽しみの何割かを失っている。私の平穏な生活のためにも、理華には元気でいてもらわないと。
と、いうことで。放課後。
帰宅部の私達は何もなければ真っ先に帰るのだが、家の方向的な問題で分かれ道がある。何事もないようにそこを別れたあと、Uターン。そのまま理華に見付からないようにこっそりと後をつける。つまり、(一度やってみたかった)尾行だ。
少し後方の人混みに紛れて、何気なーくついていく。勿論、視界に入らないように
理華は予想通り、まっすぐ家に帰らず駅前の方に向かう。あの子の家は駅とは逆方向。これで言い訳はできまい。
「おい。······何、してるのかな?」
私が電柱の影に隠れていたら、後ろから肩を小突かれた。
ぎょっとして後ろを見る。背の高い男の人が二人。片方は金髪、もう片方は坊主頭にサングラス。私みたいな小娘にもわかるプレッシャーを感じる。
「············へ?」
「おっと? あ、もしかして廣川さん?」
金髪の人が私の名前を口にして、記憶を遡った。
「あ、理華のお家の······」
「そそ。厄介になってる小林でーす。こっちのおっかないのは甲原くん」
「······お嬢を見失った」
「やっば······! 頭に怒られる!」
「何度目かわからんし今更だ」
私も慌てて道を見る。理華の後ろ姿がない。この道は曲がり道もない一本道なのに。それに、何処かの建物に入った様子もない。
建物の細い、路地とも言えない隙間に入っていったのだろうか?
「はあ、聞いてた通り。どうする小林。一緒に発信器でも買いに電気屋行くか?」
「お嬢が大人しく持っててくれるとでも思ってる?」
「無いな」
「だよねー」
肩を落とす大人二人に、何となく事情を察する。
「あ、廣川さんも気になってついてきたんでしょ? 最近のお嬢、様子変だし」
「はい。······理華、最近元気ないってくらいですけど」
「鎌田さんも知らないみたいだ。これじゃ今のところお手上げ」
どうやら、組のお兄ちゃん達も色々と調べているみたいだ。それって、私が動いても何も知れないよね······。
頭をよぎったのは、超能力者の存在。私の勘が正しければ、多分だけど理華は超能力者だから。ノーマルの裏社会では彼らのような、暴力と組織を持つ人々が征する。そんなことは十年とその半分程度の人生を重ねていれば誰だってわかる。じゃあ、超能力者の社会では?
その答えを、私は知らない。
そんな世界に友達がいると考えると、ゾッとする。それはきっと知らないからだ。分からないから。
「ま、そういうわけだから、廣川さんは気をつけて帰ろうね」
「あっはい!」
「聞いてなかった?」
「······はい」
「要するにこの辺は最近物騒だから気を付けてねってこと」
「はい。わかりました」
考え事はやめよう。
そして今日のところは、もう帰ろう。宿題をやって、さっさと眠ろう。
「小林、俺が送っていく」
「えっ······そんな悪いですよ」
「良いから良いから。お嬢の友達に何かあったら始末悪いしね」
そんなこんなで、私は甲原というちょっと怖いお兄ちゃんに家の前まで送ってもらった。無口だけど結構、紳士的。理華のお家の部屋住みの人って敵に回さなきゃ多分、そう悪い人でもない気がするんだ。
ちょっとの非日常を挟んだ日の終わり。1つだけトラブルがあった。
私が家に入って、まだ帰っていない両親を確認して。そして自室のドアを開けたとき。
「······」
状況を数秒、把握できない。
フードを深く深く被った人が、私の部屋にいる。
それに気付いたときには、私は首にチクッとした痛みを感じた。
それだけ。
私の意識は、ストンっと、消されてしまった。