交叉/巧欺/較差
「今日は名桐先生がお休みです」
朝のHR、名桐先生の代わりにこのクラスの副担の············鎌田先生が教壇に立つ。
「英語の授業は平崎先生が代わりにやってくれるそうです。とりあえず今日は他に連絡はないので、みんな寝ないで授業受けること。」
身内の仕事モードというか、普段とは違う真面目な姿はなんというか、痒い。ちなみに、鎌田さんは世話係の一つとして、一応私の護衛を兼ねている。あとこのクラスの国語の教科担任だ。······大学出てなかった気がするんだけどなぁ。この人。なんか深いこと突っ込まない方がいい気がするから追求したことはない。
HR後、鎌田さんが廊下の隅で話し掛けてきた。
「名桐先生は今朝から連絡が取れていないそうです。自宅にもいないみたいで。······彼も超能力者ですから、お嬢もお気をつけて」
「わかってる」
つい、昨日の意味深な会話を思い出してしまう。
けれど今回は、私が狙われてるわけではない気がした。何となくそんな勘がある。
そしてその勘は、すぐに正解だとわかる。
放課後、結社の拠点、Coffee and Cigarettesにて。
「あ、理華ちゃん!」
「こんにちは」
カウンターにはエプロン姿の秋さん。彼女の薄い色素の容姿と水色の布地が大変よく合っている。ところで琉汰さんが今日はカウンターにいない。
「あれ、琉汰さんは居ないんですね」
「ん?ああ。琉汰は今尋問中だから気にしないで」
「じんも······」
あまり深く突っ込まない方が良い気がしてきた。
でも、そういうことする団体なんだなぁここは。そもそも具体的なプランとかまだ聞いたこと無いし、世界を救うと言ってもその世界はどのような終わりを迎えるのかもわからないし。
「コーヒー飲む?ご馳走するよ」
「そんな、悪いですよ」
「良いの良いの。どうせ今日は身内しかいないし、早めに閉めようと思ってたのよね」
······結社とは、そもそも何なのだろうか。
「あの、秋さん。少しお伺いしたいことが」
「あらどうしたの?いやに改まって」
「ええと、この団体、結社の具体的な設立動機と活動計画、現在の計画進度や今後の展望などをお聞かせ願えればと」
「やだこの子取引先みたいなこと言ってきた。······っていうか夜詩斗から何も聞いてないの?」
「え?······世界を救う、的なこと以外は何も」
『裁万江理華、世界を救ってみないか』
それがあの白衣の男性が私に提案し、この団体に引き入れようとした売り文句。それは中々に浮世離れした言葉なだけあって覚えている。
「ちょっと夜詩斗!!アンタ教育係でしょ!!」
店の奥の席、カウンターに背を向ける形で夜詩斗さんが座っている。その両耳は赤と黒のヘッドホンで塞がれていて、結構大きな声だったはずだが聞こえていないようだ。誰かと会話をしていないときは大抵こんな感じ。何の曲を聞いているのかは誰も知らない。
「聞けっての。」
私が呑気なことを考えて過ぎた一瞬、それは秋さんが袖から小さなナイフを出して夜詩斗さんに向けて投げた一瞬でもある。びっくりして夜詩斗さんの方を見る。
夜詩斗さんは頭目掛けて飛んできたナイフを首を傾けて避けた。まるで寝起きに凝り固まった首をほぐすような、そんな自然な動作で。
「アンタやっぱ聞こえてるでしょ!」
「あのー、夜詩斗さん、無視はいけないと思います」
「······ああ、理華には詳しく説明してなかったな」
私が話しかけた途端、ヘッドホンを外してこちらを向いた。どうやら本を読んでいたようだ。開いたページに栞を挟みながらこちらに歩いてくる。
「まあ最初に言ったように、結社の最終目標は世界の滅びを防ぐこと。それは良いな?」
「はい」
そして、私の隣の席に座る。
「俺達超能力者には、通常の人間の五感に加えて、各々の能力に応じた第六感が存在する。これはまあ、何となく、わかるだろうから詳しい説明は省く」
超能力に応じた第六感。······私で言えば、私の作った氷がどの範囲に存在するか、またその氷を生み出せる空間への意識、といったところか。言語化するのはとても難しいけど、脳が私の超能力を使うために必要な感覚を有しているのはわかる。
「そして、これは感覚としてはあるだろうが外的に確かめようがない話なんだが、第七感覚も俺達超能力者には存在している。擬似的な未来予知に近い、危険察知能力だ」
危険察知能力······。
「日本で言う虫の知らせ、みたいなそういうアレだろうな。この感覚が無ければ、俺達は結社にいないだろう」
「あの、それって、······あと1年もしないうちに、自分が······死ぬっていう予感、ですか?」
「そう。正にそれだ。超能力者は何故だか、自分の死期を悟る力を共通で持っている。身体能力が普通の人間より高かったりというのを考えればそれの1つと言えるかもな。その察知は、より絶対的であるほど早い段階から働く。一説によると四次元的な超感覚とか言われてるけどそういうのに興味があれば別で勉強してくれ」
多分しない。それ、きっと高校生に理解できる内容ではないだろうし。
「そこで、全世界約三百万人の超能力者全員が同じ立場にいるとしよう。全員が、世界滅亡論を真に受けているという状況だ。どうなると思う?」
少し考える。······私が幼い頃や、生まれる以前も世界滅亡論は何度もあったと聞く。要するに、余命宣告を一度に何百万という人々が受けることに等しいのだろう。
「えっと。······自暴自棄になる人が出たり、現実逃避したり。あとは今のうちにできることをやろうって思う人とかが出て。でもその、まだ死にたくないって、思う人が大半じゃないでしょうか」
「ああそうだ。その通り。それが今起きている」
ふと、カウンターの方を見ると秋さんは奥へ引っ込んでいて、店内には私と夜詩斗さんの二人きりになっていた。夜詩斗さんがカウンターのメモ帳を一枚勝手に切り取って、白衣の胸ポケットからボールペンを取り出す。
話は続く。
「神の子の予言以降、世界中の治安が急速に悪化したのはそのせいだ。自棄になってテロリスト紛いのことをする連中が現れた。まあ、こいつらは対処が必要だけど、そこまで大規模な組織はごく一部だ」
円を書いて、その四割ほどの面積を扇形にし、"テロリスト/暴徒"と添える。
「それに大部分は予備軍。残り一ヶ月とか一週間程度になって、どうやって世界が滅びるのかが周知されたら暴徒になるだろう連中だ」
テロリスト/暴徒と書かれた部分を点線で区切り、"予備軍"と追記する。
「こいつらの対応は武力で鎮圧。本当なら優秀な指導者の下、メンタルケアと統率が行えるのが最適なんだが普通に考えて無理だ。人数が多すぎるし結社にカリスマは無い」
なるほど確かに、百万人前後の統率が取れて個別にケアができるなら国家運営をした方が良いかもしれない。
「で、後のほとんどが何もしない。さっき理華が言った現実逃避だな」
円の半分ほどの面積を区切り、"逃避"と書く。
「人間なんて全員が死ぬもんだ。でも、自分だけはどこかでそうではないと思ってるのが大半。それと同じ。嫌な予感がするけど、きっと何もないだろうと目を背ける」
私はきっと、何もなければこの、"逃避"の集団に属していただろう。
円グラフの空欄は残り一割。
「さて、人間っていうのは面白いことに、ある程度の集団になると確実に一定数は変なことを考える連中がいる」
一割の面積から、円の外側に三本の線を引く。
「ひとつは、WEという集団。"WE Welcome the End."が奴らの合言葉。世界の終焉を受け入れ、それを邪魔する者を排斥する。我々結社も大きく動こうとすれば妨害されるだろう」
一本目の線の先に書かれたのは"WE"······読みはそのまま、"私達"。
我等は終焉を歓迎する。そんな絶望を、希望とする人々の集まり。
「そしてふたつ目はNC。"Natural Crack"の略称。二十名程の主要構成員と五十名以上の手足を持つ組織。かの予言者、神の子が率いている」
二本目の線の先に書かれたのは"NC"······自然のヒビ?あまりピンとこない。
そして何より、私を引き付けたのは公式記録では最初の超能力者とされる、神の子という名だ。
「目的は、滅びに向かうこの世界を捨てて、超能力者だけの新しい世界を創り出すこと」
一気に、話が壮大になった。
······世界を、創る?
そんなことが可能なのだろうか?いくら科学の及ばない超能力者といえど、そのような力を持つ存在がいるとでも言うのだろうか?
「眉唾だろう。だからこそ、"超能力者だけの世界"と銘打った。けれど、筋の通った計画が存在している。······自分だけでも生き残りたい、そう思うのは人間の自然な心理だ」
最初に頭に思い浮かんだのは、私だって、そうかもしれない。なんていう生存願望だ。
そして次に思い浮かんだのは、お父さん、お母さん、学校の友人、部屋住みの人達。つまりは、超能力を持たない人々の顔。
果たして私は、超能力者だけの生存を受け入れて、生きていくことが可能なのだろうか。
······そんなの。
そんなの
「そんなのは御免だ。······俺達は、俺達の今生きるこの世界で生きていきたい」
夜詩斗さんが、ニヤリと笑った。
その笑みは皮肉っぽく、どこか映画の悪役を想起させる。
「そんな思想を持った男について来た馬鹿な連中が、"結社"だ」
三本目の線の先には、"結社"とだけ。
「元々は琉汰と秋、······それともう一人が設立した団体。ちゃんとしたプランも無く、思い付きと手探りだけで動いていた妙な連中。けれどまあ、世界が終わる原因に辿り着いた」
そこで会話が止まった。
カフェのカウンターの奥。二階へ繋がる階段の上から、何かが転げ落ちるような音がしたからだ。
「······チッ。冗談みたいなことしやがって」
夜詩斗さんが目の前の男を見て悪態をつく。その男は、私を見て呆れたように笑った。
「ああ······裁万江、なんだ、そういうことか」
その男は名桐アヤト。
私のクラスの担任である。
「せん、せい······?」
名桐先生の目は爛々と輝いている。それは痛みに耐えているからか。その両足は奇妙な方向に曲がりズボンが赤く滲んでいる。そして、壁についた左手で体重を支えて立っている。
両足は折れているのだろう。マトモな処置がされていないのは確かだ。どうして彼がこの店の二階にいたのか。そして、どうして彼が大太刀を引き抜き、私に向けているのか。
「お前、コイツらの仲間だったのか。······感心しないな、優等生とはいえ、裏社会の連中とつるむのはロクなことがない」
呼吸が荒く、汗も酷い。
「夜詩斗!秋がやられた!」
階段の上から、琉汰さんの声が聞こえる。まだ状況は飲み込めないが、嫌なイメージだけが頭に浮かぶ。けれど、名桐先生が敵だという直感に従い、刀の柄に手をやる。大丈夫。相手は間合い内の上に手負いだ。氷で直接、動きを封じよう。
「······発動、しない?」
名桐先生の右手大太刀が記憶と一致する。異能狩りのものだ。異能狩りの能力は相手の能力を発動させないこと。その事実が芋づる式に私の理解を補う。
彼は壁にもたれ掛かって、左手で黒い封筒を取り出した。
「させるか······!」
夜詩斗さんが手を伸ばす。
しかし、カウンター越しの1メートルでは間に合わない。
その封筒を名桐先生が口で噛み千切り、封を開ける。
───瞬間、目の前に現れたのは六名の人影。
特徴を視界で捉えようとした瞬間に、白い布のようなもので私の視界と四肢が縛られる。
「ブレイカー、随分な扱いを受けたみたい。ウケる」
塞がれた視界の向こうで、知らない声が会話をする。
「ああ。······トリックスターとそこの女は連れていく。ボックス、行けるか?」
名桐先生の声の後に、私の平衡感覚が横に倒される。誰かに抱え上げられたようだ。抵抗するが、残念ながら力では敵わない。そして四肢が縛られているから刀にも触れることができない。
「······行ける」
身体に浮遊感を受ける。
そしてその後一瞬で、環境音が変わった。
カフェ店内の妙に静かな、換気扇の音くらいしか聞こえないような空間から、一気に走行中の車のエンジンの音へ。未だ視界は無いけど、私が放り投げられたことから、ある一定の広さを持った車内にいることはわかる。経験上、こういうことは今までに何度かあった。まずは冷静に。情報を整理する。
あのとき、封筒で呼び出されたのは六名。その全員がここにいると考えて良い。そこに追加で、両足を負傷している名和先生。名和先生が敵なのは暫定的に確定、彼の武器の間合いにいる限り、私の超能力は使えない。
おそらくカフェから場所が変わったのは相手の中に瞬時に場所を移動できる超能力者が存在するからだ。では何故、拠点ではなく移動中の車内に転移したのか。連れ去るのが目的ならば拠点へ直接瞬間移動すれば良いはずだ。
であれば、理由があるのだろう。
例えば、有効射程があるのではないかということが考えられる。拠点が遠い為、一度中継地点が作られているという理由。
「とりあえず刀は没収」
「あ、私が懐も調べるね。野郎共はあっち向いてて」
「······トリスタはこっち」
「ついでに四発くらい殴ろうぜ」
「ああそうだな。強めにやっとけ······うぐっ」
「あーあーもう、無理すんなって。折れてるんっショ?」
会話だけだと情報が少ない。男5人、女1人だろうか。
その後、数回の打撲音が聞こえる。夜詩斗さんが殴られたのかもしれない。······恨み買ってそうだもんな。不思議と同情がわかない。何となく、彼らから危険な雰囲気、いや、私へ危害を加えようという意思を感じないからだろうか。
「はいちょっとごめんねー」
服の上からポンポンと細い指に触られ、袖と胸元、そして股の内側に隠していた小刀を取られる。
「こんなもんかな」
「一応下着も確認しよう。家が家だ」
「りょーかい。もうちっと我慢してねー」
············その辺りは抜かりないようだ。ブラのパッドに仕込んでいた発信器を発見され、外された。
「はぁー。どうする?コレ」
「場所が場所だろうし位置だけだろう。適当な場所に転移しておけ」
「······了解」
「隠し武器六本に下着に発信器、JKの武装じゃなイッショ」
「過保護ねぇー。流石は裁万江組」
目元を覆っていた何かが、消えた。
目を開けると、思ったよりも薄暗い場所で、眩しくもなかった。
夜詩斗さんは口を白い布のような、継ぎ目の無いもので覆われていて、口を利けないようだ。
「さて、君の名前は裁万江理華ちゃんで合ってるカナ?」
紫色の髪をして、口元を黒い固そうな機械のマスクで覆っている男が私の顔を覗き込んだ。語尾に妙なノイズが混じっている。もしかしたら、ボイスチェンジャーなのかもしれない。
「············はい」
トラックの荷台のような空っぽの空間。
夜詩斗さんを取り押さえているのが大柄の男性、武器らしいものは所有していないように見える。その横に灰色のトレンチコートを着込んだ中学生くらいの男の子、こっちも見えるところに武器はなし。奥に両足をだらんと放り出して壁に寄りかかって座る名桐先生、右手のすぐ近くに大太刀を置いている。私の横にもう一人分の気配を感じるが、ギリギリ視界の外。あとの一人は多分私の後ろにいる。
「OK、じゃあとりあえずここで交渉といコウ」
交渉という言葉に身を固くする。
「君、僕らの仲間にならナイ?」
tips
超能力を持たない人間のことを、「ノーマル」と呼称することがある。これは差別的な意味合いを含んで使われることが多々あるスラングであり、公式の場ではあまり使われない。