表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ

 ある日、彼と二人でテレビ番組を流しながら酒を交わしていた。

 ふいに流れた番組は、とある芸能人夫婦の癌の闘病ドキュメンタリーだった。薬の副作用、周囲の人間との問題、日に日に痩せていく妻、夫婦の愛情の確認。そして、それを見て涙を流すスタジオのアイドル……

 ある日は、また別の番組だ。10代で癌にかかった子どもの話。親子の悲劇。若くして夢も希望もなく死んでいく運命。抗うが変わらない。募金活動。そして、それを見て、涙を流す、スタジオのアイドル……

 彼は、そういう時、決まってこう言う。


「俺の妻はつい5年前、癌で死んだ。まだ40代だ。充分若くして死んだ。その時、こいつらは泣いたか?何にもかわいそうじゃあ無い。募金活動で海外の最先端の高額医療?ふざけるな。そんな金が有るなら、まずうちの妻を助けろよ。そう思わないかい?こいつらは糞だからな。お涙ちょうだいで視聴率だ。屠殺場で殺される豚を見てかわいそうって言ってるのと同じことだ。こんなのを見て喜んでいるのは平和主義のデスクワーカーか、頭の悪い女子どもだけで、そんなバカどもを煽って『子どもが癌だなんてなんてかわいそう!』って言わせたい狂った企画者どもが、目論見が成功して大喜びだ。産まれつき悲劇の星のもとだぁ?俺の妻はかわいそうでもなんでもないってか。想像力がまるで無い。綺麗事だけを言いやがって。悲劇のヒーロー、あるいはヒロインか?どっちだっていいが、そんなのを演じているだけだ。反吐が出る。こんなもの悲劇でもなんでもねぇ!俺にとっての真の悲劇は妻が死んだことだけだ……糞やろう!お前らのことなんてどうでもいいから、そんな暇があればまずアイツを助けやがれ!」


 彼は私に叫んでいるのか、テレビに叫んでいるのか、誰に叫んでいるのか……だが彼は酔っているが、言っていることはある種の真実だろう。自分に悲劇が訪れたことのある人間は、他人の悲劇に共感はすれど、かわいそうだとは思わない。これは私の想像でしかないが、あの日に波に呑まれた家族は、夏休みの一家団欒で河に拐われた子どもという記事を見て、涙を流しはしないだろう。彼らは河に行かない選択肢があったのだから。あるいは、子どもが河に流れた母親は、津波に呑まれたものたちに対して哀れみ追悼の意を示す"バカども"を、どんな目で見るのかという話だ。河に遊びに行った自業自得だから……たった一人のことだから……理由はわからないが、うちの子は誰からも見られていない。死んだことに差はないが、時にそこには差が生まれ、片や悲劇で片や自業自得、あるいは"よくあること"だ。どのみち今となっては、"バカども"に取っては両者違いなく過去の忘れられた事件だが。

 なんにせよ、悲劇を悲劇として娯楽利用できる人間は、そういう意味で想像力が薄いか、経験がない人間だ。別段悪いことではない。そんなこと想像も経験もしない方が……できない方が、良い。正しく想像できる人間は正しく狂っているし、経験した人間は呪われている。彼は叫んだが、それは娯楽利用できていない。悲劇を悲しい出来事と"理解"して、悲劇を見ている"バカども"たちに、世界に憤った。妻を思い出して、救われている"芸能人夫婦の妻"や"癌の子ども"に嫉妬した。それは大多数の人間が、鼻でもほじりながら、ポテトチップスでも食べながら映画でも観る気分で見ている……そう見るべきものに対して間違った立ち向かい方なのだ。所詮はゴールデンの"子ども"でも見れる番組で、それは鼻でもほじりながら見るものだ。彼らはかわいそうであるのは間違いないが、それは特に問題ではなく、それらの番組で見るべきはそんな"かわいそうな悲劇"を見ている"バカども"だ。涙を流す"バカども"を見て、優しいだの良い子だの言っておれば良く、それは貴族の娯楽に違いない。"平民になってみる遊び"は、決して平民にはできないし、"平民になってみた演劇"は、平民では観れない。"平民になってしまった貴族の実話"は、「平民にとってはそれがどうした。俺も平民だ」という話でしかない。

 彼は真の悲劇のヒーローだ。だが、彼の物語のヒーローであるが、その物語はバッドエンドしかなかった。もしかするとハッピーエンドがあったのかもしれないが、リセットは不可能だ。残念ながらこの世はクソゲーなので、リセ機能すら実装されていない。どうでもいいことだが。救われない物語が終わってしまった後に、後悔を口にする……みっともないかもしれないが、実にリアルで実に悲劇的だ。





 ところで話は変わるが、私の母はついこの間……そう、5年ほどまえに癌で死んだ(まだ40代という若さだった)ので、正直なところ"若くして妻を亡くした夫"という悲劇(笑)はマジで死ぬほどどうでもいい事なのだが、このくだらない劇は定期開催されているし、開催期間かわ終わる見込みもない。

 そのクソッタレた事実に対する心の叫びと、それに代わる私の経験したこの世で唯一の真なる悲劇(超価値がある話)を、以下5万字にわたって書くので是非とも感想求む。

次話:闘病一日目

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ