太陽
いつかの雪の降った日とは打って変わって、今日の空は快晴だった。
雲の隙間から太陽が顔を出し、地球のそこかしこを照らしている。僕の街も明るく照らされて、その光で僕は気持ちよく目覚めることができた。
「ワタル、起きて」
隣で寝ている彼女は僕の腰にへばりつくように腕を回して、その手をがっちりと掴んだまま寝ている。いびきをかいて眠っているので、これは当分起きそうにない。
僕は渾身の力を振り絞って優しく優しく指を解いていくと、ワタルの腕からどうにか抜け出すことに成功した。そろそろと部屋を出、階段をおりていく。下のリビングからは、朝食のいい匂いがただよってきた。
「おはようございます」
「あら、今日は早いじゃない」
キッチンから焼き魚を運びながらリビングへやってくるその男は、パジャマ姿のままエプロンをかけて料理をしているようだった。机の上には既に焼き魚に味噌汁、だし巻き玉子といった和の朝食が顔を揃えて待っていた。
席に座って、机の上に置いてあるテレビのリモコンを手に取り電源を入れる。朝のニュース番組は、やはり今日の為のバレンタイン特集ばかりやっていた。
「今日、バレンタインでしたね」
「あら、そういえばそうね…仕事にかまけてたせいですっかり忘れてたわ」
茶碗に盛られたご飯を運び終えると、男も席につき、二人でいただきますをした。
「ダイスケさんに買ってあるので、後であげますね」
「え、マホちゃんが?!本当に?」
「なんですか、そんな驚いて」
僕は箸を加えながら疑いの目を向ける。
「だってマホちゃん、少し前まではバレンタインとかクリスマスの日はバイト入れて、朝から夜まで働いてたのに。最近、急に休み入れるようになったじゃない?」
テレビカメラを前に、バレンタインの話題で浮かれる街頭インタビューを受けていたカップルを横目に、ニヤニヤしながら僕に話しかける。僕は紅茶を一気に流し込み、味噌汁の具を箸ですくって食べる。
「もうこんなの、相手ができたとしか考えられないわね」
「だから、そんなんじゃ」
「でもバレンタインにピンポイントで予定を入れるなんて、そんなの大切な人としか考えられないじゃない」
僕は味噌汁を一気に飲み干した。そして隣に置いてあった赤いデパートの紙袋から一つの箱を取り出すと、男に雑に手渡した。
「ちょっとこれ、めちゃくちゃ高いやつじゃない、私でもこんなの貰ったことないわよ」
「その貰ったことない人にあげてるんだから、感謝してくださいよ」
「マホちゃあん」
男は綺麗にラッピングされたそれのリボンをするすると解き、包装紙を丁寧に剥がすと、中に入っている金色に輝くチョコレートの粒を宝石を見る子供のように楽しそうに眺めていた。
「いい、ちゃんと渡すのよ」
「うっさいです。…見送りとか、初めて一人で小学校にいく訳でもないんだから」
「まあまあ、持って帰ってきたら私が食べてあげるからね」
嫌味ったらしく笑顔で見送られ、僕は初めて小学校へ行くように少し緊張しながらドアを開けた。空は思っていたよりもずっと、嫌になるくらい晴れ渡っていた。