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諸永の保井  作者: mp
諸永の外
7/8

チョコレート




大通り沿いにある大きなデパート施設に入ると、やはり入口からバレンタインデーの告知を目にすることが多かった。

上の階ではバレンタインデーに向けてチョコレートの博覧会。地下のスイーツ売場ではチョコレートフェアを行っていたり、やはり大忙しのようだ。

日曜日ということもあって、中は多くの人でごった返していた。僕達ははぐれないように手を繋いでいた(もちろん普通の繋ぎ方で)。


しかし、どう間違えたか、店員はそんな僕達に大量にチョコレートフェアのチラシを配ってくる。さらに流されるように地下に行くと、チョコレートの試食をぐいぐいと勧められてしまった。

これは完全に、


「私達、カップルだと思われていますね」


店員にゴリ押しされ、またそれを僕が試食で気に入ってしまったせいで、逆の立場である彼にバレンタインのチョコレートを買わせてしまった。

でも、チョコは美味しいので罪はない。二人で上の階にあったカフェスペースへ移動し、ゆったりとハンモックの椅子に座っていた。


「なんでここに来たんです?」

「…特に、これってのは無いですけど。久々に遠くまで出てきたから、なにか美味しいものでも買って帰ろうかなと思って」

「ほお、家の人にですか。偉いですね、私ならそんな事されたら抱きしめたくなります」

男は笑顔で話していた。まあ実際そんな事をしたらダイスケさんは驚いて抱きつくどころかキスまでしてくるかもしれない。いつもの事だが。


「そういえば諸永くんは、私にバレンタインチョコはくれるんですか?」

普通聞くか。と思いながら間を開けつつ喋る。

「分からないですよ、そんなの…僕もさっきまでバレンタインのこと忘れてましたし」

都会に出てきたのは久々だったので、こんなにも街頭でバレンタインデーを主張されると、嫌でも目に入ってしまった。本当はそのままうっかり忘れてあげないつもりだったけれど、言い逃れができなくなってしまった。

男はズボンの後ろポケットから携帯を取り出した。そしておもむろに画面を操作すると、なにやらじいっと見入っているようだった。

「へえー、バレンタインデーは四日後なんですね」

「なんですか、その僕に知らせるようにわざと大きな声を出す感じ」

「別にそんなつもりはありませんが」

彼はメガネの奥でいつも通り笑顔を浮かべていた。どうやらカレンダーを見ていたようだ。


バレンタインデー。僕には円も縁も無いものだった。

こんな男っぽい格好をしているせいで、今まで誰かと交際したことは生まれてから一度もなかった。だから、あげるとしても友チョコなど。異性にあげるお菓子なんて考えることもなかった。

最悪、やっぱり忘れてたで通すこともできそうだが、プロポーズまでしてきた相手に何も無いです、では少し済まされないと思う。根っからの親切心がここで働いてしまう。少し憎くなる。


「当日、予定はありますか?」

今から四日後、木曜日だ。シフトは入っていないし、他に特に予定はない。恐らくあの二人もバレンタインデーというんだから、予定くらい入っているだろう。

そんな日に僕だけ残っているのも、少し勿体ない気がしてきた。

「…なにもないですよ」

「それは良かった。では空けておいてください」

「それ、こっちの台詞じゃないですか、普通。男の人が自分からバレンタインデーに予定を空けておいてくれなんて、チョコ目当てとしか思えませんけど」

僕がむすっとしながら言うと、彼はどこか得意げに言った。


「無理にでも予定を入れたいんですよ。未来の相手が、他の誰かとバレンタインデーという日に予定を入れてしまうことが無いようにね」

彼は僕にだけ見えるよう小さくウィンクをした。

「未来のって、僕別になにも返事してな」

む、と続きを言おうとしたところで口を塞がれた。しばらく理解が追いつかなかったが、男が僕の顔から離れていくのが後々見えた時、あ、キスをされた。とようやくわかった。

「じゃあ、貴方は私以外の誰のものになるって言うんです?」

「………」


僕はだんまりを決め込むことにした。いけ好かないこんなイヤ男、勝手にチョコレートでも返事でもなんでも待っておけばいいんだ。


僕らはその後、彼の方が予定があるのだと言ってその場所で別れることにした。そして一人になると僕はそのままチョコレート博覧会のフロアに移動し、小一時間ほど誰かの顔を思い浮かべながら、同じチョコレートを三つ買うことにしていた。そしてあとから自分の分も知らずのうちに買い足してしまっていた。








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