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諸永の保井  作者: mp
諸永の外
6/8

ビーフシチュー




「結婚って言っても、そもそも僕達付き合ってないじゃないですか」

ケースから銀色のスプーンを取り出すと、いただきますと手を合わせてオムライスの上に乗っかっているフルフルの卵に切れ目を入れる。

すると、中の半熟が溶けだすように周りに被さると、キラキラと照明に反射して卵が光って見えた。そしてその上からケチャップをかけて、ライスと一緒に口に運ぶ。

「言われてみれば、それもそうですね」

男はビーフシチューを、僕はオムライスをぱくぱくと食べながら、時々会話を交わしていた。

「それじゃあ、私と付き合ってください」

「今言う事ですか…」

口の中にご飯が入ったまま、僕らは互いに顔を見合わせた。

暖房も段々と店中にきいてきて、からだがぽかぽか温まってきた。

スマートフォンに目をやると、時刻は十三時半を指していた。少しお昼には遅い時間だろうか、周りの客でオムライスなんて口にしている人は見当たらず、皆ケーキやドリンクだけをテーブルに置いている客が多かった。キーボードを叩く音や、若者の笑い声、新聞が重なって出るカサカサと乾いた音。僕らの間にはそんなものではなく、ただ皿にスプーンが当たるカチャ、という音が響くだけだった。


二人とも皿を空にしてお腹をいっぱいにさせると、店員がそれらをさっと片付けていってくれた。

「今回で会うのは五回目ですね」

前回の四回目からは約一ヶ月が経とうとしていた。あの時はお正月を迎えたばかりで、世間はなにやら忙しなかった。僕もその頃はいろんな人にあいさつ回りをしたり、仕事が忙しい日々が続いていた。

といっても、二月といえば今度はバレンタインデーが迫っている。街を見ればピンク色で彩られた看板にハートの飾り。歩くのは手をつないで中睦まじげなカップル。それにあやかって商売繁盛を目論むケーキ屋やチョコレート屋はもちろんのこと、デパート中もプレゼントの売り出しに大忙しのようだ。


「最近、なにか変わった事なんてありました?」

僕はポットから紅茶を注いで角砂糖を一ついれる。ここの紅茶は少し苦味が強かった。

「変わった事ですか……。でもそれなら今日、三年ぶりに東京に雪が降りましたけど」

窓に隣接した端の席に座っているおかげで、外の様子は良く見えた。雪はどうやら止み、皆傘をたたんで滑らないようにと用心してゆっくりと歩く姿が伺える。

「そういえば、最近雪、降っていませんでしたね。三年ぶりとは」

「二月に雪って少し的外れですけどね」


まだ指だけは冷たさが取れていないのか、動かしづらかった。どうにかカップに手を当てて冷たい指を温めようとするが、紅茶が冷めてきてしまっているのであまり意味は無いようだった。


「それじゃあ変わらないでしょう」


ふと、手がなぜかじんわりと温かくなった。

カップを覆う手は自分の手ではなく、その手を包む一回りも二回りも大きな筋張った男の手だった。

僕は男の顔を見る。

「なんですか」

「温かいでしょう?私の手。体温が元々高いんです」

確かに温かかった。平熱が三十五度の僕は冷え性で毎年困っているものだから、少し羨ましくなった。

「子供の頃は、よく雪だるまなんて作りましたね。こんな歳になってからじゃ、そんなこと恥ずかしくてできませんが」

そう言うと彼は、窓の外に目をやった。道のはしでどうやら子供たちが雪だるまを作って遊んでいるようだった。


「…あの、保井さん、そういえばあなたの年齢知りません」

急に、思い出したように頭に浮かんできた。

僕が口をついて出た言葉に驚いたのか、目を見開いていた。

「な、なんです」

「…いや、久しぶりに名前を呼ばれて少し嬉しくなっただけです」

男はふっと笑ってみせると、うーん、と少し唸る。

「…そういえば私も貴方の年齢を知らないままです」


一体僕達はなんでこんな事をしているんだろう。なぜ素性をほとんど知らない男とカフェでお茶をしているのか。自分でもよく分からなかったし、そのうえプロポーズもされてしまった。なんてことだ。ダイスケさんに話したらこっぴどく叱られ、さらに男の素性をありとあらゆることまで吐かされるに違いない。

「ありえない…。……僕は今年で十九です」

「私は今年で二十八です」

三十路か。僕は特別驚くようなリアクションも見せずに、ふうんとだけ返した。彼も感想は同じのようだった。

二十八。まだ人生に落胆したり、希望を失ったりするような年齢でもない。ちょうど結婚を決断するかしないかの境目と言ってもいいだろう。

ただ。


「十歳近くも違うなんて、犯罪じゃないですか!」

「どこがです?十九なんてもう立派な成年ではないですか」


僕らの間では、プロポーズの返事も、ましてやお付き合いの返事すらも、随分と先の話になりそうだった。

指先はいつの間にか、さっきよりもずっとあたたまっていた。







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