マフラー
『あ』
都会の駅前、マフラーに手袋、厚手のコートを着込んで、中にはセーター。それでも寒さを感じるような今日に、僕は一人でガードレールに寄りかかっていた。
駅前には雪が降っているにも関わらず、相変わらず待ち人がおおかった。僕もその中の一人に混じっていた。
予感がした。ここにいれば、誰かが見つけてくれるかも知れない。誰か、僕の思っている通りの、その人が。
(……やっぱり)
目の前には、何故か差している傘とは別に、もう一本別にビニール傘を手にした、見慣れた顔の男が立っていた。
青ふちメガネに気に入らない目元。優しそうに見えて実は気持ちの悪い目のつけ所を淡々と話す口元。マフラー姿は初めて見たきがする。
「なにしてるんですか、風邪ひきますよ」
男は息を切らしながら、眉をハの字にして僕をじっと見ていた。僕は鼻をトナカイのように赤くしながら、ぼおっと男の顔をみていた。
「…とりあえず、どこか入りましょう。これからもっと寒くなるらしいですから」
男は手に持っていた傘を差し出してきた。僕は傘を持っていなかった。つい忘れてきてしまったのだ。
僕はぼおっとしながら、その傘をしばらく眺めた。
受け取らなかった。
受け取らないで、『もう一つの』傘に入った。
大きいおかげで、男と女が入っても肩が出るようなこともなかった。
僕らはそのまま駅前を抜けて、大通りと比べれば人通りの少ない裏道へ入っていった。
駅から歩いて五分もかからない場所にある地下に続く階段を降りた先には、見慣れた自動ドアが待っていた。そこを通ると、やはり見慣れた制服姿の店員が出迎えてくれた。
つい最近来たばかりな気がするジャズミュージックの流れるカフェで、僕らは雪を払った上着と共にボックス席についていた。
この間とは違い、僕らの注文はホットコーヒーにストレートのホットティー。店員は笑顔でそれを受けると、さっさとどこかへ行ってしまう。
「こんな寒い日に、一人でお出かけですか」
男は相変わらずの笑みを浮かべ、僕の方をみていた。
「…みんな、用事があっていなかったんです。家にお昼に食べれそうなものもないし、そもそも僕料理できませんし」
そういうと男はふっと笑った。僕はむっとして男の方に顔はテーブルに向けたまま視線だけを動かす。
「だから、用事が無さそうな私を呼んだんです?」
「だって用事ないでしょう」
「日曜日ですから」
コーヒーと紅茶が運ばれてきた。湯気を立たせながら目の前で店員がカップにそれぞれ注いでくれる。円を描きながらカップが一杯になると、冷めないようにとポットに頭巾を被せた。アップリケがついていて可愛らしい。
「でも、こんなのうのうと会ってくれていいんですか。一応、この間プロポーズした身なんですよ。まあ、あなたがそのされた身ですが……」
そう。
プロポーズをされた。
「…やっぱりあれ、本気だったんですか…」
信じていなかったが。
「大人は冗談でそんなことは言いませんよ」
男は満足そうにコーヒーを口にすると、苦かったのかミルクを二ついれ、マドラーでかき混ぜる。僕も紅茶を一口いただいた。
それからすぐに男が店員を呼びつけて、メニューからオムライスとビーフシチューをそれぞれ頼んでくれた。寒い日にはうってつけのメニューだ。
「オムライスで良かったですか」
「僕、嫌いなものとか特に無いので、なんでも」
「それなら良かった」
男はメガネの奥で目を光らせながら笑った。僕は身震いするからだをさすってなだめる。目の前には、獲物を捉えた蛇でも座っているのだろうか。あながち間違いでもないのかも知れないが。
プロポーズしてきた蛇は、僕の視線に気がつくと、にこりと気味の悪い笑いを向けてきた。むっとして、僕はカップに入っている紅茶を一気に飲み干した。猫舌なのを忘れていて、ジャズにあわせて舌が悲鳴をあげた。