白雪の継母〜白雪をいじめようと思う〜
王に嫁いで早速だが、娘の白雪をいじめようと思う。
漆黒の黒檀の様な髪と、雪の様に真っ白な肌、林檎の様に真っ赤な唇。
文面だけ見れば大変美しい娘に聞こえるだろう。
しかし、真実は違う。
黒いのは良いがボサボサな髪、前髪は伸び放題で目がきちんと見えない。真近で見れば枝毛ができていたりと傷んでいる。
白い肌は美しいとされているが、白雪の白さは異常である。滑らかな白を通り越して、真っ青。
真っ赤な唇は色の悪さを誤魔化そうとして、濃い色を塗りたくっているらしくかなり不自然だ。色が濃すぎてただでさえ青白い肌を益々病的に見せる。
初対面で悟った。
この娘……不健康すぎる。
聞くところによると、この娘王位継承権の順位がとても低く期待されたこともない様で、婚姻も特には決まっていない。
陛下が言うには、末っ子だし今の所強化しなければいけない国のつながりや大臣、部下の繋がりはないから自分の好きな人と結婚させたいとのこと。
そんな娘は毎日城の自室に閉じ籠り、本を読み運動もせず、陽の光も浴びず……といった自堕落な生活をしている様だ。
今はこんな娘だが実の母、つまり元王妃が病で亡くなるまでは一日に一度くらいは外で母と散歩していたという。
他の姉たちはもう結婚しているというのに、なんという体たらく!
四人の兄たちもご自分の責務を果たされているというのに……なんて嘆かわしい!
こんな有様じゃ結婚を申し込まれるどころか、こちらが申し込んでも受け入れてはくれまい。
こんな娘と城で一緒に暮らすのはごめんだわ。
いじめて城から追い出してやる!
この日から私は白雪をいじめるのに時間を割く様になった。
朝、昼、晩の食事をきちんと摂らないという白雪に、朝は無理やり起こし昼と晩は自室から引きずり出し、向かい合う様に同じテーブルで食事をするいじめをした。
食事中王族とは思えないマナーがなっていない行動を取るので、一々チクチクと嫌味を言ってやった。
食事中は黙々と食べているが、次の食事には嫌味を言ったところが治っている。……つまらない。言うことが少なくなっていくじゃない。
他には、朝食の後に無理やり花園に行かせて私の部屋に飾る花を摘ませ、気に入らなければ(大体気に入らないのだが)、何度か往復させた。
そしてすれ違うたびに貴族、王族にとって常識である質問をして間違えれば鼻で笑って嫌味を言った。それで何を思ったのか今までつけようとしても突っぱねていたという教師を雇ってくれと王に言ったらしい。
その日、陛下は私に言った。
「お前は、素晴らしい魔女だな」と。
きっと私のいじめに対してだろう。私は何も言わずに微笑みで返答した。
***
そして、その後三年間私は白雪をいじめ続けた。
いつの間にか傷んでいた髪が天使の輪ができるほどツヤツヤに、青白い肌は健康的な白さに、真っ赤な口紅を隙間なく塗っていた唇は、口紅を塗らなくても桃色に。
そして今日、私は今世紀最大の嫌がらせをしようと悪どい笑みで口元を飾っていた。
私の前には白雪の自室の扉。斜め後ろには王室御用達の美容師が。キラリと輝くハサミを構えて、女官たちと覇気を漲らせている。私が合図をするとバン! と扉が開かれた。
部屋の中には隅でうずくまって本を読んでいた白雪が目を見張りながらこちらを見ていた。口が小さく「お継母さま……!?」と、動くのが見えた。
私はすぐに女官たちに白雪を押さえ込むように指示を出す。一斉に白雪に向かう女官たち。白雪は私の背後に美容師が控えているのを見て全てを悟ったようだ。
必死に逃亡しようと抵抗する。しかし私たちは白雪の動きが止まるのを見計らって、美容師に直ちに合図をする。
身動きが取れない白雪に、美容師の手が迫り……ザクリ。
音がして、白雪の長ったらしい前髪がおでこの辺りまで一直線に切られた。絶句する白雪。
今まで見ることが叶わなかった前髪の下に隠されていたのは、冬の吸い込まれるような空の青だった。
現れた青に私は一瞬意識を持って行かれたように感じた。
なんて、うつくs……いえ、なんて平凡な色だことっ!
とっさに意識を取り戻して、固まっている美容師に声をかけようとする。だが、その前に呆然としていた白雪の瞳に涙がみるみるうちに溜まったかと思ったら、白雪は同じく呆然としていた女官たちの腕を振り払い、どこかへと走り去ってしまった。
その様子を目で追った美容師が思わずと言ったように口から言葉をこぼした。
「なんて美しい……」
その日、白雪は城に戻ってこなかった。
***
白雪は戻ってこなかった。
正しくは城の自室には。どうやら、城壁内の森の中へと入って行ったらしい。
森の中にはイノシシや食用の動物、植物、他は自生している木や動物もいる。最近は狼もよく出没しているという。
……私は、その日のうちに狩人を城へと呼んだ。昔から馴染みのある狩人だ。いつものように、ヘラヘラとだらしのない顔で私の前に跪く。
「王妃様、今日はどのようなモノがご所望で?」
私は、何の気概もなく当たり前のことを言う様に、鷹揚に口を開いた。
「この世で一番美しいモノの心臓よ」
それを聞いた狩人は微かに目を細めて頷く。
「では、新鮮さを失わないために、生け捕りでよろしいですか?」
「ええ……、新鮮が一番だものね」
会話が終わると、一礼して狩人は茶色のマントを翻して去って行った。
***
翌日、狩人は両手に生け捕りにした狼を連れてきた。狼もこの頃増えすぎてきていた様だし、ちょうど良かっただろう。どうやら、王城内に自生している狼は質が良く毛皮も世界一と言われるほどらしい。
怪我を負って身動きも出来ない狼が微かにピクピクと動く。それを見て眉をしかめつつ狩人をねぎらうと、狼を料理長に渡す様に言いつけて狩人を追い払う。
その日は狼のハツの料理や肉などが出た。……鶏肉の様だった。
使用人に命じて毛皮は加工する様に言う。そろそろ冬も近いことだ、存分に使ってやろう。
ディナーを終えた私の前には狩人が跪いている。狩の報告のためだろう。
「王妃様、七人の庭師が住む家周辺の狼は片付けさせてもらいました。と言っても、四頭ほどですが。結構大きいんですよね、ここの狼! 普通の倍はありますよ! 今あの毛皮、使用人たちが加工してますよ」
そう言った狩人に、私はため息をつく様に返答する。
「そう」
ふと狩人と世間話をする気が起きた。
「そういえば、あなた知っているかしら。今、白雪が城から逃げ出しているのよ。本当に根性のない子ね」
同意させる様に問いかける。
「そうですね。そういえば、その白雪といえば、庭師の所で居候してましたよ」
「まあ! なんて、はしたない!」
私は驚きに息を詰めつつ、背後に控えている女官のスヴェラに言う。
「あなた! 明日の早朝にその七人の庭師をここへ呼びなさい!」
「畏まりました、王妃様」
静かに返答をするメイドを横目に聞きながら、狩人の話の続きを促す。
「白雪はどう、あの掘っ建て小屋で過ごしていますの?」
そう狩人に聞くと、狩人は苦笑しながら質問に答える。
「どうやら、庭師たちに置いてもらおうとして、家事をやってるみたいですよ。……しかし、最近冷えてきたせいか、風邪をひいたみたいで」
「まあまあ、まあ! ……なんて、なんて……みっともない! これしきの寒さで、風邪を引くなんて!」
呆れて口からため息が溢れるのを、隠す様に扇を広げる。
そんな私に薄く笑いながら、わざとらしく、あ、と思い出したかの様に狩人が声を出す。
「そういえば王妃様」
「何かしら」
「いえ、狼を退治した時なのですが。庭師たちが手伝ってくれたので二枚ほど加工したものの毛皮を渡して褒美としましたが、よろしかったでしょうか? ……必要とあれば、取り返しますが?」
そう問う狩人を睨みながら返答をする。
「そんな事をしたらまるで、私が心の狭い人間みたいじゃないの。くれてやればいいわよ、毛皮なんて」
「ははっ、失礼をしました。お許しください」
まるで道化の様に振る舞い、頭をさげる男から目を逸らす。
「その汚らしい頭を私に見せつけないでくださる」
そう言うと、狩人はまた演技かかった仕草で頭をあげる。
「そう言わないでください。これは天然パーマです」
「それをきちんと整えていないから、汚らしく見えると言っているのよ!」
「えー、天パは手入れしなくてもいいって、知人から聞いたんですよ。それでかっこよく見えるって」
その知人とやらの見当違いなアドバイスにため息をつく。
「全然見えないわよ。いい? もう一度言うわ、全・然! 見えないわ」
狩人の外見の話はどうでもいい。仮に、その頭がアフロになっていようともだ。シャンプーか何かかがいいものなのか、ふわふわしていて少し首を動かすだけでも揺れる様な、アフロであろうと関係ないのだ。
「えー……そうですか……、そこまで王妃様がいうことは本当なんですね……。わかりました! これからはちゃんと髪を梳かしてきます! そして、モテます!」
決意を新たに、拳を固める狩人に冷えた目線をくれてやるが動じない。
そうして狩人は話を締めくくるために口を開く。
「そうそう、庭師たちですが毛皮を毛布にするみたいでしたよ?」
その言葉に眉をしかめる。
「毛皮をどうしようが、私が知ったことではないわ」
***
翌朝、早朝。
冬の寒さが身にしみる様な空間の中、私の目の前に跪く頭が七つ。
「お呼ばれにあずかりました。庭師七人、参上致しました。」
左端の者が代表の様だ。ハキハキと声を出す。
年齢は皆、同じくらいの様だ。つまり二十代前後である。
「早速ですが、貴方達白雪のこと……もちろん知っているわね」
沈黙が場を包む。
私は開いていた扇をパチン、と閉じた。音がよく響く。七人の方が同時に震えたのを、この場からよく見えた。
しかし、誰も答えようとしない。そんな七人に私は独り言を低く呟く。
「白雪はあんな、城から軽々しく家出する様な子供ですが……一応……一・応! この国の王女。もしも、何かあれば一番に罪人として挙げられるのは誰なのかしらね? ねぇ? スヴェラどう思うかしら」
後ろに控える女官のスヴェラに問いかけると、彼女は淡々と答える。
「今の白雪様の状況でしたら、やはり一番近くに控える使用人たちになるかと」
「あら、そう」
おそらく顔を青くさせている頭が七つ。肩が微かに震えている。
それを見て私は意識を元に戻した。
「ああ、話は終わりよ。……褒美の毛皮は無駄なく使いなさい」
深く頭を下げ、私に礼を述べて七人は去っていった。
面倒ごとが終わったと息をつくと、上座の奥の扉を隠す様にかかっているカーテンからクスリと笑う声が。
「……お人が悪いですわね。この国の王ですのに」
「良いではないか。私も白雪のことが心配なのだ」
そう言って、この国の王は私に近づくと私の肩を抱いた。
「……私も(・)とはなんですか。私はただ褒美を渡した庭師達のことが気になっただけでございます。」
そう言う私に陛下は目を細めただけだった。
***
翌日の早朝、まだ凍えるような寒さが支配する静寂の中、それを打ち破るように一人の男が城の筆頭執事に城一の薬師に至急来てもらうように懇願する声が響いた。
ただ事でない様子に少し動揺しながらも筆頭執事は男の身分を確認する。
「あなたはどこの誰です?」
問われた男は、なんとか息を整えながら返事をする。
「わた、わたしは庭師のソメイユと申します。」
「で、病人というのは誰なのです?」
その問いに、一瞬グッと息を詰まらせながらもソメイユという庭師は病人の名前を吐き出す。
「そ、れが! 白雪姫様なのです!」
その答えに筆頭執事が愕然とする。
「なっ!」
「今、息も絶え絶えで本当に命が危ない状態なのです! どうか! どうか、早く薬師様を!」
ソメイユが言い終わる前に筆頭執事は駆け出した。
***
庭師の家の中、荒い息が響く。
薬師が器具を動かす音が止まり、周りが薬師の言葉を待つ。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
「これは……、一見ただの風邪に見えますが……」
そう言って、言葉を詰まらせた薬師に続きを促すイライラとした声がかぶさる。
「早く言いなさい、いつまで私を待たせるの」
そんな王妃の隣に立っていた王が抑えるようになだめる。
「落ち着きなさい。それで? 薬師よ、どうなのだね?」
王に促され薬師はゆっくりと口を開く。
「よく、わからないのです。」
「は?」
「ですから、見たことのない病気でして……。」
その言葉に絶句する王妃。
「なん、ですって!? 国一番の薬師であるあなたが! そんなヘタレなことを言うなんて! 見損なったわ! あ」
その続きを言う前に医師が爆発するように王妃に言葉を向ける。
「わたしもなんとかしたいのです! ですが! 見たことがないのです! このような喉の奥が湿疹のようになって熱が出ている、それに肺がきちんと酸素を取り込んでいない、こんな病状なんて!」
王妃はそのまま言い返そうとはたと何かに気がついたように薬師に聞き返す。
「あなた今なんて?」
「ですから、見たことないんです!」
「違うわよ!」
苛立ったように、王妃が言い返す。
「症状よ! なんて言ったの!」
そう言う王妃に戸惑ったように薬師も言い直す。
「え、ですから、喉の奥が湿疹のようになっており、熱が出ている、そして肺がきちんと酸素を取り込んでいない、と」
「それよ!」
王妃が嬉々として声を上げる。それを見た、王が王妃に問いかける。
「どう言うことだい?」
「私知っていますの! この症状間違いありませんわ! 私の国で流行していたことがある病ですわ!」
それを聞いた薬師が目を見開く。
「誠ですか!? なんと! では、対処はどのようにすれば!」
そう聞かれ、王妃はぐっと詰まる。
「知らないわ。でも、こちらの国の薬師が来るまでの間にすることでしたら、知っておりますわ。」
王が続きを促す。
「どうすればいいのかね?」
「塩水を飲ませるのです。コップ一杯水の中に塩ひとつまみ入れたもの、それを飲ませれば、幾分かは楽になるはずですわ。それを二十分おきに飲ませるのです」
その言葉にすぐに周りで見守っていた七人の庭師達が動き出す。台所に競い合うように向かう。ゴンゴン、ジャーと音を出しつつも用意はできているのだろう。
音を背に王妃が王の方を向く。王も王妃を見つめ返す。
「陛下、私の甥を城に呼び出してもよろしいですか」
「ああ、確か今こちらの大学に留学しているのだったね。お願いするよ。」
そう王が重々しく了承すると王妃はスカートを翻して、城の中へと戻る道へとついた。
***
「まったく! どうして、私がここまでしてあげなくてはいけないのかしら? 本当に! なんて、手のかかる子なのかしら!」
使者に持たせるための手紙を書きながらも、白雪への文句が口から溢れ出る。
「本当に、髪を切られたぐらいで城から出たかと思ったら……今度は、病ですって? 本当になんなのかしら、あの子は! 本当に、本当に……」
扉の開閉する音がして、後ろに控えていたスヴェラが退室したのを知る。
その途端何かが目の淵から溢れたのを感じた。紙に溢れてしまったのを、手元にあるハンカチでポンポンと拭き取る。しかし第二、第三のものが続きそうになり、源である両目にハンカチを押さえつけることで、溢れるのを止めようとするが、じんわりとハンカチが湿っていくだけであった。
「マリージェンヌ……、あなたの子はあなたそっくりですわ」
そう言うと、まぶたの裏で凛とした女性が静かに微笑んだ気がした。
***
手紙を送って、二時間ほど待つと私の甥が来たとの知らせが来た。
すぐに通すように言うと待つまでもなく、甥が部屋に通された。
「叔母上、お久しぶりです」
「ええ、そうね。ところで……」
「はい、一緒に参りました。ご安心ください」
甥のさらりとした金髪が揺れて、碧の目が自身の後ろを指す。
後ろには夕焼け色の髪をして、肩にそれなりの荷物が入る鞄を掛けた甥と同年代の男が立っていた。ちなみに甥は今年で十九歳だ。
「薬師のソレイル・アンバレルです。お目にかかれて光栄至極にございます」
そう言って、ソレイルと名乗った薬師が片膝をついて首を垂れる。
「アンバレル家といえば、あの優秀な薬師を排出する伯爵家ですわね」
「王妃に知っていただけていたとは。当主に変わりましてお礼申し上げます」
そんなことを言う夕焼け色の髪を見て、ふん、と息を漏らす。
「あなたは、確か次期当主でしたわね。せいぜい白雪の病を治して、自分の地位を不動なものにしておきなさい」
「かしこまりました。それでは、白雪様はいずこに?」
問いかけるソレイルに、女官を呼び出し案内を任せる。
「白雪は自室に移したわ。……私も行きますので」
三人で連れ立って、白雪の部屋を目指す。
歩いていると、甥が口を開いた。
「しかし、この国でもあのプモン・ラ・モウ病が発症する人がいるとは思いもしませんでしたね、叔母上」
「そうですわね。私たちの国でしか発症したことがなかったものですから、知らない人も多かったのでしょう。この国でも、これから流行する可能性があると思いますわね」
対策を頭の中で巡らせる。が、その考えを遮るように甥が話を続ける。
「ねえ、叔母上」
「何かしら、グレルラージュ殿下」
甥をそう呼ぶと彼は顔をしかめる。
「叔母上、殿下はやめませんか? せっかくの他国なのですし」
「では、グリムでいいですわね」
それを聞くと少し渋そうにしながらも甥は了承する。
「それ、私が小さい頃のあだ名じゃないですか。」
「殿下と呼ばれるより、いいのではありません?」
そう言うと、甥は言葉を詰まらせた。そして、慌てたように話題を変える。
「そ、そういえば、白雪はどのような人なのですか?」
聞かれて、自分の眉がピクリと動いたのがわかる。
「白雪の何を聞きたいのです?」
それに気がつかないまま、甥はさらに訊く。
「そうですね……性格とかですかね?」
「暗いですわね。」
一言で言い表す。
「え? 暗いのですか? 聞いたところによると、おしとやかで優雅な深窓の令嬢と」
「あの白雪が、おしとやかで優雅ですって? 家出をするような子が? ありえないですわ」
そう言うと、甥はびっくりしたように目を見開いた。
「家出をしたのですか?」
「……そうですわね」
肯定をすると唖然とした甥はぽつりと呟いた。
「姫っていう立場なのに、家出って……。すごいですね」
よく許しましたね、と甥が視線で伝えてくる。それにフン、と鼻を鳴らすことで答える。
そして、私たちはようやく白雪の部屋にたどり着いた。
先導をしていた女官に部屋の扉を開けさせる。応接室を通り過ぎ、寝室への扉を開くと、看病をしていた使用人たちと、先ほどの薬師やその助手が立ち上がり首を垂れた。よく見ると七人の庭師たちまでいる。
大きな寝台に横たわる白雪は相変わらず息が荒い。薬師であるソレイルが前に踏み出す。
慎重に白雪を診察して、安心したかのように息を吐いた。そして、こちらを見ると口を開いた。
「王妃様のおっしゃった通り、プモン・ラ・モウ病です」
知らず知らずのうちに口から空気が漏れる。
「そう。では、治るのね?」
「ええ。薬は今すぐ作ることが可能です。材料は持参してまいりました。」
それを聞いて私は、はっと思いついた。
「では、ここでその薬をそこの薬師たちに説明しながら作りなさい。私は戻ります。」
そう言って背を向けると背後からソレイルの了承の声が聞こえた。そして、私はそのまま部屋を出た。
***
あれから、三週間ほど立ち全快した白雪に私と陛下が揃って面会を申し込まれた。陛下と丁度仕事を一段落させたので、昼食を食べようとしていたところだった。顔を見合わせながらも、使者の告げた一室へと王のエスコートのもと向かう。
部屋を女官に開けさせ、部屋の中に入ると中にいた人物たちが席を立つ。
「ごきげんよう、お父様、お継母様。お越しいただきありがとうございます」
そう挨拶をするのは顔色が以前より見間違えるほど良くなった白雪である。その隣には私の甥である隣国の第一王子グレルラージュと、白雪を治しその後の様子を見つつも世話をしていた薬師であるソレイルが並んで立っていた。
それぞれが頭をさげる。
彼らは、今まで座っていたのか、ソファの前に立っており、その向かいに同じソファが置いてある。
そこに陛下が私をエスコートする。
私たちが座ると失礼します、と白雪たちも座った。
「それで、なんなんだい? 私たちを呼び出すほどの用事なんて」
陛下がそう言うとそれぞれが身を固くする。緊張しているのだろうか。
すると、ソレイルが顔を上げる。
「王様、王妃様。お二方に知っていただきたいことがあるので、来ていただいた次第です」
そう言うと、ソレイルが真っ直ぐ私と陛下を見据えた。
「私と白雪殿は、実は思い合っているのです。」
「は?」
予想もしない言葉に思わず口から言葉が零れ落ちる。
「はぁ?」
隣からも同様の声が聞こえてきた。
そして、いち早く復活した陛下がため息をつきながら言葉を発した。
「今更、だな」
私もそれに同意する。
「今更ですわね」
今度は白雪たちが驚く番だ。口々に先ほどの私たちと同じ様な反応を示す。
「は?」 「え?」 「え?」
左からソレイル、グレルラージュ、白雪である。
その様子を見てまた私の口からため息がこぼれた。
「気づいてないと思っていて? 城の中というのは常に人の目がありますのよ? それで、私たちの耳にそのことが届かないとでも?」
そう聞くと、白雪がしどろもどろと言い訳をする。
「いえ、あの、何も言われないのでてっきり気づかれていなかったかと。」
「そんなわけないでしょう? 全くこの子は!」
そのやりとりを陛下が目を細めて見守っているのを見て、キッと陛下の目を睨む。そうしたら、陛下が笑みを深めた。それを直視したくなくて目をそらしてしまう。
「え、ということは、叔母上は……というか叔父上も反対ではないということですか?」
そう聞く甥に、陛下が少し真剣味を帯びた顔で答える。
「まあ、基本的には認めてはいたが。もしあのまま私たちに知らせないでいたならば、明日あたりには釘を刺そうかと思ってはいたな」
そのことに、ソレイルが少しだけ顔を青くさせた。
「そうでしたか……では、私の助力をしようという気持ちは無駄になったわけですね」
まあ、良かったのですけど……と言葉をこぼす甥。
その言葉に私はここに甥がいることに納得がいった。反対されたら他国の王子の口添えということでなんとかしてもらおうとしていたのだろう。
「まあ、そんな訳だから君のことは全て調べさせてもらったよ」
王がそう言って、使用人に何かを取ってくるように告げる。それを聞いた使用人が扉の外へとかけていく。すぐに戻って来ると、ある書類を王に差し出す。
それを読み返すように、さらりと陛下が目を通す。
「ふむ、報告によると性格に問題なし。周囲の環境も、問題ないようだね。周囲の人間も含めて……ね。家も伯爵家で侯爵家の下ではあるけれど、注目されている家でもあるし。家を治めるための実力も、薬師の実力にも文句なしのものだ。今のところ、反対する理由はこの書類には見当たらない」
そう、この書類には……ね。
そう言った陛下は瞳を鋭くさせ、ソレイルをじっと見つめる。ソレイルもその視線を浴びながらも、微動だにせずに見つめ返す。
「君は娘のこと、どう思っているのかね?」
そう聞かれたソレイルは少し考えてから口を開く。
「私は白雪殿のことを、愛しています。」
その言葉を聞いた陛下が目をそらさずにソレイルを射抜く。ソレイルは熱を込めた瞳で王を、白雪の父親を見返す。
しばらくそうしていると、陛下がふっと力を抜いた。
「そうか。わかった、君たちの仲を許そう。」
「ありがとう、ございます」
姿勢を正したままソレイルが深々と頭をさげる。
白雪の方を見ると微かに顔を赤くしている。それを見て、今度は私の番ですわねと心の中で呟く。
「それで、白雪。あなたはどうなのかしら?」
「え? わたしですか?」
「あなた以外に、私が白雪と呼ぶ人がいるのかしら?」
眉を寄せて問いかけると、白雪がすみませんと小さく呟く。
「それで? どうなのかしら? あなたに、この薬師と、ソレイル・アンバレル次期伯爵の妻になる覚悟はあるのかしら?」
私は手元にある扇をパチンッと閉じて白雪を見る。白雪は問われて、少し俯いた。
「わたし、今のところ何も取り柄がなくて、頼りがないです。それに人と喋るのがそんなに得意なわけでも、お義母様のように堂々としているわけでもありません。ですが」
言葉を途切れさせた白雪がすっと顔を上げる。冬の空の青が、私の瞳を射抜く。そこにある熱に、私は確かに一瞬目を奪われた。
「わたしは、ソレイル様を支えるために努力を惜しむつもりは微塵もありません。……彼を、愛しているから」
その言葉を聞いて私は気が抜けたように息を吐いた。
「そう、わかりましたわ。……ラインクルト様、私にも反対の意思はありませんわ。」
公の場では呼ばない陛下の、白雪の父の名前を口にする。
「エンメアンジュ」
陛下も公の場では呼ばない私の名を呼ぶ。お互いにそう呼ぶことで、ここではお互い王と王妃ではなく、ただの父と義母としていることを示した。
そのことに、三人とも気がついたようだった。全体の緊張が緩んだ。
「エンメアンジュもこう言ったことだし、私たちに君達の仲を引き裂く気はないよ。全力で応援させてもらおう」
それを聞いて白雪とソレイルは目を合わせて、本当に嬉しそうに微笑みあった。その間に挟まれた、甥のグレルラージュは気まずそうに咳払いをする。
それに、二人が意識を現実に戻し照れたように目を逸らす。
そんな行動にグレルラージュは呆れた表情をしながらも、祝福を口にする。
「まあ、おめでとう。いちゃつくのは後にしてくれると、私は砂糖を吐かなくても済むんだがね」
***
一年の婚約期間を経て、白雪とソレイルの結婚式が今日行われた。誓いが行われ教会の外に参列者たちが花道を作り、花嫁と花婿を祝福する。
久しぶりの自分の故郷に懐かしさを感じながらも、初めての気持ちと光景を目に焼き付ける。
白雪が真っ白なドレスと、私自ら編んだレースのベールを身にまとい、手にはオレンジと白の花で統一された花束が握られている。
その隣には、夕焼け色の髪を後ろに綺麗に撫で付け白い礼服を身にまとったソレイルがエスコートするように、腕に白雪の手をのせその上から自身のもう片方の手を乗せて白雪の手を包み込んで、足を進めながら周囲に祝福されていた。
徐々に二人が列の最後尾になる私たちの元へと近づいてくる。
隣を見上げると、陛下も眩しそうに白雪たちを見つめていた。
ついに二人が私たちの元へたどり着くと、陛下がまず声をかけた。
「おめでとう、我が娘よ。そしてソレイル殿、娘を頼んだよ」
白雪は涙を流しながら、言葉を受け取り。ソレイルは陛下の言葉を、真剣な顔で頷いて受け取った。
私の番が来る。
「あなたは、本当に手のかかる子でしたわね。不健康で、根暗で、話がきちんとできない、閉じこもりで、髪を切られたぐらいで家出はするわ、使用人の家に泊まり込んだり、そうかと思えば自国ではまだ発症したもののいない病にかかって死にかけて、治ったかと思えば今度は恋をして……。今は、結婚ですもの。……本当に、なんて、手のかかる子なのかしら……。……おかげで四年間しか、あなたの母親ができなかったじゃないの」
そう言うと、白雪はびっくりしたように涙をたたえた目で私を見つめる。
私も白雪の白い衣装が目に沁みたのか、目を守ろうと涙が滲んできた。
「あなたの実母、マリージェンヌとの約束がこんなに早く果たせるなんて、清々したわ。あなたの面倒を見て、自分の代わりにあなたの結婚式に出て欲しいなんて約束、何度したことを後悔したか。でも……こんなに早く終わるのならば、しても別に良かったですわね。……最後にもう一つマリージェンヌからの言葉があるわ、この言葉を私の言葉とも思って受け取りなさい。」
あの約束をした日と同じ故郷の空気と、白雪の衣装に目を細めると何かが目からこぼれ落ちたのを無視する。
『「幸せになりなさい、白雪」』
おわり
読んでいただき、誠にありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?白雪が薬師と結ばれたのは意外でしたか? それとも、継母の性格が意外でしたか?
どうにも王子と結ばれるのはなんとなく納得がいかなくて、こんな結果になりました!
継母と白雪の関係、王妃と王の関係、実母と継母の関係、複雑そうで意外とわかりやすい関係だったのではないかと思います。
王と王妃の関係はちょっと複雑かもしれませんね。
白雪も継母も王も薬師も王子も、みんないろんなことを乗り越えて最終的には穏やかに幸せだったと思えるような人生を送れることを考えてしまいますね!
ではでは、皆さん!読んでいただいて本当にありがとうございました!是非感想でも、「バカヤロウ! ここおかしいじゃあねぇか!」なんてところがあれば、遠慮なく感想欄へどうぞ! いつでもお待ちしております!
そして、図々しいかもしれませんが! もしこの小説で気に入ったところが一つでもあれば、私の連載小説もどうぞご賞味くださいませ! もうすぐで、また開始いたしますのでチラリとでも見ていってください!
本当にありがとうございました! ではでは、また何処かでお会いしましょう!