後日談とも言えない後日談編
ところで、見事『誰が女王を殺したか』事件を解決へと導いた亨であったが、そんな彼にも、どうしても分からなかったことがあったのだという。以下、亨と榮のその後の会話である(【亨】【榮】とする)。
【亨】「なあ――従者の『ハーツ』が『女王』を殺した動機は、何だったんだ」
【榮】「お前さ、トランプのカードに描かれた絵柄の意味、知っているか」
【亨】「いや、さすがにそこまでは」
【榮】「と、いうかさ。お前よく、トランプの絵柄なんて覚えていたよな。その記憶力、学生の本業である勉強に生かすべきだぜ」
【亨】「興味の対象外のものには、生憎と発揮されない力なんだ――で、カードの絵柄の意味って」
【榮】「まあ、諸説あるらしいんだけどさ。この作品で『ハーツ』に殺された『女王』は、スペードのマークの女王だったんだ。これは、別に事件の解決に直接的には関わらないと思ったから、書かなかったんだけど。
トランプの四つのマークは、それぞれ『ハート』が『愛』、『ダイヤ』が『金』、『クラブ』が『知識』、そして『スペード』が『死』の意味を表しているらしいんだ。
で、作品の人物に戻るとだな――従者の『ハーツ』は、『ハート』の意味から愛情を表している。『ハーツ』は、『女王』に並々ならぬ恋心を抱いていたんだ。勿論、従者と女王の恋なんて、物語の中では許されないって設定さ。だけど、スペードの『女王』は『ハーツ』の愛を拒まなかった。
トランプの『J』から『K』の絵柄には、実は深い意味があるんだよ。それぞれのカードをよく見るとさ、マークに対して人物の顔が背けられているかマークの方を向いているかが分かるんだよ。例えば、『ダイヤ』の『K』では、キングは金を象徴する『ダイヤ』の方にはっきりと顔を向けて、しまいには手まで伸ばしているように描かれている。金に執着する王を描いたんだとか。他に、『ハート』の『J』でも、従者の男は愛を象徴する『ハート』のマークにやはりはっきりと顔を向けている。若い男は愛や恋に対する好奇心が高いことを描いているんだとかな。
だが、『K』や『J』のカードにはそうやってマークにはっきりと顔を向けているものがあるのに対して、『Q』のカードだけは、どのマークにも女王はばっちり顔を向けているものがないんだよ。マークの方に顔が傾いているのは分かるけれど、しっかりとマークと対峙して描かれているものは一枚もない。一説によると、これは女性というものが、愛にも金にも知識にも――そして、死にさえも、本当はあまり頓着がないんじゃないかということを表現しているんじゃないか、ということなんだ。
俺、想像したんだ。『女王』はべつに、『ハーツ』の愛を受け入れていたわけじゃない。ただ――興味がなかっただけだった。だから、求めることも、拒むこともしなかったんじゃないかって。『ハーツ』はさ、そのことに気が付いたとき、どんな思いだったんだろうな。拒まれないことが嬉しくて、自分の想いが受け入れられていると確信していたかもしれないのに、そんなときに、『女王』の本当の気持ちを知ったら、さ。
皮肉なものだよなあ。『愛』を象徴する『ハーツ』は、その『愛』だったはずの想いを裏切られ、『死』を象徴する『女王』は、従者によってその命を奪われた、なんて。
――はは。自分で作った物語にこんな想像をするのも、おかしな話だけどな」
トリックにつきましては、あくまで菅榮の創作の中のことでありますので、彼の想像力がここまでのものだったという解釈をしていただければ幸いです(要するに、菅榮を生み出した作者の想像力はこの程度のものである、という風にも受け取ることができるわけですが)。
また、トランプの絵柄につきましては、諸説ある中の一つを参考にしたという程度でございます。この解釈が絶対というわけではありません。




