猫は空へ行く
一、
飼っていた
マーブルの雌猫が
ある日
左前足を脱臼した
大騒ぎして治療したのに
完治したらすぐに
彼女は勝手に
出て行ってしまって
ある日から
戻ってこなくなった
わたしたちには
止めようもなかったけれど
あの狂気を含む
天衣無縫さに
触れることが出来なくなって
寂しく思った
ある夜に
懐かしい声がした
ガラス戸の向こうで
狂ったように鳴いていた
開ければ彼女だった
エサを
食べにきたのだろうか
それとも
なにか忘れものでも
思い出したのか
つぎの日には
いなくなってしまったが
元気そうで安心した
相変わらず
エメラルドの瞳は
美しかった
彼女は
今もどこかで
『まぁー』
と鳴いているのだろうか
何処かの屋根の上で
緩い風に
時折
欠伸しながら
日向ぼっこを
しているのだろうか
それとも
もしかして
誰かの家に上がり込んで
ぎゃおぎゃおと
甘えているのだろうか
二、
つい最近
生まれた
子ねこたちは
お前の顔を知らない
あの
気まぐれすぎる
柔らかさの
最も
猫らしい
お前の足音を知らない
また
お前の好きな
紫陽花が咲くだろう
うす紫の
濡れた明るさは
お前のいたころと
変わらないのに
たくさんの
猫がいなくなってしまった
たくさんの
明日が塞がれてしまった
今なら
お前たちが
なぜ塀の上を
好んで歩くのかが分かる
細い道が続いている
しとしと小雨降る
紫陽花の間を潜り
ちょろちょろと
流れる溝を見下ろし
途切れたら
また見つけて
先の見えない
隘路を
ただ少しの明るい空を
求めて
行くのだろう