浮かぶ
目が覚めると、海に浮かんでいた。
世界は水浸しで、僕はそこにぷかぷかと浮かんでいた。
海はとても冷たくて、僕の体はとても冷えた。
側に四角い何かが浮かんでいたので、僕はそこによじ登った。
思ったよりも簡単に乗っかることができた。
バランスを取るのも難しくない。
慣れれば存外に快適かもしれない。
そう言えば嫁さんはどうしたろう。
海の中を覗き込んでみると、玄関先で笑っている嫁さんがいた。
その隣には僕ではない何か塊があった。
嫁さんの目にはあれが僕に見えているのか。
あるいは、僕が浮いているのを良い事に、望んでいた何かを手に入れたのか。
随分苦労して口説いたが、所詮は人種が違ったと言う事か。
あれほど執着していた嫁さんに、今は何の興味も湧かなかった。
同じように浮かんでいた細長いモノをオールにして、僕は進むことにした。
どちらに進むか。
そんなこと知ったことか。
思い切って水をかいたら、思った以上に易々と進んだ、
悩み過ぎていたのだ。
簡単な事に気付くのにどれほどかかったろう。
あるいは手遅れなのかも。
しばらく進むと何かが漂っていた。
「先輩、久し振り」
漂うままに微笑むのは後輩のユーコだ。ユーコはいつだって美しい。
濡れて浮かんでいるユーコはいつもに増して美しかった。
心臓のドキドキを隠しながら、僕はユーコに話しかける。
「随分浮かんでるな」
「まあね。凄く冷たいの」
「乗るか?」
「私を乗せると、先輩は沈みたくなるでしょう? だから駄目よ」
確かにその通りだ。
ユーコは昔から何かと僕に詳しい。
ユーコといると、僕はいつも間違いに気づかされる。
それは苦しい事だけれど、ユーコを憎いとは思わない。
「じゃあ、せめて交代しよう。僕は浮いてても大丈夫だから」
「ええ、それなら喜んで」
僕は水に入り、ユーコは四角に乗っかった。
「思い切って漕ぐんだ」
「わかったわ、思い切って漕ぐわ」
そう言ったユーコは、あっという間に見えなくなった。
これで彼女は大丈夫だろう。
さて、僕はどうしよう。
妙に体が揺れるな、と思ったら魚が僕の背中をつついていた。
突かれた傷に海水が酷く染みて痛かった。
このまま魚のえさになるのも良いかもしれない。
なに、死ぬまで我慢すればいいだけだ。
そう思うと、とても短い事のように思えた。
もっと早く気付いていれば、あるいは浮かずに済んだのだろうか。
それで幸せかどうかは 知らないけれど。
魚はどんどん増えている。突かれる数が増えてきて、僕の体はポンポンと弾んだ。
あまりにも突かれ過ぎて、グルンと体が回った。
水の中に顔がつかる。
息ができない。ゴボッと大きな泡が出た。
嫁さんが僕の建てた家で何かと楽しげに暮らしている。
一瞬目があったような気がしたけれど、それは僕の目を突きに来た魚の目だった。
根無し草生活に憧れますね。