33 ダッカ
「私もその学校に入れてくれ」
「な!」
まさかと思ったがやっぱり……。
サヒンダとトムデク、アッサカとソルが唖然とし、ヒジムだけがにやにや笑っている。
「バ、バカを申すな!
王子を集めてと申したであろう!
女など一人もいない!」
「構わぬ」
「体練も多い。
剣や弓使いの訓練が基本だ」
「構わぬ」
「水練の稽古も予定しているのだぞ。
男達は腰巻一つで川を泳いでもらう。
そなたも腰巻一つで泳ぐつもりか!」
「私は構わぬ」
「こっちが構うわ!
バカものっっ!」
ソルとアッサカは蒼白になり、ヒジムが床を叩いて笑っている。
「王子とは次代の王になる者達の事だろう?
私は部族長なのだ。学ぶべき事は同じはず。
シェイハンを率いて行くなら、いずれは同じ土俵に立たねばならぬ。
それならば、早い方がいいに決まっている」
「同じ土俵になど立たなくてよい。
シェイハンの事は俺に任せろと言っているだろう」
「では私は何のためにここにいるのだ。
多くの犠牲の上に生き残った私は、ただ守られ、何も知らされず、何も考えず、そなたの庇護の中で生きて行くのか?
自分の無力さを噛みしめ、何も出来なくてごめんなさいと謝りながら生きるのか?
そなたは自分の悪行を、それ以上の善行でもって帳消しにすると言った。
私には自分の失敗を帳消しにするために行動する事を許してくれないのか?
そなたは生きろと言った。
生きていれば出来る事があると言ったではないか。
今のままでは私は無力な自分を恥じて、シェイハンの民に顔向けするのも苦しい。
生きているのが苦しいのだ」
「……」
アショーカは手にした酒をそっと床に置いた。
いつか問い詰められるだろう事。
でも出来れば気付かぬフリをしたかった事。
しかし、もはや誤魔化す事は出来ない。
自分が望むような道をミトラは歩いてはくれない。
そして、そんなミトラだからこそ、かけがえのない存在であるというジレンマ。
無力な己への悔しさは自分が一番知っている。
その悔しさが自分をいま太守として突き動かしている。
その悔しさを知っている者は、行動せずにいられない。
立ち上がらずにいられない。
それが出来ぬのなら、もはや死んでいるのと同じなのだ。
アショーカは決意したようにミトラを見る。
「俺と並び立つ者になりたいのか?」
いつになく真剣な目だ。
「なりたい」
ミトラは即答する。
「俺の横に立つという事は危険と隣り合わせになるという事だ。
いつ命を落とすかも知れぬぞ」
「構わぬ。
このまま死んだように生きる方が辛い」
「他の、姫と呼ばれる女達がおよそ味わった事のない苦難が待ち受けているのだぞ」
「それでもこのまま何もせずに守られて生きるよりはマシだ」
「俺は嫌なのだぞ。
俺なら生涯何不自由なくお前とシェイハンを守る自信がある。
それなのにわざわざお前を表舞台に引きずり出す必要などない。
俺がどうしてもダメだと言ったらどうする?」
「そなたの横に並び立てないなら、別の立ち位置を探す。
ここからは出て行く」
ミトラの言葉に部屋はシンと静まった。
そして額を押さえたアショーカは、長い長いため息を一つついた。
「やはり聞かねば良かった。
俺は今日の日を一生後悔するだろう。
今日の決断をいつか、血反吐を吐くほど呪うだろう……」
苦悩に満ちた顔で呟くアショーカを見て、ミトラは申し訳ないと思った。
でもミトラの決意は固かった。
アショーカにこのまま守られ庇護され、篭の中の鳥のように生きる道はミトラにはない。
それが許されぬなら、アショーカと共に歩む事は出来ないのだ。
「ダッカに入る事は許可出来ない。
あまりに非現実だ。
お前に武器が扱えるとは思えない」
アショーカの返答にミトラは絶望を浮かべる。
もはや共には歩けぬのか……。
アショーカの側にいたいというのは変わらぬ本心だ。
でも出て行かなければならない。
「では……違う道を行かせてくれ。
そなたの側にいると言ったが……私は……」
「まあ待て。そう結論を急ぐな。
ダッカがダメだと言っただけだ。
女のお前が何も男のように俺の横に並び立つ必要はないだろう」
ミトラはさぐるようにアショーカを見る。
「シリアのアンティオコス王に先日第二王子が生まれた」
「?」
怪訝な顔をするミトラの横で、サヒンダがぎょっとして青ざめる。
「そして長子のアロイス王子は長年病を患っておられたらしいが、今年十八となり、遅ればせながら立太子の式典がある。
周辺各国はそれらの祝いに集まる予定だ。
我がマガダからは隣接するタキシラ太守の俺が招待されている」
「アロイス王子の立太子……?」
「それから、どこから聞きつけたのか、そなたにも招待状が来ている」
「えっ! 私に……?」
次話タイトルは「ミトラの武器」です




