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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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32 ミトラの決意

 太守任命式の式典から三日が過ぎた。


 式典に集っていた各部族長達も順番に帰途につき、宮殿内は徐々に落ち着きを取り戻し、スシーマ王子も帰り支度を始めていた。


 日に何度かスシーマ王子はミトラの部屋を訪れ、バラモンやマガダのならわしを教えてくれたり、ハヌマーンを連れてきて賑やかに過ごしたりしていた。


 しかしアショーカは正式に太守に就任し、ますます多忙を極め、式典以来会っていなかった。

 ヒジムとトムデクが交代でミトラの様子を見に来てくれたが、二人もそれぞれ忙しいようだ。


 サヒンダはあれからミトラが部屋で大人しくしているため、小言を言いに来る事はなかった。

 出来れば当分会いたくない。



 スシーマ王子はタキシラを出た後、ウッジャインに向かい、そこで公務と共にシェイハンの元マギ大官であった老人に会うらしい。

 それから一旦パータリプトラに戻って王に各地の報告を済ませた後、再びタキシラに戻ってきてマギ大官の情報を教えてくれると約束してくれた。


 月が三度満月になった頃戻ってくるという話だ。

 ウッジャインはパータリプトラへの寄り道にしては、かなり南に離れているらしい。


 そしてラーダグプタも役割を終え、共にウッジャイン経由でパータリプトラに戻るらしい。

 ラーダグプタが行ってしまったら、アショーカはますます忙しくなるだろう。


 アショーカが遠い……。


 太守任命式の時からその思いばかりが募る。

 太守としてどんどん力をつけていくアショーカは並び立つどころか、手の届かない所に行ってしまう。

 このままではいけない。

 自分も動き出さなければ。


 シェイハンの聖大師として、部族長として、地方管理官として何か出来る事はないのか。

 それを考えるにはあまりにマガダを、タキシラを、知らなさ過ぎる。

 知らない事が多過ぎる。


 書物で読んでも補えないものが五万とある。

 実体験が無さ過ぎるのだ。


 サヒンダが恐ろしいが、自分はまず、この固く守られた部屋から出なければならない。

 ミトラは決意してアッサカを呼ぶ。


「アッサカ、アショーカと話がしたい。

 ほんの少しでいいから会えないか聞いてくれ」


「畏まりました」

 アッサカは頷いて、騎士団を数人残して取次ぎに行く。


 アッサカはすぐに戻ってきて、夕食時に来るように言われたと伝言を伝える。

 自由になる時間はそこしかないらしい。

 夕食時となるとサヒンダもいる事を思うと憂鬱だったが仕方がない。


       ◆         ◆


「忙しい時にすまない」


 ミトラが太守室に入ると、すでに側近も揃い、女官達が次々に料理を運んでいた。

 しかし以前より人数が減り、年配の女が増えたように思う。

 ただしマチンはアショーカの隣りに陣取り、ミトラには自信に溢れているように見えた。


 きちんと自分の足で立ってる女性。

 アショーカの役に立っていると自負する女。

 その存在感が羨ましかった。



「ああ、この所忙しく会えなかったからな。

 まあ座れ。共に食事をとれ」


「いや、私は用件だけ言ったら部屋に戻るから……」

 チラリとサヒンダを見る。


 今日もいつもに増して冷ややかな顔で睨んでいる。


 アショーカは気付いてサヒンダを窘める。

「サヒンダ、お前は今アッサカより恐ろしい顔になっておるぞ。

 ミトラの食欲が無くなるから後ろを向いておれ」

 サヒンダより後ろに控えるアッサカが恐縮した。


「いいえ。

 また毒見もせずに食されては困りますから、一瞬たりとも目を離しません」

 サヒンダはフンと鼻を鳴らして更に睨む。


「サヒンダ、意地悪な継母みたいだよ。

 アショーカを取られそうで嫌なんだね」

 ヒジムが笑いながらからかう。


「うるさい! 何とでも言うがいい」


 ミトラが心配でついてきたソルも居心地悪く後ろに控える。


「まあ座れ、ミトラ」

 アショーカはミトラの手を引き、座らせた。


「俺は食の細いお前が心配なのだ。

 肉もパンもほとんど食べぬと聞いたが、何を食って生きておるのだ。

 今に縮んで消えてしまうぞ」


 結構本気で思っている。

 およそアショーカには理解出来ぬ生き物なのだ。


「ヤギのミルクと果物があれば充分だ。

 肉など食べたらかえって気持ち悪くなる」

 肉食を禁じている訳ではないが、やはり殺生した動物など食べたいと思えない。


「うーむ、肉を食わぬのか。信じられぬな。

 まあ、いい。では果物だけでも食べよ」


 ミトラは食べるまで話を聞いてくれそうにないアショーカに、仕方なく葡萄の房を取ってパクリと食べた。


「おお、食ったな。

 よし、この団子も食べてみよ。

 喉がつまるな。ヤギのミルクも飲め」


 まるで自分がハヌマーンにバナナを食べさせていた時のように一口食べるたびに喜ぶ。


「そんなに次々渡されたら息も出来ぬ。

 自分で食べるから放っておいてくれ」


 アショーカはちょっと残念そうに自分の食事に戻った。


「して、何か用があるのだったな?」


「うん。頼みがあるのだ」


 途端にアショーカの顔が曇る。

 続いてサヒンダの眉がピリリと上がる。


「却下だ」

 聞くまでもなく取り下げられる。


「ま、まだ何も言ってないじゃないか!」

「今までお前の頼みを聞いて、ろくな目に合ってない。

 もう聞かないぞ」


「……」

 ミトラはしょんぼりと俯く。


 うなだれるミトラにアショーカは困ったようにチャパティーをかじる。


「欲しい物があるなら何でも取り寄せてやるぞ。

 お前はチャン氏の衣装を気に入ってたようだが、中華の姫の服を取り寄せるか?

 パータリプトラに置いてきた書物も少しずつこちらに運ばせている。

 届いたら好きなものを貸してやるぞ。

 宝飾の類が欲しければ、世界中のどんな物でも探してやる。

 申してみよ」


「そんな物はいらない」


 ミトラの即答にアショーカは頭を抱える。

 そう答える事は分かっていた。


「では何だ。何が望みなのだ」

 結局聞かずにはいられない。


 サヒンダがまったくという顔で呆れた。


「今度の乾季にそなたは部族の王子を集めてダッカなるものを創ると言っていたな」


「言ったが……それがどうした……」

 嫌な予感が押し寄せる。



「私もそのダッカに入れてくれ」




次話タイトルは「ダッカ」です

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