30 覆面剣士 ルジア①
その後宴会に戻ったアショーカ達が酔いつぶれて部屋に戻ったのは、明け方近くの事だった。
白み始めた空を見上げながら、ヒジムは自分にあてがわれた、太守室の真下の階にある個室に戻った。
一歩足を踏み入れると、朝、ベッドに散らばしていった宝石と衣装は跡形も無く消え、床に投げ出したままになっていた木簡や樹皮紙もきちんと重ねられ、部屋の隅に積まれていた。
テーブルにはお気に入りの銀食器が磨き上げられてセットされ、花まで飾られていた。
「お帰りなさいませ、ヒジム様」
ルジアが片膝をついて出迎える。
「起きて待ってたの?
寝てて良かったのに」
ヒジムはきちんと整えられたベッドにドスンと腰を下ろして靴を脱いだ。
「片付けが得意ってのは本当なんだね。
綺麗な部屋に帰るのは気持ちいいよ」
「……」
ルジアは黙って頭を下げる。
「その覆面は部屋でもしてるの?
暑くない?
今日は競技もあったし汗をかいたでしょ?」
「……大丈夫です」
「僕は寝る前に必ず湯浴みするんだ。
良かったら一緒に入る?」
ヒジムはマントを脱ぎ、剣帯も外して軽装になる。
「いえ。とんでもございません」
ルジアは激しく首を振った。
「そう?
じゃあ僕は湯浴みしてくるから、もう寝てていいよ。
ああ、そうだ。
騎士団の衣装を渡しておくよ。
明日からはこの衣装を着てもらうからね」
ヒジムは衣装箱を開けて、せっかくルジアが片付けた衣装を掘り起こす。
そしてすっかりグシャグシャになった奥底から黄色と黒の衣装を取り出した。
「とりあえず僕が昔着ていたやつね。
サイズは同じぐらいだよね」
差し出した衣装をルジアがおずおずと受け取る。
感情を見せない控えめな瞳が一瞬喜びの色に染まる。
ヒジムはふ……と微笑んだ。
「本当に騎士団に入りたかったんだね」
ルジアは、はっと恐縮してうつむく。
「君は僕を女だと思ってるの?」
ギクリとルジアの肩が揺れる。
「残念ながら女ではないよ」
驚いたように顔を上げる。
そしてすぐに動揺の色が浮かび上がった。
「でも男でもない」
怪訝に首を傾げる。
「両性具有。聞いた事ない?
タキシラにも少しはいるでしょ?」
ルジアは動揺したまま視線を彷徨わせる。
「だからアショーカは、僕にはいつも個室の湯浴み場を用意してくれるんだ。
君も使っていいよ。
男達とは入れないでしょ?」
ルジアはぎょっとして蒼白な顔を上げる。
「気付かないと思った?
うん、確かに誰も気付いてないよね。
僕以外は……」
ルジアは青ざめ、覚悟を決めたように険しい視線を返す。
「私を……どうするつもりですか?」
ヒジムは腕を組み、ルジアを見下ろす。
「そうだね。どうしよっかな。
まずはその覆面を取って顔を見せてよ。
火傷は左腕だけでしょ?」
ルジアはゆっくり太腿に隠し持つ小刀に手を這わす。
しかし小刀に手が届く前に、ヒジムの剣が首筋を捉えていた。
「剣で僕に勝とうなんて百年早いよ。
君を殺すのなんて簡単、簡単。
諦めて覆面を取るんだね。
君の事情を聞いてあげるよ」
ルジアは蒼白のままガタガタと震えだし、言われるままにゆっくりと顔の覆面を外した。
現れたのは長い黒髪を頭の上でしっかり束ねた、目も鼻も口も大粒のヒンドゥ美人だった。
普通の女よりはすべてが大柄のため、背丈からは女と分からないが、顔の造作にはどこか女らしさが残っていて、判断のつきかねる容姿だ。
「へえ、思ったより美人だね。
ふーん、悪くないよ。
僕、美しいものは好きなんだ」
ルジアはまだガタガタと震えている。
「片付けるのも上手だし、泥棒でも刺客でもない。
見た所、本当に騎士団に入りたいだけみたいだ。
うん、決めた。
アショーカ達には黙ってあげててもいいよ」
はっとルジアは顔を上げた。
「ただし、秘密を共有するからには、正直に全部話してもらわないとね。
君は誰?
奴隷階級じゃないよね?」
次話タイトルは「覆面剣士 ルジア②」です




