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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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29 剣士 ウソン

 部屋に通された男は、熟練の隠密のごとく隙のない身のこなしで、アショーカと三人の側近の前に片膝をついた。


「ウソン。見事であったな。

 そなたの前評判は聞いていたが、期待通りであった」


「ありがとうございます」

 恭しく頭を下げるが、どこか不遜な感じが拭えない。


「希望は何であったか?」


「騎士団の隠密に入れて頂きたいと思っております」

 入った時からその希望だった。


「されど隠密は素性確かな者しか入れぬのだが、そなたの素性は調べても調べてもさっぱり掴めぬな。

 どういう訳だ?」

 騎士団に入った時からウソンの事は水面下で調べていた。


「最初に申しました通り、私は北の天山てんざん山脈一帯を移動しておりました遊牧の民でございました。

 されど東より移動してきた匈奴と呼ばれる野蛮な民により集落が襲われ、大半が殺され、残った者も散り散りになってしまいました。

 私は単身この南のヒンドゥに逃げ延び、身分を問わず取り立ててもらえる部隊があると聞き、参ったのでございます」


「確かに北の高原では遊牧民同士、日々部族間の争いが絶えぬとは聞くが、そなたのその剣技は一部族民が身に付けるものか?」


 優れすぎている。

 それが怪しい。


「遊牧の民は日々戦いに明け暮れておりますれば、みな剣技に優れております。

 弱き男は十日と生きてはおれぬでしょう。

 されど、私めはその中でも一番であったと自負しております。

 だからこそ逃げ延びたのです」


「なるほどな」


 理に叶った説明だ。

 しかし、むしろそれが一番怪しいのだ。


 剣技はともかく、大国の王子の前でも物怖じせずに理を並べ立てるその貫禄。

 それこそが最も納得出来ない。


「されど隠密に入って何がしたい?

 何を目指しておるのだ?

 目標があるのか?」


「ミトラ様専属の隠密に」


 ウソンの言葉にアショーカと側近達は視線を険しくする。


「ミトラ専属の隠密だと?

 なにゆえそれを望む?」

 警戒心を高める。


「それが騎士団のトップだと聞きましたから。

 私はただトップを目指したいのです」


 真意を計りかねる。


「アッサカの地位を狙っておるのか?」

「現在それがトップの地位であるならば……」


 本当にそれだけなのか?

 他に何かを企んでる可能性は?


「それは騎士団達が勝手に言ってるだけだ。

 ミトラの警護がトップだと決めた訳ではないぞ」


「ですが今ミトラ様に付かれている隠密はスシーマ皇太子が都から連れて来た隠密だそうではありませんか。

 アッサカ様の次に続く隠密がまだいないのでは?

 私はそのポストを狙っているのです。

 これは私だけでなく、騎士団のほとんどが目指すポストです」


 確かに。

 アッサカやヒジムに匹敵するような隠密はまだ育っていない。

 目指す所としては間違ってないのかもしれない。

 しかし……。


「隠密部隊に入る事は許そう。

 そなたは確かに隠密に向いてそうだ。

 だがミトラの側には近付けん。

 自らミトラの側にと言ったヤツは、顔一つ拝ませぬ事に決めている」


 あっさり断られウソンは苦笑した。

「余計な事を言ってしまいました」


「その通りだ。

 俺に嫌われたくなければ、ミトラに近付くな。

 その名を口にするな」


 脅しともとれる迫力にウソンはしばし黙る。


「肝に銘じましてございます」

 そして静かに頭を下げた。


「明日から隠密の訓練を受けるがいい。

 黒の団服を用意させよう。もう下がれ」


 命じられ、ウソンが部屋を出る。


 すっかり立ち去ったのを見届けてから、アショーカは控えの間に声をかけた。


「どうだ? 知っている顔ではなかったか?」


 控えの間から男が現れる。


「はい。残念ながら見知った顔ではありませんでした。

 天山山脈の遊牧民ならば、部族長とその長子の顔なら見た事があるはず。

 知らない男という事は、あの男の申す通りただの一部族民であるか、あるいは全く違う出自の男なのかもしれません」


 光沢のある衣装を着たチャン氏が答える。

 今日のうちに領地に戻るというチャン氏にウソンを確認させたかったのだ。


「ただ、言葉の訛りは似た部族がいます。

 北東に住む遊牧民ではあると思うのですが……」


「競技場でミトラの事をじっと見てたよ。

 目当てはミトラだね。間違いないよ」

 ヒジムが断定してアショーカが頷く。


「先程イスラーフィルが報告に来たが、今日だけで九人もの怪しき者を捕らえたようだ。

 その内ミトラにつけていた兄上の隠密が捕らえたのが六人。

 その他が俺と兄上の暗殺を謀ろうとしていたのに対し、ミトラの六人は全員誘拐を目的としていた」


「騎士団の隠密も三人捕らえてるよ。

 全員ミトラ狙いさ」


「毒殺を謀ったジュース売りを含めると十人に狙われていた事になる。

 ミトラに気付かれたのは一人だけだがな」


「ちょっと多すぎるね。

 しかもほとんどが捕えられたと同時に自害していて素性は分からない。

 プロの手口だよ」


「俺と兄上の弱みを握りたい者達だけでは、納得出来ぬ人数だ」


「僕達の知らない理由でミトラを手に入れたい者がいるという事だね」


 アショーカとヒジムの会話を聞いていたチャン氏が自信なさげに口を挟む。

「一つ思い出した事があるのですが。

 ミトラ殿と関係があるのかどうか……」


「申してみよ」


「ウソンから匈奴の名が出てきましたが、確かにこの所あちこちの部族を荒らしまくり、北方で今一番恐れられている部族なのですが、彼らの中に弥勒みろく信仰があると囁かれております」


「弥勒? 弥勒みろく菩薩ぼさつの事か?

 それは確か仏教の未来神の事ではなかったか?」


「はい。私もそのように理解しておりますが、なぜか彼らはその偶像を金髪翠眼の女神の像として描くのです」


「金髪翠眼だと?」

 おそよこの辺ではミトラしか見かけない外見だ。


「私は過去に匈奴が立ち去った後の洞窟に描かれた壁画を見た事があるのですが、金色の直毛に翠の目をした少女でした。

 身に着けた衣装は遊牧の民にもヒンドゥにも見かけない、白一色のギリシャ風のものでした」


 まさにミトラの容姿そのものだ。


「調べてみた方が良さそうだな」

「はい。私も今日の内にタキシラを出て領地に戻り、我が主君に伺いをたててみましょう」

 チャン氏は即座に応じた。


「そなたの主君か……。

 そちらも興味深いが」


 チャン氏は他の部族と違い、タキシラに従属というよりは同盟に近い関係だった。

 彼らには他に主君がいて、穀類のあまりとれない遊牧地との取引をチャン氏側から申し出てきた。

 そこには、もちろん彼らの主君の意向が含まれている。


「次の乾季にはお会い出来ましょう」


「うむ、楽しみにしている。

 気をつけて帰れ。

 領地まで騎士団の隠密を数人貸し出そう。

 ついでに匈奴を調べるなら使うがいい」


「ありがとうございます」


 チャン氏は恭しく頭を下げると、迎えに来たキョウと騎士団と共に部屋を辞した。


次話タイトルは「覆面剣士 ルジア」です

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