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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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24 ソグドの戦車①

 一行が競技場の方へ移動すると、待ち構えていた商人達が、二人の王子に武器を売り込むため声を上げる。

 しかしアショーカは一直線にソグドの戦車に向かった。


 膝をついて控えるソグドの横には四頭立ての重厚な戦車があった。


 大きな二つの車輪を両脇に、後ろが開いた木の箱のような乗り物になっている。

 枠を鉄で補強して、金属の車軸が馬の腹に革紐で固定されている。


 木箱は前部の真ん中が一段高くなっていて、馭者が馬を操るようになっているらしい。

 戦争になると指揮官が馭車の後ろに立って戦況を指揮したり、兵士がここから弓で射たりするのだ。


「うわあ! すごいね、これ!」

 感嘆の声を上げたのは珍しくトムデクだった。


「金属は全部、鉄で出来てるよ。

 しかも四頭の馬で引くなんてすごい速さが出るね」

 いつも静かに笑っているトムデクが子供のようにはしゃいでいる。


「トムデクは戦車の操縦が得意なのだ。

 タキシラの戦車部隊の隊長でもある」

 アショーカが耳打ちする。


「従来の物よりも遥かに頑丈に、安定したスピードが出るようになっております」

 ソグドが自信たっぷりに説明を加える。


「操縦も、より単純で自在に左右に曲がれるようになりました。

 走らせるだけなら素人でも運転出来ます。

 乗ってみますか?」


 ミトラとアショーカとスシーマがソグドと共に乗り込む。


 トムデクと側近達は感心して頑丈な車輪と車軸を覗き込んでいる。


 馭者台の前の手すりには四本の手綱が掛けられていた。

 この手綱も従来よりもしなやかで丈夫そうだ。

 スシーマとアショーカは手にとって、しきりに感心する。

 ミトラも一本持とうとして手を伸ばすが、なにぶん背が低く届かない。


「馭者の台座に乗れば届きますよ」

 ソグドの言葉を受け、アショーカがひょいとミトラを台座に乗せてくれた。


「うわあ! これを引けば馬が動くのか?」

 ミトラは台座に立って手綱を持つ。


 台座に乗ると、ちょうどアショーカとスシーマと同じ目線になった。

 その視野の広さに驚く。


「一番右の馬の手綱を引けば右に曲がり、左の手綱を引けば左に曲がります。

 四頭立てなのでスピードが出ていても安定して曲がる事が出来ます」


「なるほど。旋回しても力が分散されるゆえ安定するのだな」


「はい。何より地面に少々の起伏があっても簡単にはひっくり返りません。

 それを証明するため、あちらに土を盛って山にしています。

 後ほどトムデク殿にでも乗って頂いてお見せ致しましょう」

 見ると競技場の先に土が盛られていた。


「少し動かしてみるか? ミトラ」

 アショーカの言葉にソグドが驚いた。


「お姫様が動かすので?

 その細腕では手綱が捌けないでしょう。

 四本同時に鞭打たねば馬は動きませんよ」


 最初の一撃が出来ないだろう。

 男でもトムデクのような大男でなければ四本の手綱をうまく振り下ろす事など出来ない。


 みんなそう思っていた。


「私が動かしていいのか?」

「ああ、いいぞ。やってみろ」


 きっと腑抜けた一撃で、馬に冷ややかな目で見られるだけだ。

 それを笑ってやろうと思っていた。


 しかしアショーカはミトラがシェイハンでは毎日馬で遠乗りに出ていた事を忘れていた。

 いや、覚えていても誰かの前に乗せてもらっていたのだと思っていた。


 ミトラは四本の手綱を手にとると、勢い良く振り上げた。

 力が無いがゆえに一番効率よく、馬が痛がらないように鞭打つ方法は身についている。


 ビシリっ!

 と見事に四頭の馬に鞭が届く。


 ヒヒーンといなないて四頭の馬が飛び跳ねた。

 乗っていた三人の男達ばかりか、周りで車軸を覗いていた側近達も驚いて両脇に避ける。

 その目前を戦車は勢いよく走り出した。


「な、な……!」

 戦車の中の男達は驚いて鉄製のへりを掴む。

 そしてまさかとミトラを見上げる。


 ミトラだけが皆の動揺に気付かず、満足気に手綱を握ってはしゃいでいる。


「な、なんでお前は余計な事だけ巧いのだ!」


「結構スピードが出てるぞ。

 止まれ! 止まるのだミトラ!」

 普段冷静なスシーマですら、蒼白になって叫ぶ。


「え?」

 振り向いたミトラのヴェールに風が吹きぬけ、ヒジムに借りたハンカチがスッポリと頭上に舞い上がる。


「あ、ヒジムのハンカチが!」

 ミトラは慌てて手綱を離し、ハンカチを両手で掴んだ。


「うわあああああ!」

「手綱を離すなあああ!!」


 アショーカとスシーマが体を乗り出し、悲壮な顔で飛んでいく手綱をはしっ! と両脇から掴んだ。

 ソグドは戦車のへりに掴まって、ひたすら青ざめている。


「馬鹿もんっっ!

 馭者のくせに手綱を離すバカがどこにいるのだ!」

 たまらずアショーカがミトラを怒鳴りつける。


「ひゃっ!」

 耳元で怒鳴られミトラは耳を塞ぐ。


「アショーカ……。

 怒鳴ってる場合ではない。

 土で盛られた山だ」


 青ざめたまま前方を凝視するスシーマの前には、ソグドがわざわざ盛っておいた小高い山が見えていた。


次話タイトルは「ソグドの戦車②」です

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