22 ヴァイシャ 品評会
剣技の競技場はそのまま武器品評会の会場になった。
商人達が次々、弓や剣を並べ、馬具や象に乗せる輿などを持ち込む者もあった。
織物や宝飾、食べ物などは競技場から宮殿正門にかけて所狭しと並び、バザールのような賑わいを見せていた。
多くの貴族が行き交う中、アショーカとスシーマの一行は、多くの衛兵が適度な空間を保って囲み、人払いをしてからようやく品に近付く警戒ぶりだった。
貴族の娘達が二人に話しかける機会を覗うように遠巻きに見ているが近付けない。
そんな中で女一人で囲いの中にいると、刺すような視線で体に穴が空きそうだった。
「マチン、来たか」
人ごみの奥からマチンが現れた時は、女達の視線がようやくミトラから離れてくれたのでほっとした。
マチンは前に見た時よりも更にふくよかになった体でニコニコと衛兵を掻き分けアショーカの元にひざまづいた。
「挨拶はよい。待っていたのだ。
菓子の味見をしてくれ」
アショーカは早速、もみ手をして待つ菓子職人のところへ一行を導いた。
「ミトラ、どれが食べたい?」
様々な果実の砂糖漬けが並ぶ前でアショーカが尋ねる。
ミトラは珍しい果実の数々に目を輝かせた。
「これは? 見た事のない果物だな」
ミトラは赤黒い中指のような形の物を指す。
「ああ、これは先王の時代にエジプトから持ち帰り栽培しているタマリンドの果実だ。
タキシラより南の地域で獲れると思ったが……」
「はい。よくご存知でいらっしゃいます。
これはウッジャインより南の農村で砂糖漬けにして取り寄せた物でございます」
商人は片膝をつき恭しく頭を下げた。
「ハヌマーンの大好物だ」
覗き込むスシーマの言葉にミトラの声が弾む。
「ハヌマーンの?
ここに連れてきてやれば良かったな。
きっと喜ぶだろうに」
アショーカは果肉を少しちぎってマチンに渡す。
マチンはクンと匂ってから、もくもくと幸せそうに口に頬張った。
「どうだ? うまいか?」
「はい。よく肥えた果肉に絶妙な砂糖の漬け具合、一級品でございます」
「そうか。よし、食えミトラ」
ミトラはヴェールの端を上げて果肉を受け取ると、少し固い果肉を噛みしめる。
ジワリと口に広がる酸味と甘みがちょうどいい。
「美味しい。初めて食べた味だ」
「こっちのマンゴとマートゥルンガの実もうまいぞ。
マチン食べよ」
アショーカは次々実をちぎってはマチンに食べさせ、ミトラに渡す。
「アショーカとスシーマ殿は食べないのか?」
二人の女に食べさせるだけで、自分は食べようとしない二人の王子を見る。
「甘い物はあまり好きじゃない。
これは女の食いもんだな」
「私も悪いが砂糖菓子は苦手なのだ」
こんな美味しい物を食べられないとは気の毒なと思いながら、ミトラは二人の側近達やアッサカにも勧めてみた。
サヒンダとアッサカは同じく苦手なようだが、トムデクとヒジムとナーガは気に入ってパクパク食べている。
「商人、宮殿への出入りを許そう。
サヒンダ、名前と取引商品を……そうだな、マンゴとタマリンドを仕入れよう。
手続きがあるゆえ、この後残れ」
アショーカの言葉に商人は嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
次は米を甘辛く焼いた平団子だった。
これは更に絶品で、アショーカやスシーマも絶賛して気に入られた。
残念な味の物も時折あったが、ミトラが気に入った物はすべて仕入れる事になった。
織物や食器はどれも豪華で、同じようにしか見えないミトラの代わりにヒジムが良い職人を選んでいった。
宮殿の出入りを認められた者の品の周りにはアショーカ一行が通り過ぎた後、長蛇の列が出来て大盛況になった。
その影響力の大きさにミトラは自分の言葉の重みに気付く。
自分がいいと言えば、アショーカは認め、取り立てる。
そうすれば飛ぶように売れる。
逆に気に入らないと言えば、商品は売れず路頭に迷う事だってあるのだ。
自分は正しく評価してるだろうか。
質素だ倹約だと、いい品を作る者達を認め取り立てる目さえ瞑っているのではないのか。
国を治める者として自分はもっと確かな目を育てなければならない。
広い世界に目が開いたような気がした。
一回りして残り僅かになった所で、ジュースを並べる職人が待っていた。
やしの実の器に色鮮やかなジュースがたっぷり入っている。
「野菜と果物をすり潰したジュースです。
食の細い方には一杯飲めば効率よく体を保てるように配合しています。
どうぞどうぞ」
待ち構えていたように職人がミトラにジュースを手渡す。
アショーカとスシーマはまだ隣りのパピルス売りの職人と話し込んでいる。
「これは?」
手渡されたのは真っ赤な毒々しい色のジュースだった。
「石榴でございます。
それに栄養豊かな様々な野菜を混ぜてございます。
とても飲みやすいですよ。
どうぞ飲んでみて下さい」
「ありがとう」
人当たりのいい職人に勧められるまま、ミトラは、やしの器に口をつけた。
「お待ち下さいっっ!」
しかし突然の叫び声と共に、やしの器を奪い取られた。
なみなみ注がれていた真っ赤なジュースが飛び散る。
見ると、やしの器を抱えたマチンが、サリーを真っ赤に染めて地面にうずくまっていた。
次話タイトルは「女官 マチン」です




