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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
87/222

21  剣士ウソン

「ウソン?」


 初めて見る顔だ。


 背が高く、細身で敏捷そうだ。

 肌の色は黄色がかっていて、さっきのチャン氏と似た顔立ちだった。

 黒髪は短く刈り込まれ、細い切れ長の碧目をしている。


「タキシラに来てから騎士団に志願してきた男だ。

 北の遊牧の民だったみたいだね。

 剣もうまいけど、馬の方がもっと得意らしいよ」


「遊牧の民……」


 部族長会議でも思ったが、このタキシラは遊牧民の数が多い。

 貢納品の内容から見て、みな少数で放牧をしながら草地を移動して生計をたててるらしい。

 遊牧民同士、武力による抗争が絶えぬらしく、男達はみな鍛えられた体格をしていた。


 だがスキタイ系と呼ばれていた西方の遊牧民が熊のような大男なのに対し、チャン氏やこのウソンという男は背は高いがみな細身だ。


 しかし弱そうには見えなかった。

 均整のとれた質のいい筋肉は、むしろ大男よりも武道に優れている。

 それはアショーカを見て、ミトラも充分に理解していた。


「クシャトリアも決着がついたみたいだね」


 隣りの試合場でも剣を掲げる男がいた。

 こちらはどこかの貴族の出らしい、質のいい衣装を身に着けた白肌の男だ。


 ヴァイシャの試合もいつの間にか終わっていた。

 その横でシュードラの試合だけが、まだ数試合残っているようだ。

 千人もの募集から予選で絞り込んだと言っても、やはり数が多い。


「おい、トムデク、隣りの空いた競技場で試合をさせろ。

 今日中に終わらぬ」

 アショーカが命じて、トムデクが指示をしに走っていった。

 ようやく行列を成していた貴族達の挨拶は終わったらしい。


 四つの競技場を使ってシュードラの試合が続く。

 みなボロのような服を纏っていて、剣技も自己流の滅茶苦茶だが、一番白熱している。

 無理もない。

 ここで勝って衛兵に取り立ててもらえば、身分を越えた出世の道があるのだ。

 前太守の時にはありえなかった立身の可能性があるのだ。


「ほう……」

 アショーカはもうミトラへの怒りも忘れて、熱心にシュードラの試合を見ていた。

 剣使いはひどいが、その分伸びしろの多い連中ばかりだ。

 何より意地でも上に上がろうという意欲が好ましい。


 そんな中で一人精錬された剣使いの男がいた。

 これといって目立つ体型ではないが、生成りのターバンを巻いて鼻から下もマスクのようなもので覆っているため、顔は分からない。


 衣装もシュードラにしては質のいい生成りの上下を身に着け、手先足先までぴったりと覆っている。

 全身が衣装で覆われているため、身体的特徴はさっぱり分からないが、少なくとも剣技については基礎を誰かに教わったに違いない確かさがあった。


 教科書通りのような生真面目な剣は、自分の一周りも二周りも大きな男達を次々に倒していく。

 アショーカの目はその男に注がれているようだ。


「シュードラの中に珍しく手錬れがいるね。

 でもあの男……」

 ヒジムはふと考え込んだ。


「どうかしたのか?」


「いや、なんでもない……」

 そうは言ったが、ヒジムは何やら納得のいかない顔をしている。


 やがてその覆面男が優勝して決着がついた。


「よし、優勝者に褒美を与えよう」

 アショーカが立ち上がる。


「サヒンダ、クシャトリアの上位八名、ヴァイシャの上位四名は衛兵に召し抱える。

 それからシュードラの上位五十名は騎士団への入団を許可する。

 名簿を作成し、素性を確かめよ。

 ただし各優勝者については、俺が直接面談して配置を決めるゆえ、その限りではない。  

 すぐに手配せよ」


「は。畏まりました」

 サヒンダが拝礼して、すぐさま走っていった。


「サヒンダ……。いたのだな」


 最近サヒンダの陰が薄い。

 前はいちいち小言を言いにきてたのにそれも無くなった。


 ヒジムがくくっと笑う。


「サヒンダは、もうミトラには近付かないって宣言してたからね。

 アショーカの留守中のあれこれで懲りたらしいよ」


「そうなのか……」


 道理で最近見かけないと思った。

 避けられてたのだ。


「一番こたえたのがミトラが足を怪我して、抱き上げて部屋まで運んだだろ?

 それをアショーカが知ってたのがショックだったみたいだよ」


「え? どうして知ってたのだ?

 誰かが言ったのか?」


「あー、うん、まあそんな感じ?」


 カピラ大聖の術により、ミトラの目になってずっと見ていた事は三人の側近とラーダグプタしか知らない事だ。

 ミトラの入浴を覗いていたなどとは言えるはずもない。


「ミトラっ!」

 突然名前を呼ばれてミトラは飛び上がった。


 トムデクを従え、アショーカが褒賞を与えに貴賓席を辞そうとしていた。


「褒賞を授与したら戻ってくる。

 品評会に連れて行ってやるから、ここで待ってろ!」


 怒らせてしまったから、もうその話は無しになったかと思っていた。

「本当に? いいのか?」


「さっき約束しただろう。

 俺は言った事は必ず実行する。

 ヒジムとアッサカと共に大人しく待ってろ。

 いいな?」


「は、はいっ!」

 弾んだ声にアショーカは少し機嫌を直して、ふ……と微笑んだ。

 そして忙しく立ち去っていった。


「良かったね、ミトラ」

 ヒジムは次の波乱を期待してにやにやしていたが、ふと刺すような視線に気付いて、競技場に目を向ける。


(ウソン……)


 騎士団で優勝したウソンが、表彰台に立ってじっとこちらを見ている。

 その青い視線の行方がミトラに向かっていると気付いて、笑顔を消す。


胡散うさん臭い野郎だ…)


 同じように気付いているアッサカに目配せをして警戒するように頷き合った。


次話タイトルは「ヴァイシャ品評会」です

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