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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
86/222

20  サカ族部族長 チャン氏

 競技場では次々に試合が進んでいた。


 スシーマとアショーカは挨拶に来るタキシラの貴族達の応対に忙しそうだ。

 年頃の娘がいる貴族は、みな煌びやかなサリーと宝飾で着飾った娘を連れて、二人に引き合わせていく。

 しばらくは挨拶の娘の行列が出来るほどだった。


 娘達は頭からヴェールを被っているが、目だけは覆っていない。

 唯一アピール出来る目の縁を色墨で綺麗に縁取って、金粉を散らしている者までいた。


 そしてみんなスシーマの隣りでちゃっかり座っている、子供のように貧弱な胸のミトラを見下すように見ていく。

 ミトラは居心地が悪くなってうつむいた。


 すると珍しくミトラの前で片膝をつく貴族がいた。

 光沢のある緑に染まる絹に、蔦の刺繍の合わせ衿を高い位置で交差させ、ヒンドゥよりも幅広の帯と丈の長い上衣。

 近くで見ると、なお見事な衣装だ。


「何度かお姿を拝見していましたが、お声をかけさせて頂くのは初めてでございます」

 長い黒髪を後ろでゆったりと結んでいる。


「あなたは……」

 部族長の一人チャン氏だ。


「北方のパミール高原のむこうに国を持ちますチャンと申します」

 黄色がかった肌に切れ長の黒い瞳。

 五十前後だろうか。


「パミール高原……。

 ヒンドゥクシュの北に広がる草原の地と聞いた事があるが……」

 様々な人種の遊牧の民が行き交い、その全体はその地で暮らす者達ですら分からないと聞く。


「その通りでございます。

 ヒンドゥよりも気温が冷たく、この時期は雪も積もっております」


「雪……。

 山の上を白く色付けているものだな。

 雨が形を成したものだとか……」


「ミトラ殿は見た事がございませんかな?

 寒さは厳しいですが、雪がチラチラ舞う様はなかなか美しいものです」


「舞うのですか?

 見てみたいですね……」

 夢見るように呟くミトラにチャン氏はにこりと微笑んだ。


 隙の無い所作の男だが、気性は穏やかな人物のようだ。


「機会がございますれば、是非お越し下さい。

 テント暮らしゆえ不便もありますが、草原に上る朝焼けなどは一興の景色です」


「行ってみたいです。

 しかし遊牧の民は獣の皮を着ると聞きましたが、あなたの衣装は見た事のない優美な織物ですね」


「部族の者は獣の皮を着ます。

 これは中華より取り寄せた織物で、王家の正装です」


「中華……。

 噂には聞いていましたが、本当にそんな国があるのですか?」


「はい。アショーカ様も大変興味を持たれておりますが、我らの東の地には、このヒンドゥにも匹敵する巨大な王国がございます」


「ヒンドゥに匹敵するほどの?」

 ミトラは驚いた。

 そんな大国があるのか。


「その辺の事につきましては、我が息子が一番詳しいのです。

 あれは幼少の折、中華の一国に人質にとられておりましたゆえ」


「人質に? では暮らしておられたのか!」


 会ってみたい。


「我が次男坊ですが、次の乾季にはアショーカ様が創られる部族長の王子を集めたダッカなるものに入れる予定でございます。

 年もミトラ殿と同じぐらいかと。

 きっと会う機会もございますでしょう。

 その節はどうか好きに使って下さいませ」


 ミトラはもっといろんな話を聞きたかったが、チャン氏は一礼をして去っていった。


 アショーカ達はまだ貴族の娘達の対応に忙しそうだ。

 ミトラは仕方なく競技場を見た。


 向かって左端からシュードラ、ヴァイシャ、クシャトリアの順に試合場が設けられ、同時に行われている。そして一番右端にはアショーカの騎士団が試合をしていた。


「騎士団も試合をしているのか?」

 ミトラは側に控えるアッサカに尋ねた。


「はい。今まで五軍体制だったのですが、人数が増えたため十軍体制にする事になったのです。

 今日勝ち進んだ者は新たな軍の隊長になるようです」


 実際にはそう単純ではない。

 本当はもう一軍、隠密の精鋭部隊がある。

 そちらには黒黄のド派手な団服ではなく、黒一色の別の団服がある。

 外部には知られていないが、その立場は隊長よりも高い。

 騎士団の中の花形集団だ。

 この競技会でそちらの補充も行う事になっていて、どちらかというと皆そちらを目指して戦っている。


「アッサカは試合に出なくてよいのか?」

 ミトラの問いにヒジムが笑った。


「アッサカが出ちゃったら優勝しちゃうでしょ? 

 優勝目指して必至で鍛錬してきた他の者がかわいそうだよ」


「だったらアッサカも隊長になりたいんじゃないのか?」

 もしや自分の警護のためにアッサカは出世の道を閉ざされているのではないのかとミトラは心配した。


「いえ、私は今のままで……」言葉をにごす。


「ミトラの警護をするのは騎士団のトップだよ。

 そもそも伝説のシュードラだしね」


「ト、トップ?」


「アッサカは新入りだからと腰低くしてるつもりだろうけど、騎士団のみんなは、アッサカに声をかけられただけで震え上がってるよ。

 顔も一番怖いしね」

 アッサカは恐縮して顔を伏せる。


 アッサカは所属としては隠密に所属している。

 実際、必要な時には黒の団服でミトラの警護をする時もある。

 ただ隠密なのでミトラの目に触れぬだけだ。


 そしてヒジムは騎士団の隠密とタキシラの衛兵の隠密部隊の両方を配下にしている。

 騎士団達にとっては二人共、雲の上の憧れの存在なのだ。


 そしてその騎士団達の試合は、兵士になるべく育てられたクシャトリアの試合よりも、ずっと高度な戦いだった。

 それは素人のミトラですら分かるほどに、はっきりしていた。

 繰り出す剣の速さ、自在な動き、重なり合う剣の重い響き、どれもが段違いだった。


(アショーカが世界一強いと言うのは、はったりではないのだな)


 やがて剣が跳ね上がって、騎士団の試合の決着がついたようだ。


「ウソンが勝ったみたいだね。

 やっぱりあいつか」


 ヒジムの視線の先には、高らかに剣を掲げる騎士団の男が立っていた。



次話タイトルは「剣士 ウソン」です

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