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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
83/222

17  太守就任式典⑤

 

 騎士団や貴族からの歓声を受けながら祭儀殿を出たアショーカは、そのまま出口で待ち構える神象ガネーシャの横に立った。


 今日はガネーシャも金糸で編んだ帽子を被り、煌びやかな輿を乗せて飾り玉を垂らしている。


 居並ぶ象の中で、一番若く知性の瞳を持つガネーシャ。

 だが、その横にだけ乗降台がない。

 不手際かと大衆は不安を浮かべた。


「ガネーシャ、行くか」

 しかし、アショーカがその耳を一撫ぜすると、ガネーシャはパオオオオンと嘶いて、鼻を高々と上げた。

 そしてその鼻先でアショーカをすくいあげると、大衆の前に高く掲げてみせた。


「わあああああ!」

 驚いた大衆から大歓声が上がる。

 自在に操れる動物は、神獣の証。

 そして神獣を持つ者は大成すると言われていた。


 ガネーシャは、鼻に乗せたアショーカを勢いよく空に投げ上げた。アショーカの体が一回転して宙を舞う。

 大衆はひやりとしたが、アショーカは慣れたもので、トンとガネーシャの輿に飛び乗って、立ったまま大衆に手を振った。


 またしても「わああああ!」という大歓声が上がった。


 ガネーシャの両脇と後ろには、着飾った白馬に乗った側近三人が従う。


「こっちだ、ミトラ」


 紗幕の中に迎えに来たスシーマは、祭儀殿を出てアショーカの後に続く象に乗り込んだ。


「え? 私も乗っていいのですか?」


「当たり前だ。ここが一番安全なのだ」

 スシーマは自分の象の輿にミトラを乗せた。


 確かに白馬の衛兵に挟まれ、大弓の矢ですら届かないだろうが、こんな派手な場所に自分ごときが陣取っていいものなのか。

 ラーダグプタですら象ではなく馬に乗って後ろに控えている。



 そんな不安をよそにパレードの行列が動き始めた。


 先導の白馬の行列に続いて象の行列。

 それから王子二人の象が現れると、王子の名前を口々に叫ぶ女達の黄色い声が耳に響いた。


「アショーカ様! きゃあ、こっちを見たわ」

「スシーマ皇太子様!

 きゃああ、なんて素敵なのかしら!」

「アショーカ様! こっちも見て下さい!」

「スシーマ様笑って!」

「アショーカ様、頭の羽飾りを受け取って下さい。

 寝ずに作りました!」


 贈り物の数々は一番外側を歩く衛兵が受け取り、後でまとめて届けられる。


「ありがとう」

 アショーカは気付いて笑顔を向ける。


 それを見て村娘はきゃあああ! と金切り声を上げて飛び跳ねた。


 スシーマにも贈り物を手に娘達が押し寄せる。


 ミトラは宮殿の中にいて知らなかったが、外ではこの若い王子二人のパレードを心待ちにしていた娘達が大勢いたようだ。

 なんという人気だろう。

 圧倒されるミトラにスシーマが笑った。


「私は椅子に座って民に挨拶するが、そなたは輿の中で目立たぬようにしているといい」

「も、もちろんです。侍女のふりをしています」

 ミトラは輿の中に身を沈めた。


「はは。そこまでせずとも良い。

 私やアショーカの妻がいれば、共に乗っていたはずだ」


 ミトラは青ざめる。

「な、尚更場違いなのでは……」


 そして人質にとられているというアショーカの妻達を思った。

 アショーカを心の底から慕っていたカールヴァキーとデビは、きっと今日の晴れ舞台を見たかった事だろう。

 本来なら前を行くアショーカの輿に乗っていたであろう妻達を思うと、気の毒な気持ちと同時に、チクリと胸が痛んだ。


 民の祝いの歓声に手を振って答えるアショーカの、あの隣りに座る資格を持った女性達。

 ふいに無性に羨ましくなった。


 アショーカが遠い……。


 後ろに続くスシーマの輿から、そっと見つめるミトラに少しも気付いてはくれない。

 この祝いの日に、朝から一度も近付く事さえ出来ない。

 声をかける事も当然出来ない。


(ありがとうなんて私は言われた事がない。

 しかもあんな優しい笑顔で……)


 また胸が締め付けられる。

 そしてこの距離をひどく寂しく感じた。


「どうした、ミトラ?」

 椅子に座って大衆に手を振りながら、スシーマがミトラに声をかける。


「い、いえ。なぜか今日はアショーカを見るたび心が締め付けられるのです。

 胸が苦しくなるのはどうしてなのか……」


「……」


 胸を押さえ戸惑った様子のミトラを見て、スシーマは眉間のシワを深くする。

(まずいな……。封印が解けかかってるのか)


 本人は全然気付いてないようだが、肉親に対する情から恋慕の想いに向かいつつある。

 スシーマは初めて焦りを感じた。


 数多の女達が、自分が見つめるだけで熱に浮かされたように頬を染めるのに、なぜたった一人、手に入れたいと渇望するこの姫だけは自分を見ないのか。

 手を振る大衆の中に見える娘達も、自分の名を呼びこの目に映る事を懇願している。

 それなのに、この姫は同じ輿に乗りながら、前を行くアショーカばかりを見ている。


「ミトラ!」


 急に強い声で名前を呼ばれミトラは振り向いた。


「こちらに来るのだ。

 そんな端にいたら、危険があっても守れぬ!」

 叱りつけるようなスシーマの声に、あわててミトラはスシーマの椅子の横に寄り添った。


「す、すみません。

 妻だと勘違いされたら申し訳ないと思ったのですが……」


「そう思われたならそれでも良い!

 私の側から離れるな!」


「わ、分かりました」

 いつも穏やかなスシーマの叱責にミトラは動揺している。


 スシーマは我ながら大人げないと苦笑した。


(何を焦って姫に八つ当たりしてるのだ私は……。

 情けない……)


 ポンとミトラの頭に優しく触れる。

「すまぬ。きつい言い方をした」


 不思議そうに見上げる翠の瞳が、ヴェールごしに眩しい。


(まだまだ勝負はこれからだ)

 スシーマは心の中で呟いた。



次話タイトルは「アショーカとミトラ①」です

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