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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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16  太守就任式典④

「かっこいい男だね……」


 カピラ大聖に向かってひれ伏したままの群衆の後ろで、柱を背にようやく開けた視界に、さっさと体を起こして呟く男がいた。


「いやあ、それにしてもすごいよ。

 マガダがこれほどの大国だとは知らなかったよ」

 隣りのイスラーフィルに囁く。


「何だよ、今更。

 先日の部族長会議で思い知ったんじゃなかったのか?」


 ようやくの事で親友に衛兵隊長の権限を使わせ、祭儀殿の隅に入り込んだクロノスだった。


「うん、まあね。部族の数に驚いた。

 あの若い王子に束ねられるのかと危ぶんだけど、あのパフォーマンスには驚いたね。

 かっこいいったらないよ。

 君が惚れこむのも分かる。

 あの王子は大勢の前に立てば立つほど、その真価が現れるんだね。

 理解したよ」


「じゃあ何点だ?」


「六十点から百二十点かな」


「なんだそれ? 百点越えもあるのか?

 だいたい、それだけべた褒めしといて、なんで六十に下がってるんだよ」


「いや、凄いのは認めるよ。

 ただし今、この場で捕えろと言われたら僕でも出来そうだ」


「バカ言うな。

 俺ですら歯が立たないほどの剣の使い手だぞ」


「簡単さ。

 我が聖大師様をとっ捕まえてきて、刃物を突き立て、逆らえば命を奪うと言えば、赤子同然に言いなりになるね」


「ば! なんて事を言いやがる」

 イスラーフィルが蒼白になって叫んだ。


「はは本当にはしないよ。

 でも、そう考える男がいれば簡単だって事さ。

 つまり弱点が、ばればれ過ぎるんだよ。

 そのマイナス分だ」


「ミトラ様が弱点だということか」


「間違いないでしょ。

 我が聖大師様は、あの王子の強大な権力に守られる代わりに、王子を狙う刺客の標的にもなる。

 リスクの方が大きいかもね。困ったもんだよ」


 実際には、そこまで簡単にミトラ様をとっ捕まえる事など出来ない。

 イスラーフィルは心の中で思った。


 衛兵隊長になって初めて知った事だが、マガダの軍隊はよく訓練され確かに優秀だが、最も優秀な兵士は要人警護の隠密部隊に配備される。

 今日のような表舞台には決して姿を見せないが、その能力の高さは他国に比類ない。


 側近のヒジムの直属となる彼らは、平素は文字通り要人の警護にあたっている。

 そしてまだ編成されて間もないタキシラの部隊よりも、さらに最精鋭のマガダの隠密をスシーマ皇太子が連れてきている。


 本来ならば、皇太子スシーマ、アショーカ、ラーダグプタの順に優秀な人材が三人ずつ、姿無く警護しているはずなのだが、全員の希望により、最精鋭の隠密は今、ミトラに配備されている。

 ミトラ本人は気付きもしていないだろうが、万一刺客が現れたなら、ミトラの視界に入る前に抹殺されるだろう。


 だがもちろんそんな事は親友のクロノスにさえ教えられない機密事項だ。

 マガダの本当の強さは、この隠密部隊の暗躍に拠る所が大きい。


 目に見える以上に強大なのだ。

 そして今日太守となるアショーカ王子。

 この強大な王子が本気になれば、西国の国々もマガダの傘下に下る日が近いかもしれない。

 わが母国シリアさえも……。


 もちろんこの王子が本気でそれを望めばの話だが……。

 イスラーフィルは複雑な思いで、壇上に上がるアショーカ王子を見つめた。



 男泣きする騎士団達に見送られ、アショーカは壇上への階段をゆっくり上る。


 死角に入って一瞬姿を見失ったミトラは、壇上にゆっくり現れるアショーカの姿に胸がきゅんと締め付けられた。


 はっきりと視界に入ったアショーカの自信に満ちた涼やかな目に……

 白装束に引き締まる均整のとれた立ち居姿に……

 鼓動が早くなる。


 こみ上げる訳の分からない感動が口から飛び出しそうで、思わず両手で口を押さえた。


「ご気分がお悪いのですか?」

 アッサカが心配気に声をかける。


「気分が……悪い?

 そうかもしれぬ。

 でも、大丈夫だ。すぐ収まる」


 今、式典を抜けるなんて絶対嫌だ。

 アショーカが無事太守に就任するのを見届けたい。


 アショーカはスシーマの前まで来ると、すっと片膝をついて拝礼の姿勢をとった。


 ミトラはドキリとする。


 何だというのだろう。

 アショーカが動くたび、いちいちミトラの鼓動が早くなる。

 伏せた睫毛一つにドキドキする。


「マガダ国、偉大なるビンドゥサーラ王が第二王子アショーカ。

 今日の日をもって、そなたに大都市タキシラの太守を命ずる。

 マガダ国への忠誠を忘れる事なく、これをよく治めよ」


 スシーマが告げるとアショーカが伏せた視線を勝気に見上げる。


「謹んでお受け致します」


 答えた途端、割れるような歓声が大広間を「わああああ!」と包み込んだ。


 スシーマは脇に控える文官が捧げる、金糸を幾重にも編んだたすきを受け取ると、アショーカの肩から斜めにかけた。


 続いてカピラ大聖が進み出て、杖の先端をアショーカの頭に触れ、マントラを唱える。


「あ……」

 ミトラはそのマントラの響きに背筋がゾクリとした。


(すごい。真言だ。

 言葉に神の力が宿っている。

 これが本物のバラモン……)


 神に仕える者だけが分かる真実の力。

 背筋がゾクゾクする。


「大丈夫ですか? ミトラ様」

 さっきから口を覆ったり、胸を押さえたり、身震いするミトラにアッサカがもう一度声をかけた。


「だ、大丈夫。いろんな事に感動しているだけだ」


 そうなのだ。……と納得した。


 自分の中に芽生えた訳の分からない感情は、きっとこの壮大な式典に感動しているからだ。

 そしてカピラ大聖という偉大なバラモンの存在が自分に影響を与えているのだ。

 だからアショーカを見てこんなにドキドキするのだ。


 眩しくて眩しくて、心が震えるのだ。


 格式ばった様々な儀式を終え、最後にスシーマが叫ぶ。


「マガダの皇太子スシーマが宣言する。

 今ここにタキシラの新しい太守が誕生した。

 この地に栄えあれ!」


 アショーカが大衆に向かい右手を上げる。


 わあああああという歓声がいつまでもいつまでも大広間にこだました。


次話タイトルは「太守就任式典⑤」です

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