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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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14  太守就任式典②

 タキシラの宮殿の真ん中から張り出すように吹き抜けの祭儀殿がある。


 正門からの花道の真っ直ぐ正面に、広間に並ぶ木柱きばしらが目に入る。

 祭儀殿の周りはすでに式典に集まった煌びやかな貴族達でごった返していた。


 しかし宮殿に住むミトラ達は反対側の入り口から混雑を避けて入場する事が出来た。

 漆を塗った光沢のある柱で等間隔に支えられた祭儀殿は、宮殿の三階分の高さの天井と軽く千人は入れそうな広さがある。


 宮殿側から長い階段を上ると、そこはもう紗幕に囲まれた貴賓席につながっていた。

 紗幕のぐるりを衛兵達が取り囲み、厳重な警備の中に分厚いクッションの敷き詰められた貴賓席があった。


 先日会った部族長の姿がチラホラ見える。

 一番上座にはラーダグプタの姿が見えた。

 その横にはタキシラ開城の時に会った、エランとアキムの姿もある。


 前列をズラリと年配のタキシラ顧問官達が占める。

 その後ろにバラモン司祭や仏教や拝火教などの聖職者が占めているようだ。

 部族長達はその後ろの二列に並ぶ。

 部族長会議で会ったチャン氏とキョウと呼ばれていた弁髪の男もいた。

 ミトラはその一番末席に座る事になった。


「スシーマ殿はどちらに座るのですか?」

 ミトラの席まで、アッサカとナーガ達側近と一緒に案内してくれたスシーマを見上げる。


「私の席はあそこだ」

 スシーマは紗幕の向こうを指差した。


 紗幕の向こう側の壇上の右寄りに金の彫り物で飾られた椅子が二つ置かれていた。


「王の勅命を代理で下すためにここにいるのだ。

 この式典の準主役だからな」


 事もなげに言うが、紗幕の向こうの仰々しい椅子を見ただけで緊張しそうだ。

 更に壇上の下に居並ぶ大勢の人の波を見て、ミトラは唖然とした。

 これほど大勢の人を見たのは初めてだった。


 真ん中を貫いて敷いてあるペルシャ仕様の絨毯の両脇は、広間の端まで人で溢れている。

 そして驚いた事に両脇の最前列は黒と黄色の縦縞模様が占めていた。


 アショーカの騎士団達が片膝をついて、ずらりと並んでいる。

「騎士団があんなに……」


「アショーカの騎士団はほとんどがクシャトリアの次男坊以下とシュードラの者達だ。

 本来ならこの祭儀殿に入れるような身分ではないのだがな。

 アショーカのたっての願いで警備の衛兵という事で入場を許した」


「一番身近でアショーカを支えてきた者達ですからね」


 タキシラの反乱鎮圧に向かう前日のアショーカを思い出す。

 自分の下に集う者達を守る地盤を築くため、タキシラを獲りに行くと言い切った。

 太守に就任する自分を一番見せてやりたい者達なのだ。


「会った事もないじいさん達よりも、心の底から祝ってくれる者達に見せないでどうする!

 ……と怒鳴りつけられた。気持ちはよく分かる。

 ただし我らが父上には内緒だな。

 こんな事を許したとばれたら私が罰を受ける。

 迷惑な話だ」


 そんな風に言いながら、きっとこの王子は奔走してくれるのだ。

 スシーマの公正さは生まれの良さだけではないだろう。

 きちんとした信念に裏づけされているような気がする。


「そろそろ始まるようだな。行かねばならぬ。

 アッサカと、私の衛兵を一人置いて行く。

 式典が終わって私が迎えにくるまでここを動かぬようにな」


 スシーマが前列の前を横切ると、顧問官達があわてて片膝をついて礼をとった。

 美しさと威厳で、存在感の塊のような皇太子は、右手を上げ鷹揚に応じる。

 そのスシーマが、隅に立つ小柄な老人に気付いて膝を折る。

 合掌をして頭を下げた。


(カピラ大聖……)

 いつの間にか控えていたらしい。


 貴賓達は皇太子が膝を折る貧相な老人にざわめいた。

 今日はいくぶん清潔なキトンを巻きつけているとはいえ、居並ぶ貴族達に比べると質素極まりない。

 どこから迷い込んだ老人かと追い払おうとしていた者さえいたのだ。

 この老人が何者か知らぬ者がほとんどだった。

 誰だ誰だと小声で囁く声がこだまする中で始まりのドーラが鳴り響いた。


 一瞬わっと歓声が上がってから、すぐに静寂が広まった。


 ミトラは指先で二重のヴェールの一箇所に穴を開け、目を凝らす。

 紗幕で遮られてはいるが、さっきまでよりずっと視界が開いた。


「これより偉大なるマウリヤ朝の都市、タキシラ太守就任式典を開催致します」

 進行役の文官が声を張り上げる。


「本日は偉大なるマガダのビンドゥサーラ大王様の代理として皇太子スシーマ様がおいで下さいました。

 みなの者、拝礼!」

 掛け声とともにザッと壇の下の人々が片膝をつき右手を胸に当てる。

 紗幕の中の人々も片膝をつき拝礼する。

 ミトラもあわててみんなに倣った。


 スシーマが紗幕を出てゆっくりと壇上を進むと、どこからともなくほうっというため息が漏れる。

 人々に注目され、かしづかれるべくして生まれた人だと思った。

 どの仕草も切り取って壁画に残したいぐらいに美しい。


「みな、此度はよく集ってくれた。

 このめでたき日を共に祝う事が出来る事を嬉しく思う。

 前太守が行った非道の数々は、我が偉大なるビンドゥサーラ王の耳に入る前にもみ消され、多くの民を苦しめる事となり、慈悲深き王は大変心痛められた」


 もちろん嘘だ。


 あのビンドゥサーラ王が民のために心痛めたりするはずがない。

 しかも前太守の非道は常に間者より報告を受けていたはずだ。

 しかし、この美しい王子に迷いなく告げられると、信じたくなるのが不思議だ。


「だが心広きタキシラの民達は新太守の就任に、このように祝いに駆けつけてくれた。

 父王に代わり感謝致す」


 スシーマの言葉にうおおおおっと観衆から歓声が上がる。


「今回太守に就任するは、私の一番優秀な弟王子だ。

 すでにその手腕を聞き知っている者もいるだろうが、必ずやこのタキシラを平和に、豊かに治めてくれるものと信じている」


 わああああっとまた歓声が上がる。

 大広間がスシーマの言葉で一体になっている。

 やはり凄い人だとミトラは思った。


「さらに喜ばしき事を発表する。

 此度の就任を見届けるバラモン司祭として、偉大なる方がおいで下さった」


 大衆がざわつく。


 バラモン達の間では囁かれていたが、まだカピラ大聖の事は知らない者がほとんどだった。


「しかも驚くべき事に、このタキシラの祭司大官を引き受けて下さる事となった。

 みな最上の拝礼をもって迎えるがいい。

 千年の時を見つめ続けて来られた、伝説の聖仙。

 カピラ大聖様だ!」



次話タイトルは「太守就任式典③」です

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