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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
78/222

12  ラピスラズリの額飾り

 部屋に戻ったミトラをソルが待ち構えていた。


 すっかり落ち込んでいるミトラとは裏腹に、晴れ晴れしい笑顔だ。

「ミトラ様! 今度の太守就任式で着る衣装が届いておりますよ。

 見て下さい。とても素敵なんです。

 さすがスシーマ様ですわ。なんて趣味がいいのかしら」


 太守就任式はみな正装らしく、シェイハンで衣装をすべて焼かれてしまったミトラの為に、スシーマがパータリプトラで準備してくれたと聞いた。

 後から荷車で届くと言っていたのが到着したのだろう。


「他にも普段に着るサリーなど、素敵な服がたくさん届いてます。

 衣装に合わせた飾りの宝飾も派手過ぎず品のいい物ばかりですわ」


 ソルの言葉に、ミトラは部屋に広がる衣装と宝飾に目を見開く。

 床一面が埋まるほどの数だ。


「ずっと若い姫様にしては質素過ぎると思ってました。

 純白の巫女装束二着だけなんて、アショーカ様はなんてケチなのかしらって思ってたのですわ。

 本当にあの方ときたら、無骨で気が効かないんですもの」


 ミトラはため息をつく。


「アショーカはこの城に入った時、この倍の衣装と宝飾を届けてきた。

 私はすべて返して、シェイハンの衣装だけを二着仕立ててくれと頼んだのだ」


「えっ、まあ! どうしてですか?」

 ソルは驚いた。


「必要ないからだ。この衣装もスシーマ殿にお返しする。

 いや、太守就任式の正装とヴェールがあれば、それは有り難く頂戴する事にしよう。

 ヴェールが一枚破れたのだ」


「ヴェールならこちらにたくさん……。

 でも……他は返してしまうのですか? 勿体ない。

 他の姫様なら大喜びで受け取りますのに……」

 ソルは残念そうに衣装を見やる。


「着せ甲斐がなくてすまぬな、ソル。

 でも私は今日の部族会議に出てみてよく分かったのだ。

 私は女であってはならない。

 私はシェイハンを束ねる者として、着飾るよりももっともっとやらねばならぬ事がある」


 ミトラは女ならば誰もが目を輝かせるような美しい衣装を見ても、少しも心躍らなかった。

 ただただ先程の会議での自分の不甲斐なさが悔しかった。


「まあ! なんて事をおっしゃるのですか!

 そのような麗しい容姿を持ちながら、女を捨てるおつもりですか?

 そんな事、世の男達が許すはずがございませんわ。

 どうか考え直して下さいませ。

 そもそも部族会議なんて不調法な男ばかりの所に、ミトラ様のようなか弱き姫を出席させるなんて信じられませんわ。

 アショーカ様は何を考えておられるのかしら」


「頼んだのは私だ。これからも出たい。

 だからヴェールは必要だ。

 それから大きな声が出る練習もする」


「ミトラ様! どうかおやめ下さい。

 誰もミトラ様にそんな事をして欲しいなんて思ってませんわ。

 政務は男達に任せるべきです。

 女性の地位が高いシェイハンでだって王妃様や王女様達が政治に口を出す事なんてありませんでしたわ」


「今までがそうだったからと言って、これからもそうであっていい訳ではない。

 過去の慣わしを守り続ける事も大事かもしれぬが、永遠に変わらぬものなどないのだ。

 私はすでに聖大師として歩く道から大きく外れてしまった。

 私がこの先進む道は、もはや誰も歩いた事のない道。

 私が自分の手で作らねばならぬ道なのだ。

 そうであるなら、私は、アショーカやスシーマ殿のようになりたい。

 今はあの二人の足元にも及ばぬが、いつか少しでも近付いて、共に立てる者になりたい」


「ミトラ様……」





 アショーカはその言葉を扉の外で聞いていた。

 手にはシェイハンの細工師に作らせたラピスラズリの額飾りを握っている。

 ようやく満足の出来る仕上がりになった見事な宝飾を一刻も早く見せてやろうと、はやる気持ちを抑えて駆けつけた。


「部屋に入られなくてよろしいのですか?」

 壁にもたれたまま考え込むアショーカに、アッサカが声をかける。


「……」


 アショーカはラピスラズリを見つめる。

 世界中の女が頬を上気させて喜びそうな素晴らしい出来だ。

 でも、今手渡しても、ミトラは望むような笑顔をくれないだろう。


 こんな物を望んではいない。


 本当は分かっていたのだ。

 ミトラが何に一番喜ぶのか。

 あの姫が本当に望む物は何なのか。

 分かっていて遠ざけようとしていた。

 それを与えた後に負うだろう代償の大きさに足がすくむ。


 初めて恐怖を感じた。


 誰の目にも触れさせず、危険な物をすべて排除して、自分の手の中に囲っておきたかった。

 そうすれば、自分が安らかでいられるからだ。

 自分が満足出来るからだ。


 でもそれはミトラの幸せとは違う。


 自分が望むものは何なのか? 

 アショーカは自分の心に問うた。


 ミトラの幸せではないのか。

 ミトラに晴れやかに笑って欲しいのではないのか? 

 自分の満足のために安全な場所に囲っておく事が本当に正しいのか。


 決断しなければならない。


 しかし、この即断即決の男が珍しく迷っていた。


「出直すことにしよう……」

 アショーカはつぶやいて、元の道に戻っていった。



次話タイトルは「太守就任式典①」です

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