11 部族長会議⑤
「次年度の貢納品を読み上げる。
名前を呼ばれた各部族長は勅命の木簡を受け取って下がれ」
アショーカは木簡に書かれた内容を次々読み上げ、渡していく。
「ミンゴラ領主メディヤン殿。
米二万プラスタ。貨幣一万パナ。雌牛五十、奴隷百」
「はっ」
呼ばれた男は返事をして前に進み出ると、木簡をサヒンダから手渡され下がる。
「サカ系遊牧民チャン氏。
絹十巻、羊五十、馬二十」
「はっ」
さっき止めに入った中華の男だ。
高原や山地に住む遊牧民は米や貨幣で納めるのが難しい。
だからその地方の特産を納めるのだろう。
シェイハンはどうするのだろう。
ミトラは何も聞かされていない。
チラリとクロノスを見る。
それに気付いてクロノスは穏やかに頷く。
「シェイハンもすでに話し合いは済んでいます。
心配無用ですよ」
シェイハンが呼ばれた。
「米一万プラスタ。石工二百」
メルクリウスが返事をして取りに行く。
「太守はシェイハンの建築技術に大層関心を持っておられるようです。
このタキシラにシェイハンのような石造りの宮殿を建てるつもりのようですよ」
クロノスがそっと告げた。
知らなかった。
そんな事何も教えてくれなかった。
「最後にスキタイ系遊牧民族。
トハロイ族長トハラ殿、アシオイ族長アシド殿、前へ」
名前を呼ばれ、さっき騒動を起こした大男達がすごすごと前に出る。
「そなたらは数度の呼び出しにも応じず、話し合いのチャンスを逃したな。
よって勝手にこちらで取り決めた。
それぞれに軍馬百、国境警備の兵士二百を命ずる」
アショーカの言葉に二人は青ざめる。
「ぐ、軍馬百に兵士二百?
そ、そんなに出したら俺達の領地を守る者がいなくなる。
無茶だ。俺達は小さな集落なんだ」
「嘘をつけ。
そなたらが報告している人数より実数は何倍も多い事は分かっているぞ」
トハラはぐっと唾を飲み込んだ。
「これは決定事項だ。
交渉のチャンスはそなたらが自ら放棄した。
不服があるなら来年はこちらの呼び出しに素直に応じるんだな。
部族長の立場にあるなら、きちんとその責務を全うせよ。
さもなくば領民が不幸になるぞ」
トハラとアシドは蒼白にうつむく。
このままでは国に帰れないんだろう。
アショーカはふっと笑う。
「では一つだけ交渉のチャンスをやろう」
はっと二人は顔を上げる。
「そなたら息子はいるか?」
二人は怪訝にうなずく。
「何才だ?」
「十五と十二です」
「十三です」
「では息子を一人俺に預けよ。
その代わり兵士百人分値引きしてやる」
「息子を?」二人は更に蒼白になる。
「別に取って喰うわけじゃない。
きちんとした寝食も与えるぞ。
おまけにマガダの最高水準の教育を与えてやる」
「な……なにゆえ……」
「はっきり言おう。人質だ」
「バ、バカな……」二人は唖然として呟く。
「これは他国では当たり前にある政策の一つだ。
反乱の芽を摘むのに一番手っ取り早い。
俺自身もパータリプトラに我が妻と息子達を人質に置く事になった」
アショーカの言葉にミトラは驚く。
初耳だ。
ミカエル様の所にいたあの幸せそうな婦人達はビンドゥサーラ王の人質になるのか?
道理であっさり太守に任命された訳だ。
「ここにいる部族長の何人かも交渉の過程で息子を差し出す者が数人いる。
俺はその者達を集めダッカ(学校)をつくるつもりだ」
「ダッカ……?」
実際には反乱因子の強い部族にはわざと多くの税をふっかけて、人質を出さざるを得ない状況に追いやっている。
「すごいな……」
隣りでクロノスが呟くのが聞こえた。
ミトラの視線に気付いて微笑む。
「商談が得意というのは、はったりじゃないみたいですね。
恐ろしい王子だ」
クロノスは苦笑した顔で首を引っ込めた。
「無理強いはしない。そなたらが選べばよい。
だが、そう悪い話でもないぞ?
国を治める者には広い視野と帝王学が必要だ。
そなたらの土地にそれを教えられる者などいないだろう。
中にはわざわざ進んで息子を差し出した者もいるぞ。
このチャン氏のようにな」
トハラとアシドは青ざめた顔でチャン氏を見た。
チャン氏は穏やかに座している。
「さあ、早く決めよ。
次の議題に行かねばならぬ。
決める事は山ほどあるのだ」
アショーカに急かされ、二人は渋々息子を差し出す事を了承した。
その後は五日後の太守就任式について様々な取り決めをして会は散会した。
次話タイトルは「ラピスラズリの額飾り」です




