10 部族長会議④
声の聞こえないミトラに部族長たちのやじが飛ぶ。
ヴェールを取ろうか。
思い悩んで手をかけた所で、ヒジムの手が押しとどめた。
それと同時に背後からスシーマの声が響く。
「そこまでだ。みな、静まれ」
「女性の澄んだ声には、この広間は広すぎるようだ。
それにヴェールが邪魔をして声が通らぬようだな。
だが、しかしヴェールをつけるのは、この姫の意向ではなく、我らの意向だ。
取らせる訳にはいかぬ」
スシーマの声は、張り上げているわけでもないのに隅々までよく届いた。
「なぜなら、そなたらが思っている通り、月の女神のごとく美しさだからだ」
スシーマが告げると、「おおっ!」と男達から歓声が沸いた。
ミトラは大げさなスシーマの言葉に居たたまれなくなる。
実物を見たらがっかりするだろう。
もう怖くて絶対取れない。
「みなが女神に心を奪われ、会議に集中出来なくなると困るのでな」
スシーマが言うと、男達からどっと笑いが漏れた。
落ち着いた所でアショーカが次へ進める。
「……という訳で、シェイハンの部族長は若い姫ゆえ代理を立てる事になる。
部族長代理のメルクリウス殿と地方管理官代理のクロノス殿だ。
二人、挨拶をせよ」
二人はそつのない挨拶をし、ミトラ達は元の場所に下がった。
ミトラはつくづく自分の無力さを噛みしめる。
自分は挨拶すらまともに出来ないのだ。
みんなに守られ、助けられ、一人では何も出来ない。
思い知った。
アショーカもスシーマも凄い。
それに比べて自分はなんとちっぽけなのか。
女だから?
それだけだろうか?
それに甘えていていいのだろうか?
自分の不甲斐なさに心が掻き毟られる。
「落ち込んでんの? ミトラ」
ヒジムが小声で話しかける。
「ヒジム。そなたはここにいていいのか?
アショーカの側近は、みな壇上に上がっているぞ」
ずっとミトラの側に控えたままだ。
「ミトラの側につくために来たからね」
「わ、私ならもう大丈夫だ。挨拶もすんだ」
「僕もね、本来はこういう大勢の会合には出ないんだよ」
さらりと答える。
「え? そうなのか。なぜ?」
「ミトラには分かるでしょ?
ほら、僕ってその辺の女よりずっと美人でしょ?
目立っちゃうんだよね」
それはさっき一緒に歩いてみて分かった。
「この男社会ではどうしたって日陰の身なんだよ。
剣の腕ではここにいる男達誰にも負ける気はないんだけどね」
いつも明るいヒジムの背負う孤独を初めて見た気がする。
「まあ、だからって自分を不幸だとは思わないけどね。
僕にしか出来ない事も、僕にしかない立ち位置もあるんだからさ」
「立ち位置……」
ミトラから見れば立派に確立しているように見える。
きっと悩んで苦しんだ末に見つけた自分だけの立ち位置。
自分にもあるだろうか?
自分にしか出来ない、自分だけの立ち位置。
いや、見つけなければならない。
「私もがんばるよ、ヒジム。
女だからってアショーカ達に甘えてちゃダメだな」
決心したように言うミトラにヒジムは笑う。
「僕余計な事言っちゃったかな。
また怒られるから、アショーカには言わないでね」
議題は進み、次年度の貢納品の取り決めになった。
部族国がマガダに治める税金のようなものだ。
これは各部族長達が最も関心を持っている事だった。
今回の反乱で本来決めるべき時期よりずいぶん遅れている。
太守就任式を待っている時間がないゆえ、アショーカは各部族と個別に折衝していたのだ。
逆に言うと、すでに話し合いは済み、決定事項を告げるのみだ。
個別の呼び出しに応じなかった部族を除いては……。
次話タイトルは「部族長会議⑤」です




