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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
75/222

9  部族長会議③

 全員が席についたのをアショーカはゆっくりと見回した。


「会を始める前に、今日はマガダの皇太子殿下が出席下さる事になった。

 みな、控えよ」


 全員が床に手をつき、頭を下げる。

 ミトラもあわてて頭を下げた。


 スシーマが入り口からゆっくりと入ってくる。

 正装の絹織りの白い上下を着ている。

 肩から垂らしたマントを翻し歩く様は、天上世界の夢物語のように美しい。

 その後ろを蛇を頂くナーガと、年配の位の高そうな側近三人が従う。


 部族長達は、チラリとその様子を覗き見て、スシーマの麗しさに魅入られ、ついでナーガの頭の蛇に卒倒しそうになる。

 その毒蛇は、初対面の相手には適度な威嚇になるようだ。


 ミトラは他を圧するスシーマを見て、普段は間近で友人のように話していたが、そこに大きな身分の開きがあったのだと初めて気付いた。


 大国の皇太子と、それに従属する一部族長に過ぎぬ自分。

 壇上に座る王子達と床にひれ伏す一臣下なのだ。


 スシーマは壇上に立つと、静かに口を開く。

「みな表を上げて楽にせよ。

 此度は太守就任の勅命を発するために来た。

 聞き及んでいる事とは思うが、就任式は五日後に迫っている。

 その前に各領地の代表者の意向をまとめ、円滑なる式典となるよう微力ながら見守りたい。

 活発な議論を期待する」


 短く挨拶を済ませると、椅子についた。

 簡潔に淡々と、決して出しゃばらない。

 その潔さが、かえって知的に感じさせる。


「ではまず、初顔合わせゆえに自己紹介をしておこう」

 アショーカが引き取る。


「マガダの王子、タキシラ新太守となるアショーカだ。

 先程申したように一番得意とするのは軍事だ。

 自分で言うのもなんだが、天賦の才があると思っている」


 アショーカの言葉に場がざわつく。

 しかし、そ知らぬ顔で話を続ける。


「二番目に得意なのは商談だ。

 世界中のどんな珍品も、書物も、武器も一番安く手に入れる自信がある」


 この言葉にもざわつく。

 およそ普通の王子が持たない特技だ。


「政務は残念ながら三番目に得意な事だ。

 一番得意な事でタキシラを治められるなら、俺としては楽なのだが、そうもいくまい。

 俺とて一人の血の通った人間だ。

 大勢の罪の無い民が死ぬのを見るのは気持ちのいいものではない。

 ゆえにどちらかというと不得手な分野で、そなたらと折衝する事になる。

 お手柔らかに頼むぞ」


 同じようにざわついたが、先程までと違い、幾分空気が和んだ。

 下手に出ているように聞こえるが、要するに話し合いがまとまらなければ、得意の武力で簡単に服従させる事が出来ると言下に含んでいる。


「次に、知っている者も多いだろうが、今回よりマガダの傘下に入った国がある。

 紹介しておこう。

 シェイハンの方々、前へ」


 突然呼ばれてミトラは、はっとクロノスとメルクリウスを見た。


 クロノスが頷いて、ミトラについて来るように促す。

 ミトラの後ろにはヒジムもついてきてくれた。


 一番末席から真ん中を歩いていく。

 男達の視線が痛い。

 しかし、いつもは自分に突き刺さる視線が少しずれているような気がする。

 そして、どうやら一番視線を集めているのはミトラの後ろからついてくるヒジムだと気付く。

 ヴェールを被って顔の見えない自分よりも、ヒンドゥ美人の典型のような容姿のヒジムは、男達の興味をそそっているらしい。


 太守の側近の衣装を身に着けた、男なのか女なのか分からない、この者は何者なのか?

 しかし部族長の何人かは、すでに会った事がある者もいるらしく、コソコソと伝言ゲームのように素性が伝わっていく。

 ヒジムはそんな視線には慣れっこらしく、そ知らぬ顔でつき従う。


 メルクリウス公爵が壇上の手前で立ち止まり、こちらを向いたので、クロノスとミトラも同じようにその横に並んだ。

 ヒジムは少し離れて横に立つ。

 定位置に納まると、アショーカが告げた。


「シェイハンの聖大師、アサンディーミトラ殿だ。

 ミトラ殿、挨拶を」


 ミトラはヴェールの中で祈るように手を組んだ。

 緊張で震えた手を鎮めるためだ。


 シェイハンにいた頃は巡行で各地を回った。

 大衆を前に話すのは慣れている。そのはずだった。

 しかし、各地の国王たる部族長の男達を前にすると、威圧感が全然違う。

 スシーマやアショーカはよくこんな場で堂々と語れるものだと今更ながら感心する。


「大丈夫ですか? 聖大師様?」

 クロノスが心配そうに小声で尋ねる。

 ミトラはうなづいて息を吸い込む。


「シ、シェイハンの聖大師、アサンディーミトラと申します」


 出る限りの声で叫んだつもりだった。

 しかし鼻にかかったようなソプラノの響きは、高い天井に吸い込まれるように彼方に消えていく。


「聞こえないよ、お嬢ちゃん」

「なんだ? どっかで子リスが鳴いたか?」

 ヤジの声にどっと笑いが起こる。


「何才だい? お姫さん」

「ヴェールを取ったらどうだ?

 紹介されても顔が見えなくちゃ話にならないよ」

「そうだそうだ。

 シェイハンの聖大師は月神のような美女だと聞いたぞ。

 もったいぶらず、見せてくれ」


 ヤジを飛ばすのは、だいたいが下座に座る遊牧民の部族長達だった。

 ミトラはオロオロと言われるがままだった。


 気が付いたのだ。

 なぜこうも声が届かないのか。


 ヴェールとヒジムのつけてくれたハンカチが、ただでさえ声量のないミトラの声を二重に押さえ込むのだ。

 もう一度声を上げてもきっと聞こえない。

 ヴェールを取ろうか……。

 自分はむしろ、なぜいつもヴェールごしにしか人と会えないのか疑問に思っている。

 シェイハンでは巡行に行く時も、素顔を晒していた。

 それが普通だったのだ。


 思い悩んでヴェールに手をかけた所で、ヒジムの手が押しとどめた。


次話タイトルは「部族長会議④」です

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