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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
73/222

7  部族長会議①

 翌日の部族長会議では、昨日の純白のヴェールの上に、更に黒の、床に引きずるほどのヴェールを被せられた。

 会議の間まではアッサカと騎士団が付き添ってくれたが、視界は二重の紗で輪郭しか見えてはいない。

 しかしそれでもミトラが部屋に入った時の、それまでの喧騒が消し飛ぶような静まり方には心臓が縮んだ。


 広い会議の間にはすでに百人は集まっているようだ。

 むっとする熱気と、荒くれ男達の獣のような体臭にむせかえる。


 奥が壇上になっていて、太守であるアショーカと、おそらくスシーマ王子の座る重厚な椅子が二つ置いてある。

 そしてその前の床の両脇に、向き合った男達が胡坐あぐら座で並んでいる。

 ヴェールの奥から、よく目を凝らして見ると、大体の様子が見えてきた。

 書記のような従者を連れている者や、ミトラのように補佐官を持つ者も大勢いるようだ。

 むしろ一人の者の方が珍しい。


「おおっと、お姫さん! どっから迷い込んだんだ? 

 ここは女の来る所じゃないぜ。

 喰われる前に向こうへ行きな」


 突然背中から大声で話し掛けられてミトラは飛び上がった。

 天井に届くかと思うような大男だ。


「わ、私は会議に出席するために来たんだ」


「なんだってえ?」

 男は聞き間違いかと、背を屈め、耳を寄せる。

 近くで見ると毛むくじゃらで熊のような腕だ。


「わ、私も部族長だと言っている」

 ミトラは足を踏ん張り、答え直す。


「は? はは……はは、がはははは!」

 突然の笑い声の風圧で吹き飛ばされるかと思った。


「冗談はやめてくれ、お姫さん。

 あんたが部族長だって? 一体どこの国のだ?」


「シェイハンです」

 答えたのは、いつの間にかミトラの背後にいたクロノスだった。


「シェイハン? 聞いた事ねえな」

「今回より会議に加わる事になりましたから。

 さあ、聖大師様、こちらです」

 クロノスはそっと腕を引いて一番末席に案内した。


 クロノスは思ったよりもずいぶん細い腕に驚く。

 もっと肉付きのいい腕を想像していた。


 入り口のすぐそばの末席にはメルクリウス公爵がすでに胡坐座で座っていた。

 本当に来たのかという顔で侮蔑の表情を浮かべている。


 隣りに座ろうとしたミトラはクイッと背中を引っ張られるような感覚に振り向く。

 さっきの大男にヴェールの裾を踏まれていた。


 わざとではなく、後ろから声をかけられて、気付いてないようだ。


「トハロイ族長、トハラ様ですね。

 どうか剣をお預け下さいませ。

 此度の会議では新太守様のご意向により、武器は入り口にてお預かりする決まりになっております」

 タキシラの文官とおぼしき男が困ったように呼び止めていた。


 見ると、腰にその身に合うような大剣を差したままだ。


「なんだと! 俺様に丸腰になれと言うか!

 勇敢な遊牧の民の誇りにかけて大事な剣を人に預けられるか!」

 アショーカで慣れてるとはいえ耳を突く大声にミトラは耳を塞ぐ。


「し、しかし……」


「聞けば此度の新太守は十代の若造らしいな。

 マガダの王子だかなんだか知らぬが、前太守の時は帯剣を禁じてなどなかった。

 ここにはここのやり方ってものがあるんだ。

 ようく言い聞かせてやるんだな!」


 振りほどいて行こうとする後ろから、もう一人虎の毛皮をかけた大男が現れた。


「お待ち下さい。アシオイ族長、アシド様。

 武器のお預けを……」

 どうやら同じ事でもめてるらしい。


「何のマネだ。俺様の剣を渡せというか!

 おもしろい。欲しいなら力ずくで取るんだな」


「おう、アシド。お前も来たのか。

 今度の太守はよほどの腰抜けらしいな。

 武器を持ったワシらには恐ろしくて会議も開けんらしい」


「おうよ。若造が粋がって腑抜けた事を。

 この初顔合わせで思い知らせてやろうぜ」


「そいつはいい。がははは!」


 ミトラは青ざめた。

 こんな大男達を相手にアショーカは無事会議など開けるのか。

 アショーカが強い男なのは知っているが、この大男達に比べれば華奢と言ってもいいぐらいのスマートな若者だ。

 不安が募るが、それよりとりあえず、いい加減ヴェールから足を離して欲しい。


「トハラ殿、アシド殿、新太守に失礼ですぞ。

 ワシらとて武器を預けたのだ。

 会に出るからにはルールは守って頂こう!」

 すでに胡坐座になっていた壮年の男が立ち上がる。


 真っ直ぐな黒髪を背で束ね、光沢のある変わった民族衣装を着ている。

 北方の中華の国々で確かあのような衣装を着ると書物で読んだ気がする。


「チャン氏か。

 中華から追い出された腰抜けサカ族は黙っていろ!」


「なんだとっ!」

 チャン氏と呼ばれた男の隣りの男が立ち上がる。


 弁髪と呼ばれる髪型だ。ミトラも初めて見る。

 頭頂だけに残された髪が長く後ろに編んである。

 服装はチャン氏とよく似ていた。


「よせ、キョウ」

 チャン氏は冷静に止める。


 そこにバラバラと騎士団が入ってきた。

 外で控えていたアッサカが先頭にいた。

 大男達の前にひざまずく。


「まもなく太守様がお見えになられます。

 トハラ様、アシド様、剣をお預け下さい」

 丁寧な口調ではあるが、いつもの凶悪な人相が大男に威圧感を与える。


「む! 衛兵の分際で脅しをかけるか!」

 もちろん脅すつもりなどない。こういう顔なのだ。


「ただ剣をお預け頂きたいと……」


「くくっ、おもしろいな」

「では受け取れ!」

 二人の大男は剣を鞘から抜いて剣先をアッサカに向けた。


 微動だにせず睨みつけるアッサカよりも、動揺したのはミトラの方だった。


「アッサカ!」

 思わず駆け寄ろうとする。


 しかし踏みつけられていたヴェールが引っかかってビリリと破れる。

 幸い二重にしていたおかげで外側の黒いヴェールが破れるだけで素顔が晒される事はなかったが、つんのめって床に手をついた。


 驚いたのはアッサカだった。


 大男の陰に隠れてミトラの姿が見えていなかった。

 こんな近くにいるとは知らなかった。


 初めてその凶悪な顔に動揺を浮かべる。

(切るか……)

 出来れば穏便に済ませたかった。


 しかし甘い一手でミトラに万一にも怪我を負わせるわけにはいかない。

 覚悟を決め腰の剣を握りこんだところで、雷のような大音響が響いた。



「なにごとだああああ!」





次話タイトルは「部族長会議②」です

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