5 シェイハン貴族との会見③
―― 巫女姫様の本心をお聞かせ願えませんか? ――
クロノスはミトラを試すように尋ねた。
「どうだミトラ?
クロノス子爵はああ言っているが、何か考えはあるか?」
考えはある。
しかし国の大事を自分ごときが決めていいのかという不安が拭えない。
だがいつまでも女だ小娘だと陰に隠れている訳にはいかない。
自分が国の代表としてしっかりしなければ、国民を不幸にするのだ。
ヴェールの中で口を引き締め、顔を上げる。
「まず地方管理官代理はクロノス殿にお願いしたい」
ミトラの言葉に誰も異論はない。
順当な判断だ。
誰の目から見てもクロノスが最適だった。
雑多な実務が多く、細かな法や制度の知識が必要な地方管理官は、権力よりも才能が必要だ。
「私も賛成だ。クロノス殿がいいだろう」
スシーマが応じる。
「では、地方管理官代理はクロノス殿で決定でいいか?
異論のあるものは申せ」
アショーカの問いかけに反論はなかった。
「ならばクロノス殿引き受けてくれるか?」
「仰せの通りに」
クロノスは恭しく頭を下げる。
「次に部族長代理だが……」
従順で好意的なヤムシャと、憎しみさえ抱いてそうな攻撃的なメルクリウス。
これも誰の目にも答えははっきりしている。
「ミトラ、思う方を遠慮なく申せ」
メルクリウスは分かりきった返答にふんと顔を叛ける。
「部族長代理は……メルクリウス殿にお願いしたい……」
「な!」
思いがけない言葉にメルクリウスは目を見開く。
感情のないクロノスの目にも、初めて何かがチラリと走る。
アショーカはニヤリと微笑んだ。
「なにゆえメルクリウス殿がいいと思うのだ?」
わざと問いかける。
「メルクリウス殿はシェイハンの系譜にも名がある名家。
そのうえ南の領地を治めていたという事は王の信頼が厚かったと覗える。
そして、何よりこたびのマガダの侵略において、一番間近で悲劇を見てこられた方。
痛みを知る者の言葉は何より重い」
アショーカはうなずく。
「……だそうだ、メルクリウス公爵。
どうだ?
俺に異論はないが引き受けてくれるか?」
「お、仰せのとおりに……」
メルクリウスは険しい表情のままうなずく。
「あのそれから……ヤムシャ殿はどうか私の相談役になって頂けませんか?」
ミトラは慌てて付け足した。
「どうだ? ヤムシャ殿」
アショーカが問う。
「はい。喜んでお受け致します」
ヤムシャはニコニコと笑顔を向けた。
「そ、それから……もう一つお願いがあるのだが……」
ミトラのお願いに、アショーカはそれまでの満足気な顔を一瞬で曇らせる。
今までミトラのお願いにはろくな事がなかった。
嫌な予感に顔を歪める。
「何だ。申してみよ」
「明日の部族長会議に私も出たい。
いや、出来ればずっと出たいのだが……。
一人しか出てはダメなのか?」
やっぱりろくな事ではなかったと頭を抱えてチラリとスシーマを見る。
スシーマはやれやれと口を開く。
「ミトラ殿、部族長会議は男ばかりの集まりなれば、女が、しかもそなたのような若い姫がどういう扱いを受けるのか想像に難くない。
部族長達の中には辺境の遊牧民も多い。
紳士の作法も知らぬ男も大勢いる。
そなたが接した事もないような荒くれの男達の集まりなのだ。
やめた方がいい」
そう言って素直に引き下がる姫でない事は、アショーカもスシーマもよく知っている。
「されど私はその部族長なのだ。
今は年若く、無知ゆえ代理補佐についてもらうが、いずれは私がすべき役割なのであろう?」
「そなた、いずれは自分がやるつもりでいたのか?」
スシーマは目を丸くする。
「代理とはそういう意味だろう?」
アショーカは額に手をやって考え込む。
確かに自分は十四の女にやれとは言わないと言ったが、ミトラは十四の方に納得したのか。
自分はむしろ女の方に重点をおいたつもりだったのだが……。
ヒジムとナーガが、小さな姫に翻弄されて思い悩む主の姿に後ろで笑いを噛み殺している。
ヤムシャとイスラーフィルも微笑する。
その空気を読むようにクロノスがまた一人一人の表情を値踏みする。
メルクリウスだけが仏頂面だ。
「先程言ったように、私には神通力もない。
無力なれど聖大師であり、王家の唯一の生き残りなのだ。
その責の重さに変わりは無い。
私は一人の女ではなく、亡くなった者達の意志を引き継ぐシェイハンの代表なのだ」
アショーカはもう一度チラリとスシーマを見た。
スシーマはそれに気付いて迷惑そうに眉をしかめる。
それを了解と捉え、アショーカは口を開いた。
「ではミトラ、明日の部族長会議に出てみるとよい。
どちらにせよ、明日は他の部族長に新規加入のシェイハンを紹介するため地方管理官代理のクロノス殿にも出てもらうつもりだった。
二人が三人でも同じだろう。
明日出てみて、次も出る勇気があるなら、好きにすればよい」
二度と出るとは言わないだろうという意味合いを含んでいる。
次話タイトルは「クロノス子爵」です




