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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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4  シェイハン貴族との会見②

「先程の質問に答えてよろしいかな?」

 沈黙を見て、ヤムシャ長老が尋ねる。


「うむ。答えよ」

 アショーカが促す。


「私は石工を取り仕切る者であるため、彼らの事しか分かりませぬが、ゴドラ太守が治められた数週間は無茶な税をかけられ、金目の物を次々没収され、無体な扱いを受けましたが、アショーカ様が来られて後は、没収された物も返され、税も元通りになり以前と変わらぬ生活が出来ております。

 むしろ神殿再建の受注を受け、前より活気づいております」


 長老の言葉にほっとする。


「クロノス子爵、そなたはどうだ?」

 アショーカは涼しい顔で聞き流しているクロノスに尋ねた。

 すぐさま応じる。


「シェイハンの民は元気かという質問でございましたね。

 まず第一に飢えている者はおりません。

 農民、商人、石工を始めとした職人はみな普段通りの生活をしております。

 神官・武官に関しましては、中心となっていた方々が殺されてしまいましたので、まだ混乱は収まっておりません。残った者達が再建の道を手探りで探している状態でございます。

 行政に関しましては、王族と行政官がほとんど死に絶えた為、残念ながら機能しておりません。

 このタキシラの地で我々のように生き残った者がマガダとの和解点を見つけながら一つずつ解決策を見出している段階です」


 理路整然とミトラにも分かるように淡々と説明するクロノスの頭の良さに感心する。


「では私からも一つ質問してもよろしいでしょうか?」

 クロノスは更に淡々と続ける。


「何だ、申せ」

 アショーカが応じる。


「我がシェイハンは代々、聖大師様の神通力で守られていた国。

 実際それがどんな力であったのか知りませんが、現聖大師様はどうなのでしょうか?

 何か特別な力がおありなのですか?」 


 ギクリとミトラの肩が揺れる。

 一番聞かれたくなかった事。

 そしてシェイハンの誰もが一番聞きたい事だ。


 みんなの視線がミトラに集まる。


 いつかはばれる事なのだ。

 それなら早い方がいい。


 ミトラは覚悟を決める。


「私は……何の力も持たぬ……」


 一瞬の沈黙の後、声を上げたのはメルクリウスだった。


「はん! やはりな!

 そんな事だろうと思った。

 聖大師などとかしづかれておきながら、実際は形式だけの神妻であろう。

 ずっと怪しいと思っておったのだ。

 さもなくば、ああも簡単にマガダに攻め込まれたりなどせぬわ!」


「……」

 ミトラは返す言葉もなかった。

「すまない……」小さな声で詫びる。


「謝る必要はありません」

 クロノスは、しかし涼しげに告げる。


「他国に脅威を示すため、未知の力を吹聴する事は一つの政略。

 むしろ問題なのはその政略に自ら嵌ってしまった事です」


「え?」

 無力な自分を責められると思っていたミトラは驚いて顔を上げる。


「わが国は聖大師様の力を不用意に信じすぎてしまった。

 それゆえ、ここにいるイスラーフィルや私が武力の強化をどれほど進言しても耳をかしてもらえなかった。

 そうでございましょう? メルクリウス殿」


「む……」

 メルクリウスは痛い所を突かれ唸る。


「今ここで神通力などないとはっきりした事で、ようやくまっとうな防衛戦略を築けるというものです。

 正直に言って頂けて感謝致します」


「クロノス殿……」

 ミトラの肩もずいぶん軽くなった気がした。


 チラリとクロノスの背後に控えるイスラーフィルを見る。

 穏やかに微笑んでいる。

 クロノスとイスラーフィルはどうやら繋がっているらしい。

 いや、さっきヤムシャ長老に匿われたと言っていたが、そこにイスラーフィルの介入があったとみた方が自然だ。


 一旦おさまった所でアショーカが問う。

 今日のアショーカは冷静で、この会見の進行に徹している。


「どうだミトラ? そなたの代理は決まったか?

 一旦下がらせて我らと協議をしてもよいが……」


 アショーカの言葉にメルクリウスが異議を唱える。

「お待ち下され。

 なにゆえ我らシェイハンの事をマガダの王子と協議されるか?

 取り決めでは傘下に下ってもシェイハンの自治権は守られると聞いております。

 されど見たところ、我らが聖大師様は、すっかりマガダの王子方の手の内にあるようでございます。

 これでは話が違いますな」


 ミトラはヴェールを被ったままで良かったとつくづく思った。

 でなければ、メルクリウスの言葉に一々動揺している自分が丸バレになっていたはずだ。


 メルクリウスの言う通り、シェイハンの事をマガダの王子に相談するなんて愚かな事だ。

 しかし、アショーカとスシーマの意見を聞いてみたかった。

 二人ならばどうするか。

 愚かと言われても、それほどこの賢い王子達を信頼していた。


「ふ……」と唐突にスシーマが苦笑を洩らす。


「ミトラ殿が我らの手の内だと?

 そなたこそ何も分かっておらぬな。

 この巫女姫がどれほど融通の利かぬお方か。

 手の内で踊ってくれるようなお方ならば、今頃は我らどちらかの正妃とならせ、シェイハンの自治権も、王家と神殿の再建も反故ほごに出来たであろう」


「な!」

 メルクリウスばかりかミトラも驚く。


「スシーマ殿! まさかそんな事を企んで……」

 非難の目を向けるミトラにスシーマは待てと手で示す。


「だが、そんな事を無理強いすればこの巫女姫はミスラの神にそむいても自死するだろう。

 そしてもしもそんな事になれば、ミスラの信徒の多い西方の国々からの恨みも買う事になろう。

 我々はこの姫に死んでもらっては困る。

 それを一番恐れているのだ。

 侵略を受けたシェイハンが自治権まで認められる優位な条件を示せるのは、ひとえに、この巫女姫の存在があっての事と心せよ。

 手の内で転がされているのは我らの方だ」


 メルクリウスは苦虫を噛み潰したような顔でうつむいた。


 クロノスは値踏みをするように一人一人を見回してから口を開いた。

「我が聖大師様がマガダの言いなりではない事は分かりました。

 さすれば、マガダの王子達と協議される前に、巫女姫様の本心をお聞かせ願えませんか。

 後で王子様方の口添えにより別の決定になっても構いませんので」


 ドキリとする。

 試されているのだろう。


 国を治める器があるのかどうか。


次話タイトルは「シェイハン貴族との会見③」です

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