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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第一章 出会い編
7/222

7、アロン王太子

「ユンダーイルッ!!」


 シェムナーイルの叫び声と、吹き付ける赤い血しぶき。

 ミトラはしばらく何が起こったのか分からなかった。


「山賊だ! ミトラ様をお守りしろ!」

 

 いち早く反応したイスラーフィルが叫んだ。


「ユンダーイル!」

 シェムナーイルの悲鳴に答える事なく、ユンダーイルの体はズルリと馬から滑り落ちた。

 首から背中にかけて矢が斜めに貫いている。

 一瞬にして服も馬も血まみれだった。


「ユンダーイル!」

 ミトラが反射的にユンダーイルの体を支えようと伸ばした手を、イスラーフィルの筋肉質な腕が引き寄せ、そのまま自分の馬の背にミトラの体を引きずり乗せた。


「ダメだ! 数が多い。

 逃げるぞレオン、シェムナーイル、みんなついて来い!」

 イスラーフィルは叫ぶと、向きを反転させ駆け出した。


 しかし平和慣れした神官はもちろん、警備兵たちも不測の事態に慌てふためき、断末魔の叫びと共に次々切り捨てられていく。

 

 殺意を剥き出しにした人間を、初めて目の当たりにしたミトラは、驚愕に震える。

 ミトラの体に覆いかぶさるようにして馬を操るイスラーフィルにも、獣のような咆哮を上げる山賊の一人が剣を振り下ろした。

 その剣を横から受け止めたのはレオンの木刀だった。

 次の太刀で山賊の手を払いのけると、握っていた剣が手から離れて舞い上がる。

 その剣を空いた手で受け止めると、山賊の馬の腹を右足で蹴って、あっさり落馬させた。

 その後ろから湧いて出るように次々山賊が切りかかってくる。

 レオンは動じる事もなく奪った剣と木刀で子供を相手にするように簡単にあしらって落馬させていく。

 能力の差が歴然としている。

 山賊は見かけこそ強面で荒々しいが、所詮は農夫上がりの烏合の衆だ。

 全体としてのまとまりも無ければ、個々の能力も力に任せた素人の剣だった。


(しかし、それにしても強い……)


 イスラーフィルはミトラを守りながら、初めて見るレオンの剣さばきに目を見開いた。

 素人とはいえ、これだけの数の山賊から逃げ切れるものかと危ぶんだイスラーフィルは、傷一つ負う事もなく馬を駆ることが出来た。



 ようやくのことでプシュカラの市街地に戻った時には四人の姿しかなかった。

 他の神官と従者達はおそらく全滅しただろう。

 山賊の姿はもうどこにも無かったが、イスラーフィルはまだミトラを自分の体で覆うようにして、レオンは背後の警戒に努めた。

 シェムナーイルは呆然とした表情のまま馬を並べている。

 無理もない。

 戦場の経験のあるイスラーフィル(おそらくレオンも)と違って、平和なシェイハンでは生涯出くわさないないような出来事だった。


 そうなのだ。

 この平安の国シェイハンは先代の聖大師様の神読みの力があまりに強大で、それに頼りすぎてしまった。

 武官や衛兵と言っても名ばかりで、実際の戦闘経験のある者など枯れ木のごとく朽ち果てた年寄りばかりだ。

 危機感を高めるイスラーフィルが進言しても誰も耳を貸さなかった。

 仕方なく若い神官を育てていたが、それすらも山賊にすら全滅させられる程度の腕だ。

 先代と違い、繊細で頼りなげな聖大師様のもと、シェイハンの先行きに不安が募る。


「大丈夫か? シェムナーイル?」

 神官とはいえ、まだ十三の子供だ。


 そしてミトラも。


 次代の聖大師と敬われ、並々ならぬ知恵をもつ聡明な巫女姫だとはいえ、まだ十四になったばかりの少女なのだ。

 イスラーフィルは不覚にもその事を失念していたのだと今初めて気付いていた。

 腕の中にすっぽり納まる少女は、顔を上げる事も出来ずガタガタと震え続けている。

 レオンは心配そうにその様子を横目でうかがっていた。


「ミトラ様……」


 ふいにシェムナーイルが口を開いた。

 その表情は呆然と目の前を凝視している。


「あなた様はミスラの神の許婚のはず……。

 なのに何故ミスラ神はあなた様をこんな危険な目に合わせたのですか?

 何故事前にあなた様に危険を教えてくれなかったのですか?

 そうすればユンダーイルはあんな目に……。

 ユンダーイルは……ううっ……」


 イスラーフィルの腕の中で、ミトラの体がビクリと震えた。


「よさないかシェムナーイル! ミトラ様のせいではない!」

 いつもと立場が逆だった。


「だってミトラ様は聖大師様になる人ではありませんか!

 聖大師様は国の未来を占う方。国の未来を占う人が何故自分の未来に起こる事さえ気付かなかったのですか!」


「よせと言っている! 殴るぞシェムナーイル!」

 腕の中で震える少女は国を背負う未来の聖大師などではない。

 ただの傷ついた少女だった。


「……ん……なさい……」

 震える背中から微かな声が漏れる。


「ごめんなさい……。私が妊婦を見舞ったばかりに……。

 一時の感情に流されて聖大師様のお世話を怠ったばかりに……。

 遠い地にみなを連れて来たために……。

 私のせいでみなの尊い命が……うう……う……」


「ミトラ様のせいではありません。誰にも予測出来なかった」


「いいえ……。

 イスラーフィルは遠出の危険も、夜道の帰城の危険も気付いていた。

 私はもっと考えなければいけなかった。

 すべて私の甘さゆえだ……。

 すまない……すまないシェムナーイル……」


 イスラーフィルは自分がこれまで呈していた苦言の数々を初めて後悔した。

 おそらく自分の言葉一つ一つが、今ミトラの心臓を深くえぐっているはずだ。




 ようやく帰り着いたミトラを出迎えたのは導師と、完全武装したシェイハンの軍隊だった。

 格式高そうな軍隊の先頭にいた白馬に乗る年若い金髪の青年が、イスラーフィルの馬に駆け寄った。


「ミトラ!」


 イスラーフィルはすぐさま馬を降り、拝礼する。

 レオンとシェムナーイルもそれに従った。


「ミトラ! 無事か? 怪我は?」

 馬上で俯いたままのミトラの代わりにイスラーフィルに問いかける。


「幸いお怪我はありませんが、山賊に襲われ、我々以外は全滅かと……」


「山賊に……?

 帰りが遅いと聞いて、捜索に向かおうとしていたのだが……。

 よくぞミトラを守ってくれた。礼を言うぞ。イスラーフィル」

 聡明を宿す翠の瞳で、心からの安堵の息を漏らす。


「いいえ、王子様こそ迅速な部隊編成に驚きました」

 切れ者のアロン王太子とはいえ早すぎる。


「ちょうどハダフシャンの偵察から帰ってきた所で、導師殿に異変を聞いたのだ」

「ハダフシャンと言いますと、ラピスラズリの鉱山ですか?」


 察しのいいイスラーフィルに、アロン王子は幾分の警戒をのせて「そうだ」と答えた。


 古代よりシェイハンの領地にあるハダフシャンの山々でのみ採れると言われるラピスラズリ。

 聖大師の神告げで見つけられる奇跡の石。

 その、神纏う翠の瞳から流れ落ちる涙が、ハダフシャンの気脈に触れて青く色付いて出来たと言われている。

 この価値ある輝石がシェイハンの豊かさと独立を守っていると言ってもいい。


「最近、鉱山を荒らす無法者が多いらしい。

 神告げ無しに見つかるはずもないのにな」

 王太子は誰にともなく言い聞かせるように言うと、舞うように馬を飛び降りた。


「おいで、ミトラ」


 隙のない物言いから、一転、優しい声でミトラに両手を差し出す。


「アロン王子……」

 間近に差し出された手に、ミトラはくず折れるように縋りついた。


 ふぁさり……と均整のとれた美しい王子の胸の中に受け止められる。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……。

 私のせいで多くの神官と従者達が……。ごめんなさい……うう……」

 泣きじゃくるミトラを宥めるように王子は月色の髪を優しく撫でる。


「ミトラのせいではない。怖かっただろう。

 可哀想に、こんなに憔悴して……」


 その様子を見守るイスラーフィルと導師は、ふと目が合って、すぐにお互いそらした。


 アロン王子がミトラを溺愛している事を、この国で知らぬ者はいない。

 いや、代々、シェイハンの王は聖大師を心酔し、女神のように崇める。

 それは恋や愛などという軽々しいもので表現出来ぬほどの深く激しく、それでいて清らかな想い。

 次代の王となるアロン王子はとりわけ、まだ世話係にすぎないミトラを溺愛していた。

 それは、ミトラの珍しい素性ゆえなのだと、ミトラ以外のほとんどの者は知っていた。


「このまま部屋に連れて行こう。湯殿と食事の準備をしておいてくれ」

 アロン王子が導師に命じ、導師はすぐさま走り去った。


 そして、ミトラを大事そうに抱き上げたまま、軍隊に指示するアロン王子を、イスラーフィルは複雑な表情で見つめたまま、その背を見送った。



次話タイトルは「アショーカ王子」です。


ブックマークありがとうごさいます。

もしやまともに読んでくれてる人など一人もいないのでは……と思っていたので、とても励みになりました。


今日から週末にかけて、更新を多めに頑張ってみようかと思っています。

次話でようやくアショーカ王子が登場しますが、短いです。

当初の予定を早めて、少なくとも本日中に次話をあげようと思います。

週末までには主役二人を出会わせるようにします。

詳しくは、活動報告なども書いてみようと思っています。


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