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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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2  部族長

「私に相談?」

 ミトラはアショーカの言葉に首を傾げる。


「明日、タキシラの太守就任式に先立って、各部族長の顔合わせがある。

 俺は個人的にそれぞれの部族長達と面談し、すでに接触をはかっているが、全員が一同に集まるのは初めてだ。

 今後は年に二度の会合を持つ予定だ」


「部族長……」

 聞きなれない言葉にミトラの意識が集中する。

 もう先程の司祭の事は記憶から薄れ始めたはずだ。


「そう。

 ヒンドゥの地は過去より実に多くの小さな集落に分かれていて、それらが寄り集まって大きな部落を作ってきた。

 それは辺境の部族であったり、中には国と呼んでも過言がないほど巨大な部族の場合もある。

 それらの部族を傘下に治め、まとめるのがタキシラのような都市という形態だ。

 タキシラの太守になるという事は、これらの部族をマガダの法律にのっとって治めるという事だ。

 分かるか?」


 ミトラはうなずいた。


「そしてそれらの都市を更に支配下に置き、まとめるのがマガダの王の役割。

 その補佐をするのがラーダグプタ達五人の最高顧問官と更に五人の王室最高司祭の役割だ」


 書物では読んでいたが、実際その役割を担う身近な男達の重責に今更ながら息を呑む。

 あの気味の悪いビンドゥサーラ王も愚王と言われながらも、この強大な領地を治めているのだからただの痴れ者ではない。


 そしてそれをいずれは引き継ぐ皇太子スシーマ。

 その実務を見事にこなすラーダグプタ。


 ラーダグプタは、他の最高顧問官達より二十も年若だと聞いた。

 みな十六大国の時代の王家の血筋の貴族ばかりらしい。

 そんな中でも一目置かれる切れ者だという噂だ。

 その知識の深さ、先見の明はミトラもよく知っている。


 そして何より自分とさほど年も違わぬ十代のアショーカは間もなく太守の重責に就こうとしているのだ。

 時々呆れるような言動をする悪童のごときこの男が、ひどく大きな存在に思えて慌てる。


 アショーカは試すようにミトラに問う。

「気付いているかミトラ?

 シェイハンがマガダの傘下になったという事は、この部族の一つになったという事だ」


 はっと、ミトラはアショーカを見つめる。


「では……私は……」


「そうだ。

 王族が死に絶え、唯一の生き残りとなり、次期聖大師でもあるそなたはシェイハンの部族長でもあるのだ」

 ミトラは、肩に重く圧し掛かる重圧に今更気付いて息苦しくなる。


「部族長はタキシラの地方管理官を兼務する。

 つまりそなたはシェイハンの部族長であり、タキシラの地方管理官に任命される」


「私が……」

 不安が押し寄せる。


 戸惑ったように目を泳がせるミトラに、アショーカは鷹揚に微笑んで続ける。

「まあ、形式上はな」


「え?」

 ミトラはアショーカを見た。


「実際には幼くして部族長を引き継ぐ者や、他部族との折衝に向かぬ者も多い。

 彼らは代理の補佐官に任せ、表には出てこない」


「代理……」


「十四の女のそなたに、誰も地方管理官をやれとは言わぬ。

 代理で政務を司るシェイハンの貴族をそなたに選んで欲しいのだ」


「シェイハンの貴族を?」


「現実に今イスラーフィルと共にシェイハン復興に尽力する目ぼしい貴族が数人、このタキシラにとどまっている。

 会って代理の者を選んで欲しいのだ」


「シェイハンの……」

 ミトラは瞳を翳らす。


 イスラーフィル以外のシェイハンの男と会うのは実は焼き討ちの後、初めてだった。

 今までアショーカが会わせる事を躊躇ためらったのは、ミトラが余りにそれを恐れていたからに他ならない。


「ア、アショーカは会った事があるのか?」


「ああ。ラピスラズリの鉱山の警備や、シェイハンの神殿建設の事で何度か話はしている」


「わ、私の事を憎んでいただろう。

 私は次代の聖大師でありながら何も出来ず、自ら敵国に囚われてしまった愚か者だから……」


 ミトラがずっとその思いに怯えているのは知っている。

 そして、それはただの被害妄想ではなく、事実だった。

 無力な聖大師を恨んでいる者も少ないながらいるのだ。


 だが、いつまでも会わせない訳にもいかない。

 むしろいつまでも陰に隠れている事に不満を募らす声も出てきている。

 これが良い機会だと思っていた。


「正直に言おう。

 マガダにまんまと攻め込まれた事を聖大師のせいだと思っている者もいる。

 そしてそのマガダの王子である俺を快く思ってない者も大勢いる。

 それが現実だ」


 祈るように重ねたミトラの手が震えている。

 この小さな少女が背負うには、あまりに大きな重責だ。

 その震える手を包み込んでやりたい。


 アショーカと、横で会話に耳を澄ましていたスシーマもそう思い、手を伸ばす。

 しかし実際その手を包み込んだのは、アショーカの後ろに控えていたヒジムだった。


「大丈夫だよ、ミトラ。

 そう思う者もいるってだけさ。

 イスラーフィルやソルみたいに、変わらずミトラに尽くす者もたくさんいる」


「ヒジム……」

 縋るようにヒジムを見上げる。


 役得を取られて手を泳がすアショーカとスシーマは、目が合ってばつの悪い顔になる。


 コホリとアショーカは咳払いをした。


「という事で急だが今日の午後、会見の席を設けようと思う。

 もちろん俺も立ち会う。

 イスラーフィルも呼んである。貴族は三人だ。

 この中から部族長代理と地方管理官代理を選んでもらいたい」


「わ、分かった」

 ミトラは自信なげに頷いた。



次話タイトルは「シェイハン貴族との会見①」です

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